279話
「良く良く考えりゃ、わざわざ走る必要なかったんじゃね?」
危機を脱してすぐ、微妙な面持ちの火燐が1言。
焦燥から咄嗟に逃げるを選択した彼女だが、あの程度の出来事であれば困難にすらならない。
あのまま薄赤い障壁で防ぎ切れる規模だったし、雫が凍らせる。
翡翠が風で逸らすか吹き飛ばし、楓が重厚な土壁を防波堤代わりにする。
若しくはアンジェリーナらを抱き抱え、溶岩の届かない高さへ避難。
(人間族最高位である)聖王の結界スキルを応用し、魔◯の絨毯よろしく飛行出来る足場を形成、凛のビットによる多点防御結界…等々。
走る以外に難を逃れる手段は幾つかあり、肉体的にはともかく精神的に疲れなくて済んだ。
「ん。ほんそれ。むしろおまいう」と宣う雫。
「走り出したの火燐ちゃんじゃん」とジト目を向ける翡翠の言い分は尤もで、コクコクコクと美羽や楓が頷く通り、火燐が全面的に悪い。
「けどまぁ、結果的に楽しかったよね。久々にスリリングな体験を味わえたし。」
「…すまなかった。」
微苦笑を浮かべる凛に、同意とばかり皆が首肯。
ここまでされては火燐も流石に居た堪れなさを覚え、頭を下げる彼女を少しの間慰める…なんて場面も。
それからしばし進み、ソルヴェー火山の中程に到達。
それまであった岩の道に加え、数人が横並び出来るだけの規模の足場が辺りにぽつりぽつりとある位。
残りは溶岩となってしまった。
そして魔物達も強さが増し、金〜黒鉄級がメインに。
インフェルノドラゴンに、ファイアリザードからの進化のボルケーノリザード。
ファイアバードが進化したフレイムバード、青い炎となった亜種ブルーフレイムバードや同じ亜種のバーストバード。
レッドウルフの進化個体バーニングウルフ、炎の様に赤い甲羅が特徴のファイアクラブ、ラーヴァゴーレムの手前であるファイアゴーレム。
ルージュスライムの進化先クリムゾンスライム、更に進化して土属性が加わったマルーンスライムだ。
更に、少し遠いとは言え溶岩を跳び跳ね、表面から背鰭が見える細長い物体。
ボルカニックモーレイに、ボルカニックイール。
ボルカニックボニート、ボルカニックシャークの4種。
いずれの魚も6~10メートル位の大きさ。
この世界の魚は、どうやら海だけでなく溶岩を泳ぐ種類もいるらしい。
魔物達は凛達に気付き次第突撃するも、即沈黙。
悪くなった足場もなんのその。
地上、空中、新たに加わった溶岩の中と外からの攻撃にも凛達は対応。
せいぜいニアがビビる位で、炎だけでなく溶岩を用いた攻撃も彼らの前には無力。
遠距離には遠距離で相殺…ではなく貫かれて沈み、近付いたら近付いたで斬り伏せられるか叩きのめされる結末に。
加えて、各々が出現させたビットの存在も大きい。
展開されたビット、シールドソードビット、アクアビット、ストームビット、ガイアビットを凛・美羽・雫・翡翠・楓が操作し、空間内を縦横無尽に駆け巡る。
どう見ても過剰戦力。
最早魔物達の方が可哀想に思える位、遠慮のなさが窺えたとも。
ただ、ヒィィと戦いてるのはニアだけで、アンジェリーナは「出番が少ないです…」とどこか残念そう。
流れで火燐が「ビットかー、そんくれーなら(守りながらでも)出来るか?」と考察するも、「念の為、控えた方が良くない?」とステラから諌められる。
温度差が酷く、又歩く災害と化してもいた。
「ただでさえ火山ってだけで難易度高いのに、周りは溶岩だらけ。しかも次の足場までが遠いとか、中々の鬼畜仕様だよね。」
「普通はな。炎に耐性がある装備でガッチガチに固めるとか、氷や土魔法を用いて足場を、的な感じで進めはするだろうが…数が多い。こいつらを相手にしながらってのはまず厳しいし、倒すのがせいぜい。余裕がなさ過ぎて、奴らの死体の回収とかまず無理だろ…あ、鉱石みっけ。」
