4話
「………。」
本来であれば、ここで凛は挨拶を返すなりするべきなのだろうが…それどころではなかった。
自分とあまりにも似ている人物━━━瑠璃。
彼女と言う存在が衝撃過ぎるあまり、そちらへ視点を向けた状態で固まってしまっていたからだ。
その様な状況下でも表情を変えない瑠璃。
片や感情豊か、片や物静かと。
動と静。
タイプこそ違うものの、ある種感動(?)の対面を果たしたとの光景がそこにはあった。(里香は相変わらず誇らしげだが)
彼は過去…と言うか里香がいなくなるまで、それはそれはもう様々な種類のコスプレ衣装を着せられた。
更に付け加えるなら、瑠璃が現在着用中の衣装…それにも見覚えが。
元々着ていた服を無理矢理脱がされ、涙を浮かべて恥ずかしがる様子までを写真に収められまくった際に用意されたものの1つ。
畢竟、当時の経験や写真を基に、瑠璃は生み出されたに違いない。
その考えに行き着くを合図に、凛は我へ返る。
「…はっ!?ちょ、ちょっとお姉ちゃん!?何で僕にそっくりの子が!?しかもメイド服!?」
「だって…凛ちゃんが可愛過ぎるのがいけないのよ!!」
「…え?僕?」
まさかの、しかも自分のせいだった模様。
予想外の展開。
それと返答に凛はパチパチと目を瞬かせ、続きを催促。
「凛ちゃんを初めて見た時、何この天使って衝撃を受けたわ。」
「…天使。」
うっとりとする里香とは裏腹に、凛は神妙な面持ちに。
男らしいを目指す彼にとって、天使=褒め言葉とはならない。
「因みに、本物の天使は良く知ってるけど、凛ちゃんには到底敵わないわね」と宣い、「…そうなの?」と返す場面でもそれは然りだった。
「それ以来、成長するに連れて可愛くなっていくんだもの。男の子なのにズルい…なんて思ったわ。」
「いや、ズルいとかそんな問題じゃ…。」
「そんな問題なの!だから私にとって、凛ちゃんがまるでダイヤモンドの様に光輝いて見えたの。だから、凛ちゃんの『り』が入ってる宝石の名前にしようと決め、瑠璃ちゃんを喚んだ。そして…私の『り』に、瑠璃ちゃんの『る』。その二文字を中心とした、地球っぽいものを作りたくなったのよおおおぉぉぉぉぉっ!!」
右拳を真っ直ぐ上へと突き出し、顔もそちらへ向ける里香。
その熱量は凄まじく、やたらやり切った感を醸し出してすらいる。
まるでどこかの世紀末覇者に見えなくもない彼女の姿に、理解者であるはずの凛ですら「うわぁ…」と軽く引いた。
とても先刻まで唇を尖らせ、不満を前面に出した者と同一人物とは思えない。
今までの鬱憤を晴らすが如く、熱く。
それはもう熱く語る姉に、最早熱いを通り越して暑苦しさすら感じている。
(あー…お姉ちゃん、今物凄く良い顔してるなぁ…我が生涯に一片の悔いなし!…とか言いそう。)
そんな里香を見た凛が呆気に取られ、
(でも良かった。変わっていないみたいで安心したよ。)
しかしそれでも久しぶりに見る、姉の(自信ありげな)態度。
嘗ての日常が戻った気分になり、懐かしい感覚を覚えた。
一頻り納得したところで、凛はそう言えばと思考の渦に入る。
(理彩姉ぇとかねえねえもそうだけど、僕達姉弟って何故か『り』から名前が始まるんだよね。)
八月朔日家長女である理彩は、凛の7つ上の29歳にして大手会社の部長。
次女の莉緒は26歳。
8頭身のモデル兼フリーター(と言っても仕事をしない時の方が多い)をしている。
(だから、一緒にいるとたまに混乱する事もあるんだけど…父さんと母さんに聞いてもはぐらかされるだけで答えてくれないんだよなぁ…父さん達は『り』に対して何か思い入れでもあるんだろうか?マクスウェル様はこの事を知っては…いなさそうだね。)
凛はふと思い出した様に考えた後、マクスウェルを見てみる事に。
マクスウェルは瑠璃と何度も顔を会わせ、その度に孫可愛がりをする彼。
そんな彼でも、瑠璃誕生の裏話や世界の成り立ち云々については初耳だったらしい。
口をあんぐりと開け、情けない面を曝け出している。
続けて、凛は瑠璃の方向を見やると…特に反応は見られなかった。
目を瞑ったまま、里香の傍で静かに佇むとの様子から、恐らく彼女は既に把握済みなのだろう。
余談ではあるが、凛は4番目の子にして待望の男の子。
気を逸らせた父が、何を血迷ったのか彼に付けようとした名が『凛之助』だった。
ところが家族━━━特に里香━━━から可愛くないを理由に猛反対。
続く『凛太郎』等も却下され、泣く泣く元の名前である凛に戻ったとの経緯があったりなかったり。
「突っ込みたい事は山程あるんだけど…取り敢えず事情は分かった。それで、僕はどうすれば良い?シロからこの世界を救って欲しいって言われたんだけど…。」
「そうだった!凛ちゃん。悪いのだけど、しばらく目を閉じて貰える?」
「うん?…これで良い?」
凛は言われるがまま目を閉じる。
「ええ。そのままリラックスしていてね。」
そんな彼の頭の上に里香はそっと右手を置き、瞑目。
