26話 2日目
神界で修行を終えた凛が、下界に降りてから2日目。
リビングのソファーにて。
「ん?」とピクリと動いた後、目を覚ました。
「…いつの間にか寝ちゃってたのか。ナビ、今何時?」
《現在、午前4時50分です。》
「んぅーーー…ふぅ。いつもより1時間位早い、かな?でもまぁ、その分料理を沢山作れると考えれば丁度良いか。」
上体を起こし、その場で背伸びしてから洗面台へ。
顔を洗い、鏡越しに自身を見て「よし」と気合いを入れる。
30分後。
キッチン内を動き回り、3つの料理を並行して作る彼の姿がそこにはあった。
実に忙しなく、捉え方によっては時間に追われている風にも見える。
ただ意外と言うか、その表情は笑みを携えたもの。
置かれた状況とは裏腹に、楽しそうですらある。
「いやー、しかし予想はしていたけど、甘いものへ対する情熱は異世界でも変わらないんだな。」
訂正、楽しそうではなく楽しいの間違い。
この様な状況下でも微苦笑を湛え、昨晩の事を思い出すだけの余裕があるのだから。
夕食時、凛は手持ちのデザートを全て放出するも、人数が人数故繋ぎ程度にしかならなかった。
最初に出したプリンはその存在に気付いた雫が大部分を確保してしまうし、次のケーキ類はその雫を警戒+未知の技術が詰まってるを理由に秒で消え失せた。(文字通り物理的にで、これには凛もビックリ)
続くクッキー等の焼き菓子も似た感じ。
ならばとクレープ、パンケーキ、フレンチトーストを出して見せたのが不味かった。
他と違い、最後の3種は材料さえ揃えれば割と簡単に作製まで至れるからだ。
トッピングやソースの組み合わせは自由自在。
然程手間を掛けずして味を変えられると聞けば女性陣が食い付かないはずもなく、ひたすら焼いては提供するを繰り返した。
チョコレートやキャラメルと言ったソース類に、メープルシロップや蜂蜜。
ジャム、バター、ホイップクリーム、各種果物は美羽が用意し、好みで使うよう伝達。
これに火燐達は大・興・奮。
毎回違う味付けを試しては食べ進め、やがて翡翠はキャラメルソースを。
楓はメイプルシロップが特に気に入ったらしく、好んで使うまでに。
途中、美羽からネギを使ったデザートをとのリクエストを受け、パンケーキの延長線(?)であるねぎ焼きを用意。
焼き上がった生地に、刻んだ長ネギを主体としたソースを掛け、こちらも大層喜ばれた。(他の面々は美味しいとは言えなさそうなビジュアルに引いていたが)
しばらくして、火燐はホットケーキの3段重ね。
雫はホイップがしこたま乗ったプリンを最後に、食事を終える。
皆一様にして至福の表情を浮かべ、エルマとイルマはぽっこりお腹のままソファーで就寝。
他もお腹が出ていないと言うだけで似た様相を呈していた。
火燐は途中で力尽きたらしく、ホットケーキが刺さったフォークを右手に持ったまま。
しかも食べかけのホットケーキが乗った皿に、顔から突っ込む形で爆睡。
「何だか火を操るお兄さんみたいな寝方をするなぁ」と、凛は半ば呆れた笑みで彼女の介抱へ。
何度か起こされる形で火燐がようやく目を覚まし、それに伴って上体を起こすのだが…顔にソースやらホットケーキの破片が付きまくった状態だった。
そんな彼女を見た凛は「あちゃー」と苦笑いし、可能な限り火燐の顔を拭いてから部屋で休むよう指示。
寝惚けながらも部屋へ向かう姿を確認してから美羽達も起こし、同じく部屋で寝る旨を伝え、エルマとイルマを別室へと運ぶ。
それから1時間程で片付けを全て済ませ、安心感から気が緩んだのだろう。
ソファーへ座るや一気に疲労感が押し寄せて来るのを感じ、軽く欠伸。
体勢を座るから横へ移行した彼は、今日1日を振り返る。
昨日までは自分と美羽、マクスウェルの3人だけだったのが、初日である今日だけで火燐達やエルマ達が食卓に加わった。
明日からは紅葉達もそこに入り、益々賑やかになるだろう。
