52話
「…何のつもりだ。」
ダークボールが後頭部に当たってから少し経った頃。
カリナは首から上だけを後ろへ向け、そう呟いた。
ただ、話しぶりや表情こそ平淡そのものだが、その視線は鋭い。
しかもダークボールが当たった箇所は黒い煙こそ上がっているものの、ダメージを受けた様子は全く見られなかった。
それを目の当たりにした3人は気圧された様に後ろへ下がり、しかしトレイシーだけが負けじと一歩前に出る。
「あ、あんたが私達の誘いを断るから悪いのよ!」
「はて…私達は既に他人同士だと伝えたはずだが?」
「あんたはそのつもりでも私達にとっては違うの!いいから一緒に来なさい!」
「何度も言わせるな。お前達と馴れ合う気は一切ない。」
「くっ、…闇よ、我が名に従い敵を滅せ…ダークボール!」
トレイシーはこのままだと埒が明かないと判断し、ローブで覆われていない顔部分になら多少なりとも影響があると踏み、ダークボールを発射。
先程はいきなりの事態に付いていけなかったとの理由で騒ぎにはならなかったが、流石に2度も魔法を撃たれた事で周りから悲鳴が起きる。
「甘いな。」
だが、カリナは落ち着いた様子で腰に差した2本の剣の片方を左手で抜き、向かって来た黒い玉を真っ二つに切断。
その影響でダークボールは霧散し、周囲から驚きの声が上がる。
また、カリナの鮮やかな剣筋に見惚れたり、おぉ…と感嘆の声を漏らす者も。
「魔法を…斬った?」
「てか、魔法って斬ろうと思って斬れるものじゃないだろ。」
トレイシーとエイジャが目を見開きながら呟き、
「赤い、剣…。」
カサンドラを含め、この場にいる全員の視線がカリナが持つ剣に集まった。
その剣は刀身部分が赤く、それ以外が黒で構成され、太陽の光を跳ね返すかの如くギラリとした輝きを放っていた。
「これはフレイムタンと言ってな。魔剣と呼ばれるものらしい。」
魔剣とは、特殊な材料を一流の鍛冶師が鍛え上げ、属性や魔力を秘める様になった剣の事だ。
非常に高価な為王都や帝都等にしかなく、所持しているのがかなりの金持ちや有名な冒険者だったりで、一般人が見る機会と言うのはまずないと思って良い。
『魔剣!?』
そんな貴重なものが今正に目の前にあるとして、周りにいる全員が白目を剥いた。
特に、一緒にパーティーを組んでいたエイジャ達の驚きぶりは凄く、顎が外れそうな位だった。
「嘘は言っていない…ほら。」
そう言って、カリナは刀身部分に炎を纏わせ、ボォォッ、ボォォッと音を立てながら軽く振ってみせる。
人々は一連の流れを食い入る様に観察したり、先程とは違った意味で驚く。
証明は十分だと判断したカリナは剣から炎を消し、鞘に収めた。
そして周りから残念がる声を他所に、後ろへと振り返る。
「もう良いな?私はこれで失礼させて貰うぞ。」
再び歩き出し、はっとなったエイジャが慌てて彼女を追い掛ける。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「…しつこいぞ。まだ何かあるのか。」
カリナはピタリと止まった後に振り向くのだが、今度は嫌悪感を露にし、視線も無関心から冷たいものへと変わっていた。
エイジャは一瞬身を竦ませ、しかしここで逃げられては色々と不味いとして口を開く。
「…!い、いやぁ、その魔剣の事の話とかもっと聞いてみたいなぁ、なんて。」
この言葉に人々は期待に目を輝かせるも、次のカリナの返事によって再び悲壮感に襲われる。
「そうか。だが、今話さなくてもその内知る様になるだろう。ではな。」
「ま、待てって。そうだ、もう1本の方の剣は…。」
「そちらはミスリルとアダマンタイトの合金製だ。」
「ミスリルにアダマンタイト!?しかも合金…ってそんな事が出来るのかよ!?」
エイジャは歩くカリナを追い掛け、尚も引き留めようとする。
その途中、咄嗟に出た言葉からフレイムタンではない方の剣についての情報も得る形となり、初めて耳にする組み合わせに周りも騒然となった。
その後も、エイジャはひたすらカリナに声を掛け続けた。
すぐ後ろをカサンドラ達が付いて来る形だ。
和解の為の交渉は諦めたみたいだが、どうにかしてカリナの関心を引き、油断した所で剣を奪うつもりでいる。
だが、カリナはのらりくらりとかわすだけで、歩みを止める素振りは全く見せなかった。
(凛様に甘えたい凛様に甘えたい凛様に甘えたい凛様に甘えたい凛様に甘えたい凛様に甘えたい凛様に甘えたい凛様に甘えたい凛様に甘えたい凛様に甘えたい…)
訂正、顔に出さないだけで凛に甘えたいとの思いでいっぱいだった様だ。
顔こそ無表情だが、後ろから彼に抱き付き、スリスリと頬擦りをすると言うイメージを頭の中で思い描いていた。
「この…いい加減止まれってんだよ!」
やがて、我慢の限界を迎えたのか、エイジャがカリナの右肩を掴もうと後ろから手を伸ばす。
「…しつこいですねぇ。」
そう呟かれた瞬間、エイジャの手首は黒い腕の様なものに掴まれた。
その腕は下…それもカリナの足元にある影から伸びており、とても細長い。
「えっ…?」
