53話
「はぁ…全くあいつは。」
「何の騒ぎだ!!」
カリナが溜め息混じりに呟いた直後。
少し離れた場所から男性と思われる声が響き渡った。
カリナを含めた全員の視線が声のした方へ向き、レザーアーマーを着用した男性が走って来るのが分かった。
他にも、すぐ後ろの位置に同じ鎧姿の男性2人がいるのが見て取れる。
彼らはスクルドを守る警備の者達で、このままだと捕まると思ったエイジャ達は表情を曇らせ、辺り一帯が緊張に包まれる。
「すまない。少しじゃれていただけでな。騒ぐつもりはなかったんだ。」
「何を…!…貴方でしたか。」
カリナのやや申し訳なさげな物言いに、先頭にいる男性が声を荒げようとする。
しかし相手がカリナだと分かり、途端におとなしくなった。
「貴方の事ですので大丈夫だとは思いますが、出来ればこの様な真似は控えて頂けると…。」
「分かった、気を付けるよ。忠告感謝する。」
「ありがとうございます。では、私達はこれで失礼します。」
「ああ。お勤めご苦労様。」
警備である男性の方が安堵し、頭をぺこぺこと下げる。
それはこの場を離れた後も続き、その光景を見たエイジャ達はぽかんとなり、周りにいる者達も呆気に取られる形となった。
普通だと、冒険者よりも街を取り締まる警備の方が立場が上。
それがこの場にいる者達の総意であり、何度も彼らの仕事ぶりを見たカリナも同じ思いだ。
しかし実際はあちらの方が低姿勢…それも軽く引いてしまう程に何度も頭を下げた。
それに驚くなと言われても無理と返すのがほとんどに違いない。
「さて…私も失礼させて貰うとするか。」
『いやちょっと待て!』
「ん?」
カリナは満足そうに頷いてこの場を後にしようとし、周りにいる全員から突っ込まれた事できょとんとする。
本人は至って真面目のつもりだが、そのふざけている風にしか見えない姿は、まるで某男の娘と某ツインテールさんの様だった。
「ん?じゃねぇよ!何で警備隊の方がぺこぺこと頭を下げるんだよ!しかも申し訳なさそうに!」
「有り得ない…。」
「ふ、ふん。どうせ、その体を使って誑かしたとかに決まってるわ!」
「失礼な、私は処女のままだ。」
その言葉に、エイジャ達は予想外の答えとばかりに顔を赤くする。
男性の何割かが同じく顔を赤くし、顔を逸らしたり前屈みの体勢となった。
かなりの爆弾発言とも取れる内容だが、カリナ本人は全く気にしていないとばかりに懐をごそごそと動かし始める。
「恐らく…彼らが私に恐縮していた原因はこれだろうな。」
そう言って取り出したのは、丸まった状態の紙だった。
カリナは取り出した左手で器用に広げてみせ、その紙に皆の注目が集まる。
「これにはジラルド伯爵家が私の身分を保証し、後ろ盾になる旨が記載されている。要するに保証書と言う訳だな。」
その保証書は、凛が昨日ランドルフと会った際に得たものだ。
対象の人物が異なるだけで、中身は凛が所持しているのと全く同じ。
インフェルノドラゴンの剥製を渡した後にカリナを紹介した事もあり、むしろ上機嫌なランドルフの方から用意して来た。
それと先程の警備の男性達がカリナに対して下手に出ていた理由、それはこの保証書のせいだったりする。
『!?』
「今の私は身分を証明出来るものが手元になくてな。主人の伝で手に入ったのだが…こう畏まられては別な手段を用意した方が良いのかも知れん。」
カリナは説明しながら保証書を丸め、再び懐(と見せ掛けて無限収納)に入れる。
「普通じゃまず用意出来ない様な剣を与え、伯爵である領主と仲が良いとか…。」
「その主人って一体何者…?」
「神だ。」
トレイシーとカサンドラの呟きにカリナが答え、しんとした空気が辺りを包んだ。
その表情は真面目そのもので、ふざけている雰囲気は微塵も感じられなかった。
それに当てられたのか、ある者は冷や汗を流し、ある者は後退り、またある者は生唾を飲む等する。
「あ、いや。女神様の方がしっくり来るな。纏うオーラは神以上と言っても過言ではないし、あの愛らしさに愛くるしさ…たまらん。」
しかし難しい顔をしたかと思えば頬を緩ませ、終いにはでゅふふ…とだらしのない笑みまで浮かべる始末。
そのあまりのギャップにエイジャ達はその場で崩れ落ち、他にも盛大にずっこける者が多数発生。
