67話
アダムは凛を見ながら、自分をさん付けで呼んだ事を理由に侮辱罪等で口説き落とそうかと考えていた。
ところが、何故かこの場にランドルフが…しかも軽く怒った様子で自分を見る。(本人は無視し続けた結果こうなったのだと全く気付いていない)
相手は伯爵だ。
子爵で燻っている自分とは違い、近々陞爵するのではと噂される人物。
兵達は精鋭揃いで、本人も金級の腕前と聞く。
暗殺を企てでもしない限りまず勝てず、性格的にも合わない事から、あまり絡みたい相手ではなかった。
それに先程の対応の仕方から、凛ではなく自分の方が不敬罪に問われる可能性がある。
…ついでに言わせて貰うと、凛はサクサクルース…神に連なる者だ。
幸い、この事を知っているのは美羽達やニーナ達を除けばガイウスだけ。
もし公になれば不敬罪どころの騒ぎではなかっただろう。
(何故ここにランドルフがいる!?サルーンは王国の街であって帝国に属した訳ではないのだぞ!?)
表情には出さなかったものの、アダムが1番言いたいのはそれだった。
王国の南東部は自分以外にも一帯を治める者はいるが、同じ子爵だ。
むしろ若干ではあるが自分の方が上になる為、もし争いになったとしても対処出来る自信があった。
しかし、ランドルフが治めるスクルドはダメだ。
スクルドは砦…とまではいかないが、一種の防波堤の役割をこなしており、兵の数も3000人と多い。
また、ランドルフはスクルドだけに集中出来る為、何かあった時にすぐ動け、指示を出せると言うのは大きな意味を持つ。
それが市の安全だったり冒険者の士気にも繋がり、少し離れた所にある魔素点や死滅の森へ向かう者が出て栄える要因にもなる。
「はぁ…。」
「…!」
ランドルフのがっかりした溜め息に、アダムは何かしらで追及を受けるのではと体を強張らせる。
「さて、どうやら私の名前を知らない者がいるらしいのでな、改めて名乗らせて貰おう。私の名前はランドルフ・ヴァン・ジラルド。ジジジジジジラルドなどではないからきちんと覚えて頂きたい。 」
この言葉にアダムが「…へ?」と漏らし、それまでアダムに白い目を向けていた客達もきょとんとする。
「ぶはっ!そりゃあそうだ。そんな名前、ふざけてるとしか思えねぇもんな!」
火燐が吹き出したのに端を発し、大きな笑いが起きた。
ここでようやくアダムは自分が馬鹿にされたのだと気付き、怒りで顔を赤くする。
そんな彼を他所に、ランドルフは右手で制する形で笑いを止め、話を続ける。
「ともあれ、遠路遥々ここまで来てくれたのだ。貴公もバーベキューに参加すると良い。」
「ぐ…勿体なきお言葉。」
「うむ。凛殿。」
「何でしょう?」
「すまないが、まずは彼らに振る舞っては貰えないだろうか?丁度、良い具合に焼けた事だしな。」
アダムが姿を現してから今に至るまで、凛達はほとんど動いていない。
言い替えれば肉や野菜を焼く作業も止まっており、黒焦げになっていてもおかしくない様な状況。
ランドルフはそれらをアダム達へ食べさせようと、凛に提案を持ち掛けた形になる。
この辺の機敏さも、同じ領主でも無理に自分の思い通りにしようとする者とそうでない者の差の表れなのだろう。
「…成程。分かりました。…こちらです。」
「す、すまな…いぃっ!?」
凛から渡された紙皿を見て気付いたのだろう。
本来なら少し焼けば十分な位の肉と野菜。
それが片面だけやたら真っ黒で、見るからに美味しくなさそうなビジュアルとなっていた。
その事にアダムは目を見開き、本当に食べて良いものだろうかと躊躇させる。
「どうした?折角のフォレストドラゴンの肉だぞ?まさか、私が勧めた物を食べない…とは申すまいな?」
「めめめ滅相もございませんとも!」
それは半ば脅しであり、アダムは慌ててフォークで肉を刺し、意を決した様子で口に入れる。
(うぅ、苦い…不味い…。)
勿論無事な部分もあるのだが、半分以上が焼き過ぎの為にかなり不味い状態。
アダムは堪らずと言った感じで渋い顔になり、ランドルフに見られながら咀嚼を続けた。
今回のバーベキューは前回以上に多くの人数が来ると予想し、短時間で焼き上げる目的で敢えて高い温度に設定してある。
そんな鉄板の上で数分放置されたのだから、ほぼ炭と呼べるまで黒焦げになるのも必然と言える。
