2話
「はぁぁぁ…。」
凛が転移してすぐ。
シロは笑顔から一転、一気に疲れ切った表情へ。
溜め息をつき、それまで振っていた左手を怠そうに下ろした。
「数年から数十年に一度とは言え、いつもと違う喋り方をするのは…やはり疲れるのぅ。ましてや、今回は相手が相手じゃ。我ながら良くやった━━━」
「シロ、お疲れ様なの。」
「ん?」
独り言ちる途中、後ろから声が聞こえた。
反応し、そちらを向く。
振り返った先。
彼女から見て10メートル程離れた位置に、10にも満たない位の外見をした少女が立っていた。
少女は黒髪ショートボブの髪型。
黒い瞳を持ち、膝下までの黒いワンピースを着用。
そして気の弱そうな表情や仕草を取ってはいるものの、どこかシロを幼くした様な顔立ちをしている。
「…なんじゃ、クロか。」
シロは自分に声を掛けた相手が誰か分かり、安堵を含めつつ破顔する。
「シロ、その姿疲れないの…?元に戻ったらどうなの。」
気の弱そうな少女ことクロが、数歩前に出て告げる。
「そうじゃの。」
シロはそう返した後に目を閉じ、何やら集中し始める。
すると突然、シロの全身から眩い光が発せられた。
そこから彼女を覆う様にして白い繭(の様なもの)が形成され、時間が経つ毎に少しずつ小さくなっていく。
やがて、クロと同じ位にまで小さくなった辺りで収まり、完全に消失。
そこには、彼女と変わらない年頃。
かつ同じく人形みたいに整った容姿の少女が立っていた。
少女はふぅ…と息を吐き、ゆっくりと目を開ける。
「…やはり、こちらの姿の方が落ち着くのじゃ!」
そして腰に両手を当て、腰までのウェーブ状の白い髪を揺らしながらむんっと(ぺったんこな)胸を張った。
その少女は、先程まで大人だったシロをそのまま小さくした状態…とでも言おうか。
ただ、デザイン自体は同じ白いワンピースでも、踝まであったのが膝下までの長さに。
雰囲気も、垂れ目でおっとりとしたものから、少しつり目で活発な印象へと変貌。
片や積極的。
片や消極的な印象を受けるものの、それでも向かい合う事で少女2人が非常に良く似ているのが窺える。
と言うのも、クロと呼ばれた少女は名を黒神。
シロこと白神と同じく、最高神の1柱だからだ。
だが黒神は人見知りが激しく、部下となる上位神や下位神ですら、上手く伝える事が出来ない欠点を持つ。
そこを、大抵一緒にいる白神がカバー。
代わりに、数年から数十年に1度訪れる転生者の案内をフォローして貰う事で釣り合いを保っている…らしい。
全身真っ白な少女…シロは、目を閉じたまま若干疲れた様子で首をコキコキと鳴らし、肩をぐるぐると回す。
その姿は酷使した肉体を解している様にも見え、如何に嫌々やっているのかが窺える。
「それでシロ。凛様と話してみてどうだったの…?」
「…む?そうじゃの…。」
クロの問いを受け、左目だけを開き、顎に手を当てて思案顔をするシロ。
「流石と言うべきじゃろうな。物凄い可能性を秘めてそうじゃった。」
「…やっぱり。あの方の弟だから、と言うのも影響しているの?」
「然り。これからどうなっていくのか楽しみではある…が、同時に嘗てない程の力の奔流に溺れるのではないか。そこが怖くもあったの。」
「…シロにそこまで言わせるなんて凄いの。」
「文字通り、『格』が違うと言う奴じゃな。まぁそれ以上に、初対面の妾を慮る優しさに驚かされたがの。不覚ながら、本当にあの方の弟なのかと疑ってしもうたわ。」
驚くクロに、シロはかかか…と朗らかに笑う。
「…怒られる事になっても僕は知らないの。」
「なぁに、バレやせん。」
今後はジト目のクロに、シロは悪戯っぽい笑みで答えつつ、どこか遠くを見やる。