場が一気にカオスとなった。
「こいつってこんなんだったか?」
「分からない…。」
「でも真面目なあの子をそこまで言わせる主人って…。」
「「「一体何者?」」」
ずっこけから立ち直った後、エイジャは引き攣り、カサンドラは困惑し、トレイシーは考え込みながら話す。
そしてここにいないカリナの主人に対し、揃って戦慄を覚えた。
ただ、いやんいやんと体をくねらせながらも、時折見せる顔は間違いなく恋する女性を思わせるものだった。
それはエイジャ達も見惚れる程で、同性の彼女達ですらそうなのだから、男性は言わずもがな。
今の一件が尾を引き、この日ジラルドにある娼館の売上が伸びたとか何とか。
特に似た髪色と髪型のターニャと呼ばれる女性に集中し、本人はかなり疲れながらも不思議がっていた。
その頃、話題に上がった凛はと言うと。
「…!……?」
いきなり得体の知れない寒気に襲われ、辺りを確認している所だった。
「マスター、どうかした?」
「ううん、何でもない。」
「???」
凛の首を振りながらの答えに、美羽は益々疑問が深まったと言う顔をするも、これ以上の答えは得られなかった。
凛はこの手の悪寒に何回か襲われ、その度に様々なトラブル(主に里香が原因)に見舞われると言う経験を持つ。
それを正直に伝えてもな…との思いから説明を躊躇い、経験を元に危険を回避しようと体が反射的に身構えたのかも知れない。
(ここは日本と違う訳だし…いくら何でも考え過ぎだよね。)
そう思い、首を左右に振って考えるのを止めた
現在、凛達は訓練部屋にいる。
それも、ただの訓練部屋ではなく魔物と戦う事を想定した模擬訓練…所謂シミュレーション訓練が行える場所だ。
ここでナビが解析済みの魔物を仮想敵として出現させ、シンシア達に戦って貰う形となる。
魔物は解析した情報を元にして創られており、攻撃を食らえば勿論ダメージを受ける。
そして訓練中、力量が足りない等が原因で負けそうだと分かった場合。
その時は訓練者の意思で中断、或いは必殺と思われる攻撃が当たる直前に(ナビの判断で)魔物が消える仕組みとなる。
凛はそれらのテストを兼ね、シンシア達がどの位戦えるのかで見ている事を思い出し、彼女達に視線を戻す。
「やあっ!」
「ブヒィィィ!」
シンシアはダン達が用意したドレスから動きやすいミニスカート姿に着替え、対戦相手であるオークの攻撃を避けては反撃すると言う戦い方を行っていた。
やがて、風を切る様な素早い動きの後に黒いブーツを履いた右足でオークを蹴り飛ばし、ドォォォォンと音と共に壁へ激突。
今の一撃で倒したと見なされたらしく、オークは壁に張り付いたまま消滅していった。
「ふぅ…。」
シンシアはすらっとした長い足を下ろし、安堵の表情で短い溜め息をつく。
「…ライトニングブラスト!」
「ガ、ガ…ァ……。」
リーリアとお揃いの服に身を包んだリリアナは、雷系上級魔法ライトニングブラストを発動。
前に突き出した両手から、直径1メートル程の雷で出来たレーザーを撃ち出す。
その影響でハイトロールの腹に大きな風穴が空き、呻き声を上げながらゆっくりと後方へ倒れていった。
「はっ!えい!はいっ!そこです!」
ミラは衣装こそ変わっていないが、両手には身の丈と同じ位の大きさで銀色のハンマーが握られ、かなり大きなカラスの魔物と空中戦を繰り広げていた。
そのカラスはデビルクロウと言い、ディバウアークロウが魔銀級に進化した魔物だ。
しかし、片や翼を広げた広さが8メートル、片や身長30センチ弱と大きさにかなりの差があり、しかも機動力はミラの方が圧倒的に上。
ミラにとってデビルクロウは大きい的でしかなく、デビルクロウも勢いが良かったのは最初だけだった。
すぐ一方的にミラから攻撃を受ける形となり、最後は悲しげな声と共に空中で消える。
「グラビティなの~ん。」
ミラと同様、服装の変わっていないエラがのへーっとした表情で土系上級魔法グラビティを発動させる。
すると、前にやった銀色の杖の先にいたダイアウルフの周りに重力場が発生し、やがてダイアウルフは重力の重みに耐え切れずに圧死。
エラは満足な顔を浮かべ、むふーと鼻息を荒くしながら杖を下ろすのだった。