アダムはあまりの不味さと悔しさで涙を流し、ランドルフが「そうか、泣く程美味いか。心配せずともまだまだあるからな」と話しつつ、材料を乗せた大皿へ山盛りに移したもの達を指し示している頃。
凛の下に再び紅葉から念話越しに連絡が入った。
「『凛様、盗賊達の捕縛が完了致しました。現在はそう遠くない所にいらした商人様に声を掛け、引き取って頂けないかの商談中でございます。』」
「『お疲れ様。無事で何よりだよ。』」
「『ありがとうございます。それでなのですが、保護した方々と亡くなられた方々はどうしましょう?』」
「『悪いけど今は余裕がない。保護した2人も時間が必要だろうし、紅葉達で一晩預かってくれると助かる。亡くなった人達は…あ。無限収納に直せるか試して貰って良い?』」
「『無限収納に、でしょうか…驚きました。ご遺体ですと収納出来る様になるのですね。』」
「『…言った僕が言うのも何だけど、本当に出来たんだ。ひょっとしたら、死体になった事で人じゃなく物扱いに変わったとか、そんな感じなのかも知れないね。』」
「『成程…。』」
「『ひとまず、亡くなられた人達の遺体は入れたままでお願い。後はゴーガンさんの指示に従ってくれる?』」
「『畏まりました。それでは失礼しますね。』」
「『うん、ありがとう。』」
その言葉を最後に、紅葉との念話を終える。
その頃、アダムは黒焦げの肉と野菜を食べ過ぎた影響により気分が悪くなったらしく、青ざめた顔になっていた。
「ところで…閣下はどうしてこちらへ?」
しかしだからと言ってランドルフが勧めるのを止める訳もなく、半ば誤魔化す様にしてそう尋ねた。
「ふむ、ならば伝えよう。私はこのサルーン、延いてはドレスター卿が気に入ったのだ。隣の好みもあるし、これからは仲良くしていきたいと思える程にな。これに懲りたら、今後手出ししようとは思わぬ事だ…分かったか?」
「ひっ!?」
ただでさえ格上が相手だとめっぽう弱くなるアダムだ。
ランドルフに睨まれ、しかも黒焦げのダメージも重なった事で限界を迎えてしまったらしい。
悲鳴の後、後ろに倒れ込む形で気を失い、ランドルフは路傍の石でも見るかの様な視線を彼に向ける。
「ふん、軟弱者め。これだから王国貴族は好きになれんのだ。」
「ですが伯爵閣下…。」
「ランドルフで良い。」
「はい?ですが…。」
「構わぬ。口調も凛殿と話すみたいにして良いぞ。」
「…ではジラルド卿、と。口調は勘弁して頂けると。」
「…まぁ良い。で、どうした?」
「いえ、私も一応は王国に属する貴族です。そこの所はどうなのかと思いまして。」
ガイウスは今までほとんどランドルフと話した経験がなく、あったとしても間に凛を挟んでからだった。
なので酷く緊張した様子となり、ランドルフは考える素振りを見せて答える。
「そうだな。単刀直入に言うと、貴殿も少し前まではそれとそう変わらない扱いだった。」
「!?…やはり。」
「先程仲良くしたいと申したであろう?当然、今は違う。まぁ、貴殿とゴーガン殿には興味があったし、戦ってみたいとも思ったがな。」
「成程、そうでしたか…。」
「うむ。そう言った意味では、ワイバーン達に感謝を述べるべきなのやも知れぬな。あれがなければ今の状況にはまずなり得なかった。」
「あ、そのワイバーンの生き残りで、藍火と言う子がうちにいます。」
「藍火?…あぁ、最初にベヒーモスと戦った者だったか。成程、相分かった。」
今のやり取りで、ワイバーン達が来なければランドルフ達に攻められた可能性が高かった事をガイウスは知る。
後日、藍火はガイウスに感謝と謝罪の言葉を述べられたりランドルフに興味を持たれ、首を傾げたり両手を握られる事に。
「…あ、そうでした。ランドルフさん、ドレスター卿と言うのは?」
「何だ、知らなかったのか?てっきり知っているものとばかり思っていたんだが。」
「…あー、凛殿のインパクトが強過ぎて伝える機会が中々なかったと言いますか…。それに私は辛うじて貴族の地位にいるだけですし。」
「成程、一理あるな。」
「では…かなり今更だが、ガイウス・フォン・ドレスターだ。」
「ドレスター卿は男爵だが、そう遠くない内に私より出世するだろう。」
「え?いやジラルド卿、それは言い過ぎかと…。」
「そうだろうか?私はそうは思わんがな。何せ、頼もしい味方が付いておる事だし。」
