69話 18日目
18日目 午前6時前
ポータルを介し、ダイニングに暁と旭、それと暁の後ろにいる形で2人の少女が姿を現した。
「暁、旭。おはよう。」
「「おはようございます。」」
「凛様。こちらが昨日、紅葉様が仰っていた2人…キュレアとリナリーになります。」
3人は軽く挨拶を済ませ、暁が2人の少女ことキュレアとリナリーを紹介する。
「キュレアです!」
キュレアはややたれ目の黒目。
肩まで伸ばしたクリーム色の髪をお下げにし、少しそばかすがある明るい印象の女の子。
「リナリーです。」
リナリーはキュレアより少し背が高く、クールな見た目。
少しウェーブがかった紺色の髪を背中まで伸ばし、つり目で青い瞳の女の子だ。
どちらも15歳の見た目で、キュレアは元気良く、リナリーは緊張した面持ちでそれぞれ挨拶する。
「キュレア、リナリー。こちらが俺達の主人であらせられる凛様だ。見ての通り、大変可愛らしいお姿をしているが…男性でな。しかも俺より全然強い。」
「「えぇーーっ!?」
その後も暁は説明を重ね、その度に驚くキュレア達に凛は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「んー!美味しい!昨日の晩御飯は凄かったけど、今日のも普通に美味しい!」
「本当よね。と言うか、昨日のはほとんど例外みたいなもので、比べるのがおかしいでしょ。でも、確かに美味しいわね…。」
昨晩は、凛がこっそりと入れたフォレストドラゴンの肉や野菜を焼いたもの。
現在食べているのは、昨日収穫した果物を用いたフルーツヨーグルトだ。
果物はどれも昨晩食べた野菜みたいに大きく、苺に至っては掌位の大きさがあった。
なのに中は真っ赤で瑞々しく、とても甘い。
先程キッチンで朝食等の準備をした際、試しに食べた凛達も予想以上の甘さに驚いた程だ。
今のでキュレア達は幾分が緊張が和らぎ、暁の口添えもあって事情を話し始める。
キュレアとリナリーは昔馴染みで、ソアラから南西にあるコッツォと言う村の出身だそうだ。
少し前にキュレアが15歳の誕生日を迎え、それを期に村を出た。
そしてソアラで冒険者登録を済ませ、同じく新米の男の子3人とパーティーを組み、薬草の採集依頼でソアラの外にいた所を盗賊達に襲撃された。
キュレア達は盗賊の住み処である洞窟に連れて来られ、少し広い場所に出たと思った直後。
盗賊にいきなり後ろから斬られる形で男の子達が殺されてしまった。
男の子達は猿轡を噛まされ、後ろ手に縛られて碌に抵抗も出来ないのに、だ。
同じ状態で縛られたキュレアとリナリーは信じられないとばかりに目を見開いていると、3人を殺した盗賊の内の1人が刃物を持ったまま近付いて来た。
「お前達もこうなりたくなかったら大人しくしていろよ?後で沢山可愛がってやるからな。」
目をぎゅっと瞑った2人の間でそんな事を言い、他の盗賊達と共にゲラゲラと笑いながらその場を去る。
残された2人はへなへなと力なく座り、寄り添って涙を流す事しか出来なかった。
それから30分が経った頃に盗賊達が戻って来た。
その中から1人が前に出てしゃがみ、座るキュレア達の顔や胸に視線を向ける。
キュレアは美人とまではいかないがそれなりにあり、リナリーは美人だが控えめ。
今回の場合はキュレアを選んだらしく、いきなり彼女の胸を鷲掴みにする。
これにキュレアが悲鳴を上げ、体を捩らせる等して抵抗。
怒った盗賊はキュレアの頬を叩き、自分を睨むリナリーも同様に叩いた。
それから2人を幾度となく踏み付けたり、蹴ると言った暴力を行った所で紅葉達が到着。
すぐに盗賊達を無力化し、ぐったりする女の子達を回復したとの事。
「その一件で2人は俺達に憧れを持った様でして。他の方達はソアラで別れたのですが、彼女達だけ付いて行くと言って聞かなかったんですよ。」
少し困った様子で締める暁に、2人は恥ずかしそうにする。
また、紅葉達は敢えて報告を行わなかったが、別な所で保護された者の内、何割かの女性は衣服を身に付けていなかった。
