56話
凛達は少し進み、茂みから湖の様子を窺う事に。
湖は直径500メートル程あり、その中では10メートルに満たない者から、果ては20メートルを越える者と。
大小様々な蛇の魔物が泳いでいる。
《どうやら、あちらに見えるシーサーペント達が湖の主の様です。》
湖の中にいるのは全て同じ蛇の魔物。
また、フォレストドラゴンを売却した際に見た古い文献の情報に合致するとして、ナビは湖にいる魔物はシーサーペントだと結論付けた。
シーサーペントは金級の強さで、蛇の様に細長い体、ノコギリ状のギザギザな歯、目の後ろに腮を生やした下位竜だ。
水辺を好み、湖や海、場合によっては大きめの川や沼で見掛ける事もしばしば。
そして今回みたく水中に潜んでは、水を飲みに訪れた魔物の油断した所を狙うと言う、狡猾な性格を持つ。
(棲息する場所が湖でも、大海蛇なんだ…。)
例え海以外で姿を現そうが、名前は変わらずシーサーペントのまま。
凛は思い思いに泳ぐ彼らを見つつ、内心で突っ込みを入れていた。
一行はシーサーペント達の観察を終え、一旦下がる。
そして火燐達がやる気を見せる等して各々が準備に入る中、凛の元へ雫がやって来た。
「凛。あの子達を私の配下にしたい。」
「…うん?雫、急にどうした…そっか。雫には配下と呼べる存在がいなかったんだったね。」
「ん。火燐達には配下や仲間がいるのに、私だけいない。だからちょっと寂しかった…。」
「そっか。ごめんね雫、気付いてあげられなくて。」
「ううん、大丈夫。…でもありがとう。」
凛はやや申し訳なさげに雫の頭を撫で、雫はやや照れた様子で受け入れる。
そんな彼らに、美羽達は微笑ましい顔だったり羨ましそうな視線を向ける。
「すいませーん!少し話をお伺いしても宜しいですかー?」
凛は1人で湖の前へ移動し、対話スキルを用いた言葉でシーサーペント達の説得を試みる。
「人間がこんな所で何の用だ!」
「帰れ帰れ!」
「今すぐ帰らないと、お前達も餌にして食べてしまうぞ!」
しかし、返って来たのはある意味当然とも言える拒否の言葉だった。
凛はめげずに何度も話し掛け、その度にシーサーペント達から罵詈雑言を浴び続ける。
その様子を、美羽達は苛立ちながらも黙って見ていた。
やがて、シーサーペント達はいくら断ってもめげない凛に堪忍袋の緒が切れたらしい。
口から高圧の水のブレスを吐いたり、初級・中級の水魔法や氷魔法を放つ等。
一斉に攻撃を仕掛けて来た。
これに凛は慌てず、予め展開していたビット10基を前面に配置。
これはシーサーペントが攻撃して来るかも知れないとの想定から用意したもの。
ビット同士を繋いで障壁を発生させ、巨大な1枚の壁に。
シーサーペント達の攻撃は全て防がれ、凛達にまで届く事はなかった。
「「「………。」」」
その後も、シーサーペント達が次々に攻撃を仕掛けては凛が無効化させる様を、ポイズンスパイダー達はじっと見ていた。
この3体は凛の強さは勿論、仲間を慮る優しい雰囲気に惹かれ、仲間になった。
そして今はどうにかして相手を説得しようと、ひたすら話し掛ける姿に感銘を受けている所だ。
彼らは凛達と一緒に行動するまで、それぞれが群れの最底辺に位置していた。
仲間達から馬鹿にされるのは当たり前、直接虐げられる事も全然珍しくなかった。
普段は仲間達から少し離れた場所で身を隠し、彼らの食べ残し等を口にしてどうにか生き繋いでいた…と言うのも一緒に行く要因となったのだが。
(うーん、こちらの話を全く聞いてくれない。どうしたら良いんだろう…。)
凛がシーサーペントの攻撃を防ぎながらそんな事を考えていると、後ろにいた雫が軽く俯いた様子で隣に立った。
「………。」
雫は黙ったまま右手に持つ杖を掲げ、湖の真上に1メートル程の氷の塊を生成する。