そう言って、ランドルフは凛を見やる。
「確かに。これ以上ない位、頼もしい存在ではありますな。」
「で、あろう?私はそれにあやからせて貰れば十分だ。」
「それでしたら、お二人共少し相談に乗って頂いて宜しいですか?」
「「相談?」」
ガイウスとランドルフは揃って凛の方を向く。
「はい。こちらの商店と喫茶店に関しての話です。今回は最初と言う事で僕達の方から従業員を用意しましたが、次からは地元の方を雇おうかと思いまして。」
「「ほう。」」
「その話、私も混ぜて頂いても宜しいでしょうか。」
「ダニエルさん?あ、そうか。商業ギルドも無関係ではないですもんね。どうぞどうぞ。」
…と言った感じで、凛達4人は話し合いを続けていく。
尚、その間に新たなグリルを設け、美羽、火燐、雫の3人でアダムが連れて来た兵達に肉と野菜を振る舞う。(勿論普通の焼き加減で)
兵達は主人であるアダムをそっちのけで喜び、その後もアダムは気絶したまま放置される事に。
午後3時過ぎ
「ふぅ。取り敢えずはこんな感じか。」
冒険者ギルドから3軒離れた所にある宿屋。
そこを解体し、新しく生まれ変わった建物を前に凛は安堵の息を漏らした。
その宿の女主人を始め、従業員や宿を借りていた客達、それとバーベキューの参加者立場や兵達、ランドルフ一家が揃って白目を剥く。
「おお、素晴らしい外観だな。」
「そうですね。中はどうなっているのでしょう。」
「確かに気になるな。凛殿…。」
「あ、はい。ご案内しますね。」
しかしダニエルとガイウスは商店・喫茶店を新設時に見た経験から、全く驚いてはいなかった。
むしろ、凛へ促す形で楽しそうに中へ入って行く程だ。
彼らの後を美羽、火燐、雫が追い、周りにいる者達はそんな彼らに付いていけなかった。
凛達は1時間位で今後の話し合いが一段落つき、次にアダムや彼が連れて来た兵達をどうするかとの議題に移った。
アダムは未だに目を覚まさず、兵達はバーベキューを食べた者から会場を離れ、疲労から地面に座ったり壁に凭れ掛かったりしていたからだ。
現時点で彼らはとても無事に帰れる雰囲気ではなく、かといって全員が休める様な規模の宿はサルーンにはない。
そこでバーベキュー会場から最寄りの宿と交渉して承諾を得、隣や後ろ等にある周辺の空き物件を領主権限でまとめて凛に譲るとなった。
そして必要な物を所持した状態で宿にいた者達を外へ出させ、凛は作業を開始。
1時間程で以前の倍の広さ、しかもそれまでの2階から5階に伸びた、立派な宿が出来上がった。
少しして、満足そうな様子を浮かべた凛達が戻り、そのすぐ後に女主人が中へ入る。
直後、大きな悲鳴が起き、何事かと思った従業員が中へ突撃し、やはり同じ様に悲鳴が発生。
「おぉ…これは…。」
続けて向かったランドルフが宿の中を覗き、嘆声を漏らす。
床は一面大理石、壁には調度品が並べられ、内装も高級そうな造りに。
ここは本当にさっきまで自分達がいた場所なのか?
入って少し進んだ所で立ち止まった女主人達は、そう言いたそうな表情を浮かべる事しか出来ないでいた。
以降、アシュリン達が入ったのを期に兵達が案内され、1時間程でアダム一行(と言っても本人は寝たまま)が宿泊する手続きを終える。
「凛様、お疲れ様です♪」
そう言って、作業を終えた凛にカリナが(ポ◯リ的な)清涼飲料水が入ったペットボトルを渡し、そのまま褒める形で話をし始めた。
「あーー、いたーーーー!!ははっ、まさか本当にいるとは思わなかったぜ!」
そこへ、女性と思われる叫び声が届けられた。
それにその場にいる全員が反応し、カリナは一瞬だけビクッと体を震わせ、しかしすぐに何事もなかったかの様に話を戻そうとする。
「…凛様。それで先程の話なんですけど━━━」
「おい、無視すんなって!」
声の主…エイジャはカリナとの距離を詰め、その後ろをカサンドラとトレイシーが追う。
「聞こえてんだろ?来てやったぜ、カリナ。」
そして、まるで待ち合わせでもしてるみたいな感覚で再度話し掛け、カリナは笑顔のままエイジャの方を向き━━━
「ちっ。」
物っ凄く嫌そうな顔で舌打ちした。
『え?』
エイジャ達はカリナの初めて見る顔に、それとカリナの豹変ぶりを目の当たりにした全員が呆気に取られるのだった。
 