「今にして思えば、念の為にと妾の力を与えてはみたのじゃが…正直、不要だったのやも知れぬな。それ位、凛は隔絶した強さを持っておった。切っ掛けを待っとったとも言えるじゃろうが。」
「む?むー…やっぱり、僕も一緒に会っておけば良かったの…。」
クロは後ろ手で両手を組み、不満を漏らす。
彼女…と言うか、2人はとある人物から何度も。
それこそ耳にタコが出来る位、凛に関する話を聞かされていた。
なのでシロはその話題が出るとうんざりした顔になるのだが、クロにとっては違う。
同じ共通点である黒髪黒目。
それと髪を立たせず寝かせた状態だと姉妹(兄妹ではない)っぽく見えるとの言から、彼女なりに憧れや親近感を抱いていたのだろう。
「ダメじゃダメじゃ。お主は人見知りじゃし、口数も多くない。初対面の者と会うには向かぬのじゃ!」
「むー、そんな事ないのー!」
手を左右に振って否定するシロにクロは頬を膨らませ、半目に。
それを無視したシロは再度にしし…と悪戯っぽく笑う。
「それに、あの方が大事に大事にしておられる凛を少し弄れただけで妾はまんぞ…ゲフンゲフン。おっと、何でもないのじゃ。」
咳払いで誤魔化す等、非常に満足した様子だった。
…この時までは。
━━━━━その話、詳しく聞かせて貰えるかしら?━━━━━
直後、この神界に於いて。
シロでもクロでもない、第3者の声が響き渡る。
「!!」
シロはこれでもかと盛大に驚き、壊れたブリキ人形みたくぎこちない動きで顔を左に。
「?」
クロはそんなシロを不思議に思いつつ、視線を同じ方向へ。
すると、シロ達から50メートル程先の位置。
そこからこちらへ向け、ゆっくりと歩いて来る女性がいた。
その女性は170センチと、割と長身である(大人版)シロよりも更に高い身長。
背中まで真っ直ぐの黒髪セミロングで、小さくなる前の状態の彼女よりやや上の20代半ば位の見た目。
神であるシロ以上に美しく、それでいてどこか凛を思わせる容貌だ。
「お母さんなのーーーっ!!」
穏やかな笑みを携える女性に気付いたクロがぱぁっと明るい笑顔を浮かべ、彼女の下へと駆け寄る。
「は、ははは母上!?ど、どどどどどどうしてこの様な所へ…?」
それとは反対に、シロは凄まじい挙動不審っぷりを見せる。
そんな彼女の質問を女性は無視し、受け止めたクロの頭を10秒程撫でたところでようやく口を開く。
「…不思議な事を聞くものね。私の凛ちゃんが(この神界へ)来るからに決まってるじゃない。だから前以て、彼を迎える為の準備をシロちゃんに頼んでたんだけど…。」
口振りから察するに、どうやら凛は彼女の所有物(?)らしい。
「そ、そうでしたでしょうか…?」
「ええ。向こうで私の力をある程度与えてはいるけど、こっちに来たばかりだと不具合を起こすかも知れない。だから別な場所で調整する為に案内をお願いしたのだけれど…その様子だと覚えてないみたいね。」
「はは、はははは…。」
シロがわざとらしく明後日の方向を見やる。
明らかに誤魔化そうとしているのが丸分かりだが、この様なやり取りは今回が初めてではない。
またか…と言いたげな視線を彼女へやりつつ、女性ははぁ…と溜め息。
「まぁ、シロちゃんが人の話を聞かないのは今更だし、別に良いとして…もうそろそろ、凛ちゃん来てるはずなのよ。けど一向に連絡が来ないんだもの。こっちから迎えに来ちゃったわよ。」
「な、成程…。」
「…それでシロちゃん、私が何か言ってなかったかしら?」
「…!」
女性は出来の悪い子供に説明する口調で話し、最後にうっすらと目を開け、低いトーンに。