どうやら盗賊達から性的暴行を受けたらしく、彼女達は酷く憔悴した状態でソアラの警備隊に引き取られていった。
なのでそう言った観点で見た場合、キュレア達はまだ無事で済んだとも取れる。
「…にしても、少し離れている間に随分と人が増えましたね。」
「あはは…いやぁ、これは僕もちょっと予想外だったかも。」
暁は神妙な面持ちで周りを見渡し、凛が困った様に告げる。
凛達がいるのはダイニングだが、リビングやキッチンも人が一杯に。
それでも収まらず、階段や浴室に繋がる廊下に座って食べたり、中には凛達の朝食が終わるまで自室に待機と言う者達もいる。
これは昨日一昨日で一気に奴隷を購入した結果によるものだ。
今日も購入する予定で、後で対策を講じるつもりでいる。
午前7時過ぎ 訓練部屋にて
朝食を終えても尚、キュレアとリナリーは凛の強さを信じられずにいた。
そこへ暁が2人を驚かせるのも兼ね、凛へ訓練部屋で手合わせ願えないかを頼み、凛は快諾。
彼らだけで向かおうとした所、美羽達も見たいとの意見から全員で訓練部屋へ向かう事に。
移動後、凛と暁は向き合う形で立ち、互いに頭を下げる。
「凛様。本日も胸を借りるつもりで挑ませて頂きます。」
「(相変わらず固いなぁ。あ、そう言えば。鬼神に進化してから今回が初めての手合わせになる訳か…よし。)…暁、遠慮はいらない。全力で掛かって来て。」
「はい!」
凛は右手に刀を、左手に鞘を持ちながら構え、それに暁は嬉しそうに答えた。
しかしすぐに表情を引き締め、大太刀を両手で持ち、凛に向かって行く。
暁から放たれる攻撃は大振りではあるものの、一撃一撃が速く、鋭い。
そこへ鬼神に進化して得た、筋肉の密度を上げる効果を持つスキル『豪体』を用い、攻撃に重みを持たせる。
そんな鬼気迫る暁に対し、凛は全く動じずに防御や回避に徹し、たまに反撃までしていた。
暁はそれに驚きながらも紙一重で避け、それでもどうにか良い所を見せようと、途中で軌道を変える等の変則的な攻撃を混ぜ、凛を驚かせる事に成功。
しかしすぐに対応され、同じ手段は2度と通じなかった。
10分後
暁は疲労から大太刀を杖代わりにして座り込むのに対し、凛は涼しい顔のままだった。
果敢に暁が攻め続けるも、その悉くを凛は往なし、しゃがんだり真上に跳んでかわし、華奢な体に似合わない力強さで弾いたりして捌く。
結局暁はほとんどその場から凛を動かす事が出来ないまま限界を迎え、軽い(?)手合わせは終了となった。
これに美羽達や(藍火、篝、カリナ含む一部の大人と)子供達は感心だったり興奮した表情を浮かべ、それ以外の者達は理解が追い付かないのか揃って白目を剥いていた。
「はぁ…はぁ…はぁ…くっ、今日こそは良い勝負が出来ると思ったのですが、やはりダメでしたか…。」
「ううん、前回と比べて大分付いて来れる様になったよ。それに、対処の仕方も良くなってる。」
「あ、ありがとうございます!」
座る暁に凛が右手を差し出し、暁は嬉しそうに手を取って立ち上がり、軽く話をし始める。
その後、暁は再び頭を下げ、凛と共に皆の所へ戻った。
それに気付いたキュレア達はぎょっとした表情の後、物凄い勢いでペコペコ頭を下げる様になる。
2人は暁の言葉を疑っていた訳ではなかったものの、自分と同じ位…下手すると年下にも見える凛がここまで強いとは流石に思っていなかった。
(良かった、凛殿と友誼を結んで本当に良かった…。)
ガイウスとランドルフもそれは同じで、暁1人でも首都が陥落しそうな強さなのに、凛は更にその上をいく。
そんな彼にもしも戦闘を仕掛けた場合、返り討ちに遭い、滅ぶのは自分の方。
2人は凛がキュレア達と絡む様子を見て、密かに戦慄していた。
「あ。忘れてました。昨晩新しいエクスマキナを用意したので紹介させて頂きますね。イプシロンとゼータです。」
すると、凛がそんな事を言いながら2体のエクスマキナを喚び出した。
2体のエクスマキナ…イプシロンとゼータはアルファの時みたく、空中に切れ目が入る形で姿を現す。