エイジャは立ち止まり、カサンドラ達も得体が知れないもの見たとばかりに驚いた表情をする。
それを合図にカリナの足がぴたりと止み、やや呆れた様子で後ろを振り返った。
「六花、私は出て来るなと言ったはずだがな。」
「そ、そう言わないで下さいよ姐さぁん。」
そう言いながら影から姿を現したのは、どこかカリナに似た女性だった。
ただ、あくまでも似ているだけで、彼女よりも細身で少し背が高く、髪は赤に近い紫ではなく濃い紫色。
ぎょろりとした目にギザギザ状の歯と、人間離れした見た目をしている。
それでいて今は困った雰囲気を醸し出すと言う、何とも不思議な感じの女性だった。
「…ただ、このオネーサン達の鬱陶しさにちょーーーっと苛々して、なんて。」
「「「ひっ!」」」
六花と呼ばれた女性は獰猛な笑みを浮かべ、視線をエイジャ達に移す。
エイジャ達はその場から後退り、恐怖のあまり互いを抱き締め合った。
「六花、私は大丈夫だから戻れ。」
「キシ、分かりましたよ…。」
カリナが六花の左肩に手を置くと、六花は渋々と言った感じでカリナの影の中に入っていった。
「い、今のは何!?」
「六花の事か?あいつはドッペルゲンガーだった者だ。今はデスストーカーで、私の相棒でもある。」
「ドッペルゲンガー…って魔物じゃないか!お前、魔物なんて従えてんのかよ!」
エイジャはへっぴり腰で叫び、カサンドラ達はドン引きした様子で何度も頷く。
周りの者達も驚きはしたものの、中には「え?今の魔物なの?」「確かに。人間には見えなかったもんな。」「魔物を従えてるって事は、彼女はテイマーとか?」と言った感じで、六花に興味を示す者も少なくはなかった。
カリナが言った通り、六花は当時ドッペルゲンガーだった。
ド◯クエのシャ◯ーみたく、人間の上半身部分を縦に伸ばした様な見た目をしていた。
そんな六花を、火燐は昨日凛の前に連れて来た。
彼女はぼろぼろだった為に凛が事情を聞いた所、火燐が動き回った際に出会い、襲い掛かろうとした所をぼっこぼこにしたとの事。
凛は驚きの後に哀れみの視線をドッペルゲンガーに向け、火燐に単独で行動するカリナに丁度良いからと告げられる。
それに食指が動き、その黒い体から玄冬や玄と同じ冬→雪に至り、『六花』と名付けられた。
六花は名付けの影響により、銅級のドッペルゲンガーから濃い灰色で金級のシャドウストーカーを経て、濃い紫色で魔銀級の強さを持つデスストーカーへと進化。
その日の内に六花をカリナに合わせ、影からサポートする役として紹介される。
その際、火燐が六花にカリナを守り、余計な真似をするなと脅しをかけた。
火燐はカリナを弟子の1人として可愛がる一方、六花はたまたま使えそうな奴を見付けたとの感覚しかなく、六花からすればいきなり拉致しておいてふざけるなと文句の1つでも言いたい所だ。
しかしデスストーカーとなった今でも、凛どころか火燐やカリナの方が自分より強さが上。
彼女が今後を生き抜くには、火燐達の命令を従うしかなかった。(と言いつつ食事はしっかりと堪能し、今のやり取りの間ですら色々と表に出てしまっているのだが)
因みに、ドッペルゲンガーはアンデッド系の中でもゴーストの類いに位置付けられ、触る事が出来ない=物理攻撃が全く通用せず、普通は魔法を使って攻撃するしかない。
反対に、ドッペルゲンガーは生まれ持った『物質化』と言うスキルの効果により、先程のエイジャの時みたく部分的に相手へ触れる事が可能。
それを応用し、ドッペルゲンガーが攻撃を仕掛けたタイミングを突いたカウンターでも倒そうと思えば倒せる。
ただ、死ぬとその場で消滅する為に人々…その中でも特に冒険者からは忌み嫌われており、見付けた時点で逃げるか弱点である炎か光属性の魔法で倒す傾向が強い。
「…何かこのオネーサン失礼っすねー。姐さん、やっぱ殺っちゃっても良いすか?」
「ひぃっ!?」
顔だけをにゅっと出してはキシシシと笑う六花にエイジャが引き攣り、その様子を見たカリナが溜め息をつく。
「ダメに決まってるだろう。これ以上は目立ちたくないんだが…後で(火燐に)報告しても良いのだな?」
六花はもう1つ、種族特有のスキル『擬態』を持っている。
これは自分を相手…今回の場合だとカリナに似た姿に変えると言うものなのだが、使い手の技量が高ければ高い程近くなる。
ただ六花は生まれてまだ日がそれほど経ってないのもあり、まだまだ未熟。
この通り、少し人間離れした感じの見た目をしている。
つまり六花は立っているだけでも非常に目立つ訳で、出来るだけ静かに行動したいカリナとしては一緒に歩かせる訳にいかなかった。
また、彼女が好戦的な性格をしている事から、しばらくは影に潜ませるとの方法を選んだ。
「キシ、キシシシシ…やだなー姐さん、冗談に決まってるじゃないですかー。それじゃ、アタシはこの辺で失礼するっす!」
六花はこれ以上カリナの機嫌を損ない、後で火燐に怒られるならまだしも、下手すればまた半殺しの目に遭うと判断した様だ。
困った笑みを浮かべ、かなり焦った様子でカリナの影の中へと引っ込んでいくのだった。