その場合、今までと同じ感覚だと圧倒的に料理の量が足りなくなる。
新たな拠点も用意しなきゃだし、やる事は山積み…等と思考中に意識を手放し、先程起床したとの構図に。
時間は戻り、慌てた様子の美羽、翡翠、楓の3人が姿を見せた。
3人共起きてすぐ来たらしく、軽い寝惚け眼だったり、所々寝癖等が付いたままのオマケ付きで。
「もーマスター!どうしてこんな早い時間から料理してるのー!?」
「美羽、おはよう。」
「うん♪マスターおはよう♪…じゃなくて!早く始めるなら言って欲しかったの!そしたら、ここまで慌てて起きる必要なかったのにー!」
ニッコリ笑顔からムキーと憤慨へ早変わりする美羽に、凛が「はは、ごめんごめん」と諭す。
「昨日だけでも人数が増えたでしょ?だから料理やデザートの量を増やさなきゃなぁ…なんて考えてる内に寝ちゃってたみたいでさ、目覚めたのが少し前だったんだ。かと言ってもう1回眠ったら確実に寝過ごしちゃうし、折角だからそのまま始めたって訳。」
「そうなんだ。デザートかぁ…ねぎ焼き、美味しかったなぁ…。」
先程の怒りはどこへやら。
昨晩食べたねぎ焼きを思い出した彼女はかなり緩んだ表情となり、涎まで垂らしそうになる。
(ねぎ焼きをスイーツ感覚で食べるのって、多分美羽位じゃないかなぁ…。)
程なくして、主人が自分を苦笑いで見ているのが分かったのだろう。
コホンと咳払いした後に真面目な表情に戻り、自身の後ろにいる2人を両手で指し示す。
「あ、そうだった。翡翠ちゃんと楓ちゃんも今日から手伝いたいんだって。2人共、料理に興味があるみたいだよ。」
「それで美羽と一緒に来たんだね。翡翠、楓。2人共ありがとう。」
「ううん、こちらこそ。昨日は美味しい料理を沢山食べさせてくれてありがとー!」
「私からも…凛君、ありがとうございます…ですがまさかテーブルで寝ちゃうなんて…恥ずかしい…。」
「皆お腹いっぱいになるまで食べてたもんね。どれも美味しそうにしてくれたのは見てて伝わったし、僕としては向こうの料理がこちらでも受け入れられるんだと分かったのは大きいかな。」
「美味しそうって言うか、本当に美味しくてビックリしちゃったんだけどね。あたしはいつかシルフ様に料理を教えてあげなきゃって思ったの。特にクレープ!」
「教えて…って事は、翡翠も食事にあまり良い思い出がなかったりする?」
「流石に火燐ちゃん程じゃないけどね。シルフ様は保存食って言って、色々なものを持って来たの。でもそれがどれも不味くて不味くて…。」
「私は単純に興味からですね…。昨日出された料理、どれも美味しい物ばかりで驚いちゃいました…それに、料理も皆の方が楽しいだろうなぁって思いまして…。」
「ボクもまだ簡単なお手伝いとか下準備、後片付け位しか出来なくて、残りは全部マスターに任せっきりだからなぁ。実は翡翠ちゃんや楓ちゃんとあまり変わらなかったりするんだよね…。」
「それでも充分に助かってるよ。3人共、これから宜しくね?」
「「「はい!」」」
元気の良い女子達をキッチンに招き入れた事で、一気に華やか&賑やかに。
凛は調理を進めるのと並行し、カットした食パンにサンドイッチの具材を挟ませる。
他にも、炊き上がった魔導炊飯器のご飯でおにぎりを作ったり、サラダ類を作るお手伝いを美羽達に依頼。
姉以外の女性と料理をするのは久方振りではあるものの、女性陣は終始声を弾ませ、上機嫌で作業に臨む。
そんな光景に、凛の頬も自然と緩んでいった。
調理の最後、本日の締めとして昨晩好評だったクレープを皆で作製。
思い思いに具材を乗せ、ソースをかけて巻いたものを無限収納へ仕舞い、片付けへと移った。
話は変わり、先程翡翠の口から出た保存食。
それは保存の為に塩気を多くした肉や魚、若しくは小麦粉と水を混ぜて焼いただけのものの総称を指す。
いずれも下処理を全くせず、そのまま形とした為に臭い・固い・不味いの3拍子が揃った、本当にただ長期保存を目的としただけの食べ物。