「うん、少なくとも現在進行系で行ってる人が言うセリフじゃないよね。」
ステラの容赦ないツッコミ。
前を歩き、語りながらでフレアビット越しに屠られる魔物達。
流れる溶岩の表面を漂う亡骸。
そして火を宿した鉱物、火鉱石を無限収納へと送る火燐の順番で視線を向け、返答代わりに肩を竦められる。
「意外な場所に鰹とかがいたのは驚きだけど、まずは可食かどうかの確認や検証かな?食用可且つ良い質であれば料理の味や深みが増すし、うな重やフカヒレ、鰹節とかも良い素材で作れるね。」
「個人的に、真っ先に試したいのはお吸い物だけど」と凛が続け、想像した美羽達が目を見開いたり涎が出そうになったのはさて置き。
既存のものは凛が生み出すか、大陸最南端の漁業都市アゼルで獲るが主の魚介類。
いずれは海洋方面にと思ってはいるものの、未だ手付かずに近い状態。
そろそろ本腰を入れるべきかどうかと考える、今日この頃だ。
ともあれ、見た感じボルカニックモーレイらは上物。
これに凛は喜び、美羽達は美羽達でこれから出て来るであろう食事に期待が膨らむのは無理からぬ事。
自ずと彼に視線が集まり、特にこのメンバーで最も量を食べる火燐。
楽しみも一入で、朝食を食べてまだそう間もないにも関わらず、お腹や喉を鳴らしてしまう。
それを機に笑いが起き、本人は恥ずかしいのを誤魔化すが如くそっぽを向いた。
「つかよ、結局雫は何しに来たんだ?謹慎はまだ解かれてないはずだが。」
「ん。ラブコメの波動を感じた。」
「…何だって?」
「ラブコメの━━━」
「いや聞き直した訳じゃなくて、んなもんの為にわざわざ来たのかって意味だ。例の面白センサーか?」
「ん。そう。」
それから少し経ち、若干遅れる形でゆっくりと付いて来るファイアバードに凛がコンタクト。
そのファイアバードは火山の中に入った頃からずっと様子見を続け、30分が過ぎても尚離れる気配がないので尋ねた次第だ。
その傍らで行われる、火燐と雫によるやり取り。
2人+凛以外の大凡が「ラブコメ?」と首を斜めに傾け、火燐の口から零れる大きな溜め息。
翡翠と楓の機嫌が悪くなったのを察し、「お前、下手すりゃ困るの自分…いや、何も言うまい」と濁すに留まる。
凛サイドの方でも進展と言うか、こちらからは攻撃を仕掛けないので取り敢えずこのまま様子を見させて欲しい旨をファイアバードより伝えられ、凛はそれを了承。
既存のメンバーにファイアバードを加え、更に奥へと進む。
少し距離を取ったファイアバードと共に、先へ進む事小一時間弱。
(先程候補に挙がった)結界術による足場生成での速度アップを図り、更に強力になった魔物討伐を挟みつつ、1行はソルヴェー火山最深部へと到達。
尚、移動の速さは時速30キロ位。
道中出現した魔物は黒鉄や神金クラスなのだが…凛達からすれば誤差みたいなもの。
出会って数秒後には物言わぬ屍と化し、アンジェリーナは唖然。
ニア1人がキャーとかギャー、ニ"ャ"ーと騒いだのは御愛嬌。
現在の凛達の周りは完全に溶岩のみ。
高さは数十メートルと、天井の位置が大分上がっていた。
溶岩も溶岩で、ただ流れるのではなく荒れ狂う海みたいに激しい。
時に逆巻き、ぶつかって飛沫を上げ、火柱みたいなのもチラホラ。
壁に叩きつけられる音も中々に大きく、当たった衝撃だけで容易く人を吹き飛ばせそうな位まである。
「さ、流石にここまで来ると怖さの方が強いね…。」
「どこから溶岩が吹き出るかわ、分かったものではないですぅ…。」
「…ステラ、ニア。2人してオレを支えに抱き着くんじゃねぇよ。くすぐってぇだろうが。」
「だって怖いんだもん!」