これにシロは体を強張らせ、「いえいえいえ、何も言ってませんです!はい!」と間髪入れずに否定。
「♪」
その間、女性に受け止められたクロは、ひたすら優しく頭を撫でられていた。
幸せそうに目を細め、ぎゅっと女性を抱き締める姿は、甘えたい盛りの子供が目一杯甘えているよう。
反対に、シロの場合は悪い事をしたが為に怒られている風にも見える。
それから30秒が経過。
シロは未だに女性に対する上手い返しが見付からず、冷や汗を掻きながら困っている様子。
女性はそんなシロを見て再び嘆息。
そして何かを思い出したのか、ビクつく彼女を他所に話を進める。
「ん?そう言えばシロちゃん。貴方さっき…凛ちゃんの体を弄ったとか言ってなかった?」
「何故それを…はっ!」
シロは発言の途中で不味いと気付くも、時既に遅し。
慌てて両手で口元を塞ぎ、女性から白い目で見られる。
「ち、違うのです母上!妾は、妾は凛に加護を与えようとしただけで…。」
シロはどうにかこの場から逃れようと慌てて弁解し、しかしすぐに遮られてしまう。
「加護?どうしてシロちゃんの加護を?貴方は私の子だから加護も強力ではあるけど、私の方が上じゃない。」
「ぐぬっ。」
「普通の転生者ならまだ分かるとしても、相手が凛ちゃんだと…。」
シロがなんかぐぬったのはさて置き、会話の途中で何かに気付いたのか女性が思案顔に。
一方のシロは気が気でないらしく、ひたすらソワソワソワソワとしていた。
先程から凛を凛ちゃん、シロをシロちゃんと呼び、少女達から母と呼ばれるこの女性。
実はこの世界の創造神だったりする。
創造神はシロとクロを生み出した存在。
なので、最高神であるシロよりも力や格。
それに与える加護も当然ながら上となる。
やがて創造神はある考えに至ったのだろう。
信じられないと言いたげな顔でシロを見やる。
「シロ…まさか貴方…。」
「…!!」
創造神の呟きに、シロはビシィ…と体を硬直。
「…まさか凛ちゃんにまで、いつもの面倒だからって理由で適当に。しかも諸々端折ってウェル爺に丸投げしたんじゃあ…ないでしょうねぇ?」
「!?!?!?」
底冷えする様な低い声での問い。シロは驚きの余り白目を剥き、まるでムン○の叫びを模した様な絶望の表情へと変貌。
それは誰がどう見ても、肯定以外有り得ないと判断される訳で。
創造神はシロの態度に一瞬だけ固まり、その後伏し目に。
クロの頭を撫でる動作がピタリと止み、両手を下ろし、ワナワナと震えながら握られる拳。
身の危険を感じたクロは、急ぎその場からダッシュ。
巻き込まれまいとして距離を取った。
それを目の当たりにし、見捨てられたとショックを受けるシロ。
しかしすぐに立ち直り、いつでも逃げられるよう体勢を整える。
「あんたって子はーーーー!!凛ちゃんは私が受け持つから下手に触るなって言ったでしょうがぁーーーーーー!!」
「わーーーー!!母上ーーーーー、許してたもーーーーーーっ!!」
創造神の凄い剣幕に恐れを成したシロが、脱兎の如くダダダダッと逃走。
「いーーえっ!許しません!」
しかし残念。
(この場での最上位者たる)創造神からは逃げられない。
それを裏付けるかの如く、彼女の姿が搔き消え、次の瞬間には左腕でシロを抱える形で出現。
当の本人は「あれ?逃げたはずが、どうして捕まっているのかしら?」とばかりに呆け、しかしすぐ正気に戻り何とか抜け出そうと藻掻くも、微動だにしない。
「今日と言う今日は絶っっっ対に許しません!まさか凛ちゃんまで…あんたって子はぁっ!!」
創造神は叫び声と共に大きく腕を振り被り、
「いい加減に…しなさい!!」
衣服越しに、シロのお尻を思いっ切り引っ叩いた。