後者はともかく、前者はしっかりと加工した高品質のものがあるものの、相応にして値段も高い。
庶民にはまず手が出せず、もし持っているのがバレた場合、喧嘩に発展する事態にまで至る事例も少なくない。
それ位、屋外でのキチンとした食料品は珍しいとの表れでもある。
ついでに、地球へ来る前の里香が作った事があり、その美味しくなさに1口食べて渋い顔に。
これは(頑なに多少と言い張っている)里香が苦手な料理や、加工技術の未発達が原因として挙げられる…のだが、あくまで昔の話。
少なからず向こうの知識がフィードバックされ、また幾人かの転生者。
並びに転移者のおかげもあり、今は美味いとまではいかなくとも、まぁ食べられるかな?位には落ち着いている。
因みに、イフリート達は食事を摂ろうと思えば摂れるものの、魔素があれば生きていけるので食事自体は不要。
火燐達は異なり、凛と一緒に行動する事を前提に創り出した為、精霊よりも人間に近く設定。
その為、イフリート達にはない空腹感と言うものが火燐達は存在している。
そのイフリート達と共に火燐達を生み出した後、里香は随分前に(無限収納へ)入れたままだった保存食の事を思い出し、丁度良いとの判断から大量にイフリート達へ移譲。
ストレートに表現すれば、丸投げとも言う。
肝心の味についてはすっかり忘れ、且つイフリートが受け取った時は若干の緊張状態から起きなかった豪胆さが2回目。
つまり火燐へ渡そうと再び手にした際に発露し、保存食に火が付いてすぐに燃え尽き、炭と化した。
ここでもやはりイフリートの大雑把な性格が如何なく発揮され、もはや完全に別物となった保存食を全く気にする事なく火燐へ。
彼に逆らえない火燐は物悲しい表情で受け取り、非常に不味いと分かっていながら食べるしかなく、ひたすら我慢。
その様な経緯から、彼女は人一倍食事へ対して貪欲になったのかも知れない。
他の面々はと言うと。
翡翠と楓はしょっぱいや固い等と言いながらモソモソと食べ、雫はウンディーネから肉と魚の保存食のみを食べさせられた。
より詳細に述べるならば魚が大部分を占め、味付けも塩だけとシンプル。
食べるに連れて塩辛さと生臭さが際立つ様になり、耐え兼ねた雫がウンディーネに理由を尋ねたところ、4人の中で最も小柄だから。
成長するにはカルシウムが必要なんでしょ?との答えが返り、(別な意味で)体中を衝撃が走る。
そもそも雫の見た目をイメージしたのはウンディーネだし、彼女は人間ではないのでカルシウム云々は全く関係ない。
他にも間違った点は色々とあるのだが…ともあれ、雫はしょっぱいものを口にし過ぎた影響でメンバー中最も甘味を求めるに至った。
閑話休題
午前6時半前
「皆が手伝ってくれたおかげで、予定していた時間よりも早く終わっちゃったか。ただ待ってるのも何だし…僕は大部屋で軽く素振りでもしてこようかな。」
「あっ、じゃあ、ボクとの手合わせをお願いしても良い?昨日は嫌な終わり方だったから鬱憤が溜まっててさぁ…。」
「嫌な終わり方?…あー、成程。ゴブリンキングか。」
「そそ。紅葉ちゃん達の事もあるし、ボクだけわがままを言って離れる訳にはいかなかったから…。」
「と言う割には、ねぎ焼きとかしっかりと堪能…。」
「マースーーターーー?」
「分かった分かった、僕が悪かったよ。僕と美羽はこれから大部屋へ向かうけど、翡翠と楓はどうする?」
腰に両手を当て、前屈みでジト目を向ける美羽。
これに凛は降参の意を示し、顔だけ翡翠達の方へズラしながら尋ねる。
「んー、そだねー…あたしは普段、凛くん達がどんな訓練してるのか見てみたいかも。」
「私もです…。」
「分かった。それじゃ、このまま皆で行こうか。」
「「はーい♪」」
「はい…♪」
上機嫌な美羽達を連れ、凛はリビングダイニングルーム横の大部屋へと向かうのだった。