イプシロンはやや高めの身長で2本の三つ編み、ゼータは少し小柄でショートカットの髪型だった。
ガイウス達を含む、ほとんどの者達がいきなり凛の少し後ろに現れた銀髪美人に絶句する中。
トーマスが手を挙げ、やや気まずそうに凛へ問い掛ける。
「凛様、その…イプシロン様とゼータ様?を、ここで呼んだ意味は?」
これに、ほとんどの者達が「この状況下で全く動じていないだと!?」とばかりの視線をトーマスに向ける。
(いや、前にも似た経験があるからってだけなんだけど…。)
トーマスはそんな事を思い、何だかいたたまれない気持ちになりつつも凛からの返事を待つ。
「今回彼女達を喚んだ目的は3つあります。1つはここ、訓練部屋での指南役です。イプシロン、ゼータ。」
「「はっ。」」
2体は返事と共に左手部分が光ったかと思うと、次の瞬間にはハルバードと弓が握られていた。
ただ、ゼータは矢を所持しておらず、どうやって戦うのかとの疑問を皆が抱き始める。
しかし凛の合図で無属性初級魔法マジックアローを空中に出現させ、それを掴んで矢として放つ所を見せると、再びほとんどの者が唖然。
そんな中、普段ウインドアローを矢の代わりにする翡翠が喜び、一気に親近感を覚えたのかゼータに駆け寄る。
また、イプシロンが持つハルバードは通常のものよりも大きく、それに火燐が興味を引いたらしい。
いつの間にか彼女の所におり、親しげに話していた。
そんなこんなで8時になるまで訓練が行われ、暁が帰った後もキュレアとリナリーはここへ残る事となった。
2人は最初こそ戸惑っていたものの、すぐに慣れたのか色々と聞いて来る様に。
この日、凛達は1日掛け、直径2キロあった領地を10キロに拡大。
その中心に5階建ての巨大な屋敷を建て、今まで住んでいた屋敷を隣に。
大きな木を新たな屋敷の裏へ移動させ、周りを塀で囲った。
また、ウタル達に頼み、拡大されたばかりの整地に様々な種類の種や苗を植えて貰った。
アルファ、イプシロン、ゼータはウタル達の護衛兼、種や苗を供給する係だ。
既に昨日採集が終えた所は耕され、その部分は丸々果樹園と言う扱いに。
それと、昨日生まれ変わった宿に泊まらせたアダム一行に関して。
兵達は高級そうな宿に緊張し、トイレや大浴場やサービスの良さに驚き、(フォレストドラゴンには大分劣るから仕方ないが)豪華な食事に感動していた。
しかしアダムだけは別で、目が覚めた時にいた(凛の所から派遣された)従業員を一目見て気に入り、その場で彼女を口説くも断られてしまう。
それが気に入らなかったらしく、部屋を散らかしたり物に当たる等する。
その後も初めて見る設備やアメニティ、及び従業員が見た目の良い者ばかりである事に驚くも、それを隠したり誤魔化しながら不満を漏らし続けた。
だが翌日の昼間、報告を受けて来たガイウスに「あまり酷い様だと、ランドルフに伝えるしかない」と告げられると、状況が一変。
この言葉に焦ったアダムが「私は諦めんぞ!また来るからな!」との捨てゼリフを吐き、颯爽と帰って行った。
…兵達を含めた、全員分の料金未払いのまま。
ガイウスは嘆息し、請求書を送り付けようかとも考えたが、デメリットの方が勝った。
その為、後で凛に相談しようとなり、宿の女主人と軽く話してその場を後にする。
相談の結果、解体した魔物の代金から回す形で凛が立て替え、宿は一泊銀貨1枚で即時解放される事が決まった。
これに最初高いとの声が上がったが、各国首都にある高級ホテルよりも設備や質が上。
しかも食事は銀級から金級のものを使用し、この世界にはないサービスが受けられる。
なので、こんなに低料金でこの中身は有り得ないとの噂はすぐにサルーン中へ広まり、興味のある者や他所から来た者達が宿に押し寄せ、宿はパンク状態に。
結果、人手が足りないとの連絡が凛に届けられ、追加で人を派遣する羽目になるのだった。
割とどうでも良いと思うかもですが、当時クリ○○サヒのコマーシャルを観たか飲んだかで出たのがキュレアとリナリーだったりします。