「アッーーーーーーーーーなのじゃーーーー!!痛いのじゃぁーーーーーー!!」
シロは大きな悲鳴を上げ、強烈な痛みに耐え兼ねて更に暴れる。
「これにっ!」
「あっ!!」
「懲りたらっ!」
「いっ!!」
「いい加減っ!」
「えぅっ!!」
「反省しなさいっ!」
「あーーっ!!」
「魔力の残滓があるって事は、既にウェル爺の所へ送った後でしょう!?そうなんでしょう!?」
「許してたもっ!許してたもーーーーー!!」
創造神はシロの必死の懇願を完全に無視。
その後も尻を叩く音と悲鳴だけが辺りに響き渡る。
美人は怒ると怖い。
それをシロが自らの身を以て体現する形となった。
3分後
「…はっ!?」
「ぎゃんっ!なのじゃあ!」
創造神の動きが止まり、緩まる腕の力。
その影響でシロは落ち、顔面から床へぶつかる羽目に。
「こんな事をしている場合じゃなかったわ!急いで凛ちゃんの元へ向かわなきゃ!ごめんだけどクロちゃん、後の事はお願いね!」
クロの頭を軽く撫で、数歩下がった創造神が転移魔方陣を展開。
かなり急いだ様子で転移していった。
「あ………。」
「おぉぉぉ…い、痛いのじゃぁ…。」
寂しそうに手を伸ばすクロ。
そしてお尻を上に突き出し、左手を顔へ。
右手をお尻に当て、体をプルプル震わせながら呻き声を上げるシロを残して。
クロが創造神に会えたのは数週間振り。
にも関わらず、会話も碌に出来ないまま終わってしまい、悲しみから来る涙が両目いっぱい。
すぐに振り払い、『同じ罰を受けるのはこれで何回目だよ』と言いたそうな。
恨みがましい表情をシロに向ける。
クロは右手を伸ばし、結構な力を…しかも捻りまで加えた状態で彼女の尻を抓ねってみせた。
「あっ!クロっ、それはらめぇぇぇなのじゃあ。後生じゃ…優しく、優しーーーく撫でてたもぉぉ…。」
シロは尻を抓られた弾みで一瞬だけビクンと体が反り返り、すぐにクロの右手を軽くペシペシと叩く形で再び懇願。
「はぁ…シロ、いい加減懲りたらどうなの。フォローをする僕の身にもなって欲しいの。」
「うぅ………。」
クロは溜め息の後、渋々と言った表情でシロのお尻を摩り始める。
「…大体なの、シロはいい加減学ぶべきだと僕は思うの。お母さんからおに…凛様が来ると言っていたのに、どうして雑な扱いを━━━」
「…全く、母様め。子供の茶目っ気位、笑って許してくれても良いものを…。」
クロは尻を擦りながら白神に説教を行うも、シロは不満を口にするだけで全く聞いていなかった。
「シロ!!」
スパァン
「痛いのじゃあっ!?」
それに気付いたクロがシロの尻を思いっきり叩く。
小気味良い音が辺りに響き、シロは予想外とばかりに驚きの声を上げ、かと思えばぎゅぅぅぅ…と思いっきり尻を抓ねられる。
いきなり叩かれた事に文句を言うつもりだったシロも、これには堪らず「いだだだだだぁ!?」と絶叫。
「シロ、誰のせいでこうなっているのか…本当に分かってるの?んん?」
クロにとって、もはや数え切れない程に繰り返されたシロの面倒事や後処理。
そこへトドメとばかりに先程のやり取りが加わり、最早我慢出来る許容量を超えてしまったのだろう。
「はいーっ!すいませんでしたーー!だから抓ねるのは勘弁して欲しいのじゃあーーー!」
シロは全面的に降伏。
必死に謝罪を口にする彼女に、クロは渋々と言った感じで擦り始める。
「むぅ…何故妾にだけこの様な仕打ち…。」
「…シロ?」
「な、何でもないのじゃー。(おのれ、クロめ覚えておれ。)」
パァン
「…!」
「…何か不穏な気を感じたの。」
その後も、2人はしばらく尻を叩いたり抓っては泣き叫ぶと言う光景を重ね、最後は仲良く(?)その場からいなくなるのだった。