彼女の掌越しに何かが流れて来るのが分かり、一瞬だけピクッと動く。
しかしすぐにポカポカとした温かみへと変わり、ヘッドスパみたいな心地良さすら覚える。
凛はそのまま寝てしまいそうになるのをどうにか堪え、同時にもっと続いて欲しい。
なんて思いながら微睡みに近い時間を過ごす。
(やっぱり、かなり雑な処理がしてある。折角この時に備えて色々準備したのに…後でお仕置きね。)
一方の里香は複雑だ。
と言うのも、いずれ凛をこちらに呼ぶつもりでおり、かつ出来るだけスムーズに運ばせるとの心積もりだったからだ。
その為に敢えて地球にいた時は控えめにし、ここ神界にて綿密な調整を行うよう備えていた。
しかしシロが余計な真似をしたばかりに計画が台無しとなり、手間だけが増える始末。
となれば当然、ターゲットへの怒りが再燃する訳で。
今頃本人は不意に訪れた寒気により、盛大な身震いでもしている事だろう。
5分後
「…ひとまずこんなところかしら。凛ちゃん、目を開けて良いわよ。」
作業を終えた里香が手を離した。
これに凛は軽く驚きながら「はっ…!」と目を開け、姉が自分を見てクスクス笑う姿が視界に入り、少しだけ恥ずかしそうにする。
「ごめんなさい。シロちゃんのが不十分だったから更に手を加えてみたんだけど…どこかおかしいところはある?」
「(全然違う…!さっきのでも十分凄いと思ってたけど、流石最高神。内側から力が溢れて来る)凄い!凄過ぎて言葉が出ないよお姉ちゃん!」
「そう?良かったわ。」
凛の答えに安堵した里香が肩の力を抜く。
「本当ならもっと力を引き出せるのだけど…今はこれが限界みたい。ごめんなさいね。」
「全然良いよー。」
凛はまるで気にしていないみたいが、彼を溺愛する里香からすれば話は別。
一応ながら、現時点でもかなりのスペックを持つ凛。
それでも里香の立てた計画より数段劣る結果となり、かと言って弄り過ぎも良くない。
今は崩れた基礎をある程度戻すのが精一杯で、これ以上は彼の体に負担が掛かると判断。
無理を押して出来なくもないが、不具合が生じる可能性がある。
何より、可愛い可愛い弟に自らの手で枷を負わせる…到底納得も許容も出来ない。
否、絶対に許さない。
(全く、シロちゃんのせいで予定が狂っちゃったじゃない!この恨み、どう晴らしてくれようかしら…。)
それは怒りとなり、ドス黒いオーラに変貌。
若干ヤンを含ませた彼女へ、円な瞳を携えた凛が「お姉ちゃん、どうかした?」と尋ねられ、こほんと咳払い。
彼の真っ直ぐさに当てられ、気まずくなったのだろう。
若しくは、危うく浄化されそうになったとも。神なのに。
「ま、まぁ…これでも私、一応は創造神な訳だし?時々にはなるけど、向こうでも凛ちゃん達に力を与えていたの。」
「へー、そうなんだ…凛ちゃん達?」
急遽始まった姉による謎の説明に取り敢えず理解を示し、訝しむ凛。
「家族だから、なのでしょうね。親和性が高く、調整しやすかった…ただ、その中でも凛ちゃんが飛び抜けてて、多方面に優れた適性を持っていた。だからつい色々とやり過ぎたのは反省すべき点だったのかも知れないわね。」
その彼に影響を及ぼしたのはこの御方こと里香。
最高神である彼女が構いに構った結果、凛に何もないなんて事はなく。
「え?」
「調子に乗った私も悪かったのだけど、凛ちゃんは地球にいながらにして高い魔力保持者になっちゃったの。」
「…え?」
彼が最も、更には長年里香から漏れ出る神気に当てられたのが幸い(?)し、全体的に才能が大きく底上げされた。
否、されてしまった。
友人知人から部活動の応援依頼が月数回あり、都度貢献した学生時代。
ただそれでも全力ではなく、敢えて本気を出せないよう里香が離れた場所で(観察も兼ねて)抑えていたり。
「私は魔力の使い方を教えていないし、凛ちゃんは凛ちゃんで知らないまま感情が昂って暴走しちゃった事が何回かあったものねぇ。その度に少しヒヤリとしたわ。」
(えっ、ちょっと何それ!?初耳なんだけど!?)
凛が思い出すは、小学校の卒業式が終わった後。
記念と称して何故かスカートやらを着せられ、恥ずかしさが頂点に。
ふと気付けば、彼の数メートル先にて、何も火種がないにも関わらず突如炎が発生。
着せ替えの場として使用した廃屋が燃えると言う、謎の光景に遭遇。
かなりのパニックに陥った覚えがある。
その日を境に、女装等の可愛いものが解禁したのに付随し、不可解な現象も度々発生。
それらを思い出した凛は、恐る恐るながら言葉に出してみる。
「じゃ、じゃあもしかして、誰も使わなくなった廃屋がいきなり炎上したり、近くの公園で砂嵐が起きたり、夏なのにバスケットボール位の雹が幾つも落ちて来たのって…?も、勿論ぐう━━━」
「そう!所謂、魔力の暴走ってやつね!」
「そんなぁぁぁぁ…。」
凛にとって衝撃であり、分かりたくない事実が判明。
誇らしげな姉とは裏腹に、彼は堪らずその場で両膝を突き、ガックリと項垂れるのだった。