氷の塊は一気に大きくなっていき、10秒もせずに湖の幅と同じ位にまで成長。
それを見たシーサーペント達は攻撃どころではなくなり、あんぐりと口を開けながら空を見上げる。
「…あまり、凛の手を煩わせるな。これを落とされたくなければ、黙って話を聞く…良い?」
雫の声は決して大きいものではなかったのだが、対話スキルの影響なのだろう。
不思議な程周辺へと響き渡った。
シーサーペント達は氷の塊に潰されるのは御免だと、必死に何度も頷く。
凛は結局力業になっちゃったかと苦笑いを浮かべる。
「凛がいくら話し掛けても碌に話を聞こうとしない。だからカッとなってやった。反省も後悔もしていない。」
雫はむふーと自慢げで話す一方、彼女以外の全員がドン引き。
凛はやや申し訳なさげにシーサーペント達へ頭を下げ、ひとまず話を進める事に。
「仲間がすみません。えっと…話と言うのはですね、皆さんが今いる湖よりも安全で快適な場所をこちらでご用意致します。なので、宜しければ僕達の仲間になりませんかと言う内容なんですけど…。」
「凛の作る料理はどれも美味しい。」
『?』
「料理と言うのは、例えば肉を食べやすく整えたり、調味料等で味を付けたものだと思って頂ければ。」
「ん。きっと貴方達も気に入るはず。」
『………。』
シーサーペント達は凛と雫の言葉を鵜呑みにした訳ではなかったが、それでも自分達よりも格上の存在から言われた事に変わりはない。
美味しい食事に安全な棲み家、更に付け加えれば雫は『貴方達も』と話した。
つまり何かしらで自分達に近しい存在がいると思い、悩み始める。
「あ、でも来る来ないに関係なく、出来るだけ早くここから離れた方が良いかもですね。」
『?』
「あちらの方向から、ベヒーモスが向かって来ています。)」
『!?』
「と言うか、全方位に魔物が迫ってます。先程の(巨大な氷の塊)影響かもですね。」
シーサーペント達はいきなり奥の方を見た凛に不思議がり、ベヒーモスと聞いて体を強張らせ、360度全ての方角から魔物が来ていると知って怒りを露にする。
雫が展開した氷の塊の場所は上空、しかも非常に大きい為目立っていた。
周辺にいた魔物達は何事かと捉えたらしく、現在は氷の塊が見えた湖方面へと一気に押し寄せている状態だ。
それと、ベヒーモスはミノタウロスから進化した魔物で、黒鉄級と神輝金級の丁度境目位の強さを持つと言われている。
「なんて事をしてくれたんだ!」
「どうしてくれるんだ!」
「今すぐ急いで…ああでも逃げるにしても場所が!」
「…最初から貴方達が凛の話を聞いていれば、こんな事にはならなかった。」
シーサーペント達はぎゃあぎゃあと喚くも、雫の言葉で詰まり、そのまま押し黙ってしまう。
「それに、もし私達が来なかった場合、貴方達は無事では済まない可能性が高い。違う?」
続けて雫から告げられた内容に思う所があるのか、シーサーペント達は揃って項垂れてしまう。
ベヒーモスは本来、死滅の森中層の中部よりも更に内側にいるはずの魔物だ。
しかし、はぐれたのか単独で行動しているのかは不明だが、1ヶ月位前にこの湖へやって来た結果、シーサーペント達に結構な被害を齎した。
そのベヒーモスはしばらく湖の中と外で暴れ回っては、何体ものシーサーペントを餌として食べ、やがて満足したのかその場を離れて行った。
その様な報告を凛にした後、先頭にいるシーサーペントは懇願しながら凛に頼む。
「お前達の配下でも何でもなってやる。だから、こっちに向かって来るベヒーモスをどうにかしてくれ…!」
「…分かりました。皆、ベヒーモスの相手は僕がする。その間、皆は全方向から向かって来る魔物達の相手を。美羽は皆のフォローと、シーサーペントさん達の守りを頼むね。」
凛は後ろを向いて皆にそう伝え、美羽達は頷きを返すのだった。
 