「だって怖いんですもん!」
「声をハモらせるな。力入れんな。仲良しかよ。」
「そんな事言ってる場合じゃあ。」
「そうですよぉ…。」
「つかよ、曲がりなりにもオレぁ炎の神だぞ?そのオレの障壁が溶岩程度に負ける訳ねぇだろ。心配せずとも、このまま(溶岩の中を)泳いで進める位よゆーよゆー。(溶岩が)打ち付ける程度じゃまず壊れねーよ。」
「「おぉー!」」
自由気ままな。
それでいて猛然たる勢いを誇る溶岩でも、火系統を纏める火燐には及ばない。
彼女の説得力のある発言にステラとニアの恐怖はすっかり消え、次に浮かぶ羨望の眼差し。
見られた火燐が、どこか誇らしげにする。
「…火燐が調子に乗ってる。」
「さっきのミスを帳消しにしようって魂胆だね。」
「やろうと思えば私達でも防げるのですが、お2人には黙った方が良いでしょうか…。」
「そこ、シャラップ。」
そして抜かりないと言うか。
コソコソ話し合う雫、翡翠、楓へ対し、しっかり釘を刺してもいた。
「…さて、もうそろそろ出て来ても良いんじゃねぇか?ずっとオレ達の事を見ているし、コイツからも伝わってんだろ。」
未だ後方にいるファイアバードを一瞥しつつ、前方に声掛ける火燐。
刹那、ザパァァァァァンと音と共に溶岩が大きく大きく盛り上がり、
「…なんだぁ、気付いてたんだねぇ。」
中から、体長25メートル程の赤い蜥蜴━━━の姿をした、炎の塊が登場。
立ち上がり、先が2つに分かれた長めの舌をチロチロと出すとのオマケ付きだ。
凛達が様々なリアクションを示す中、ニアだけが「ひょえええ!大っきいトカゲさんですぅーーーー!?」とビビり散らす。
「当たり前だ…つか、オレに意識を向けたのはソルヴェーの中へ入ってからだろ。気持ち悪いったらねぇよ。」
嫌悪感を露にする火燐にステラとニアが「え?」と不思議がり、「常に全身舐め回す様な視線を向けられると想像してみ?間違いなく鳥肌もんだろ。」との説明に「うわぁ…」とドン引き。
「そんなに引かないでくれよ〜。いやー、昨日も感じてはいたんだけど、久しぶりにオイラ以上に強そうな相手が来たと思ってさぁ。しかも(こっちに)近付くにつれ、似たような感じの存在だって分かっちゃったじゃん?なら余計に興味が湧いちゃうのは仕方ないでしょ〜。」
「仕方ないでしょ〜、じゃねぇんだよなぁ…はぁ。アイツと言いお前と言い、強そうな存在が現れたらずっと意識を向ける癖、止めた方が良いぞ。オレらからしたら、そう言うのは嫌でも分かんだからよ。」
「ははは、面白いねアンタ〜!」
火燐から追及されたにも関わらず、全く悪びれた様子のない赤い蜥蜴。
それだけ、久しぶりに感じた強く、自分に近しい存在が嬉しいとの証左ではあるのだろうが…。
「…火燐ちゃん。このトカゲさんって、やっぱり?」
「ん?ああ、こいつは高位精霊。それもかなり上の方だ。多少土が混じっちゃいるが、見た目通り炎の…な。」
ステラが問い、火燐から出た高位精霊との単語に驚くのはニア、そしてアンジェリーナのみ。
他は何となく把握…と言うか、シチュエーションが違うだけで既視感しかなかったとも。
「精霊は一帯を感知する能力に長けてんだよ。魔力操作が(他種族と比べ)群を抜いてるからな。んで、前回オレがここの調査を行った時にソイツに目を付けられ、後ろにいるファイアバードを通じてオレ達の情報を得ていたって訳だ。」
「そだよーん。」
尚も驚愕の表情を浮かべる、ニアとアンジェリーナの2人。
そんな彼女らへ答え合わせでもするかの如く、火燐は自身の後ろを親指で指し示し、赤い蜥蜴の姿をした炎の高位精霊はあっけらかんと言い放つのだった。
ニアちゃんがすっかりビビりキャラとして定着してしまた…




