8話
午前7時頃
「甘ーーい♪これ美味しいですー!」
凛が食べる様を真似した、満面の笑顔の美羽が告げる。
以降、ナイフとフォークを使い、パンケーキにジャムを乗せては幸せそうに食べ進めていく。
「…うむ。果物以外にここまで甘い食べ物を口にするのは儂も初めてじゃ。」
「マクスウェル様、この世界には甘い物が少ないのですか?」
同じく見様見真似でマクスウェルも口にし、不思議に思った凛からの質問。
「左様。この世界では果物はそのまま食べるし、パンもそのまま食べるかスープに浸して柔らかくして食べるのが主流なんじゃ。魔素点の近くならまだしも、一般に売られている果物には魔素があまり入っておらぬ。故に、甘味よりも酸味が強い。だからこそじゃろうか、この『ぱんけーき』や『じゃむ』なる物は存在しておらぬ。儂が知る限りの。」
徐にブルーベリージャムを付けたパンケーキをフォークで刺し、目の前に運ぶマクスウェル。
余程珍しいのか、パンケーキをまじまじと見詰める。
「食料事情や調理方法は多少聞いてはいましたが…これを変えるのは苦労しそうですね…。」
「そうじゃな、創造神様も其方へ大層期待しておった。儂ら精霊は大気中や地中からでも魔素を得られる為か、食事は然程必要ではなかったのじゃ。しかしこれから凛様の美味い食事を食べれるとなれば、儂も楽しみになってきたぞい。」
「呼吸や排泄が必要なくなり、食べた物がそのまま魔素の回復を促進してくれるのはありがたいですけどね。とは言え、元人間の僕としては少し複雑ではありますが…。」
ナイフとフォークを置いた凛がはぁ~っと溜め息をつき、俯く。
見上げた後も微妙な顔付きのまま、マクスウェル的にはそれが面白いのかふぉふぉふぉと笑った。
午前8時頃
「さて、今日から午前中は体内の魔素を扱う魔力の訓練、正午に1時間の休憩を挟んだ後からは武器の訓練、夕方は自主訓練の順番で行っていくぞい。魔素は自然に回復するが、寛いでる方が回復が早いのじゃ。1日を通して、訓練を終えるのは夕方までとしようかの。」
「…マクスウェル様。夕方の自主訓練って、具体的には何をすれば良いのですか?」
「何でも良いぞい。今日習った事を含めた復習に充てるも良し、何か思い付いたのであればそれを試すのも良しじゃ。」
「成程…つまり、そこで創造魔法を使っての訓練を行っても良いと言う事ですね?」
「左様。余程変なのでなければ訓練して貰って構わないぞい。」
「(やった!)分かりました!」
手を挙げてでの凛の問いに、マクスウェルが即答。
凛は内心ガッツポーズをし、言質は取りましたよ…とばかりに声を弾ませる。
「では…魔力訓練を始めようと思う。魔力を扱ったり感じたりするにはいくつかの方法があっての。詳しく説明したいところじゃが…あまり時間がない。儂の魔力をお2方へ流し、流れる魔力を感じ取って貰う事から始めようと思うのじゃ。凛様、美羽殿。お2人共、儂の手を握って貰って良いかの?」
そう言って、自身の両斜め前にそれぞれ手を広げるマクスウェル。
凛は握手するような形で彼の右手を握り、美羽もそれに倣ってマクスウェルの左手を取る。
「少しでも魔力を感じやすいよう、目を閉じた方が良いかも知れんの。」
「「はい。」」
「うむ。それでは…始めるぞい。」
「…マクスウェル様。何か流れて来た様に感じましたけど、これが魔力なのですか?」
言われるがまま、凛と美羽は目を閉じて集中。
10秒程経った頃、右手を通じ、マクスウェルの方からぽかぽかとした少し温かい何かが流れてくるのを凛は感じた。
「左様。凛様、その流れて来た魔力を体内に巡らせた後、儂へ戻す事は出来るかの?」
「うーん…やってみます。」
瞑目したまま尋ね、肯定を得られたと思ったらいきなりの無茶振り。
気持ち渋面になりつつ、凛は再び集中し始める。
10分後
魔力を手から腕、頭、心臓、足へ巡らせた後に再び手に戻した後、魔力をマクスウェルへ届ける事に成功。
身体中の血管に血液が流れるのをイメージし、それが功を奏したとの形だ。
「…この様な感じでしょうか?」
「初めてにしては上等じゃ。凛様は飲み込みが早いのう。」
いけた?それともダメっぽい…?
凛としては無理矢理押し出した感が強く、不安要素が残る結果に。
しかし蓋を空けてみれば無事合格が貰え、良かったと安堵。
「なんとなくコツは掴みましたが、(魔力を)使い熟すまで中々に苦労しそうですね。」
「うむ。じゃが魔力の扱いに長けると色々と役立つし、これからの凛様の為にもなる。ここでの訓練を終えた後も日々研鑽を積むと良いぞい。」
「はい!分かりました!」
このまま和やかな雰囲気が続く…かと思いきや、すぐ近くから力ない声が届けられた。
「マスタぁ~…。」
隣に立つ美羽だった。
彼女の縋る様な視線に、凛は「ん?美羽、どうかした?」と応える。
「左手に何か流れて来たのは分かったんですけど、この後どうやれば良いのかが全然分からないですぅ…。」
「「あーー…。」」
「これはちょっと…。」
「うむ。当然と言えば当然じゃのぉ。」
「ですよね。美羽は昨日生まれたばかりで知識、経験共に皆無の状態ですもんね…。」
彼女の申し出に、凛とマクスウェルは納得しつつも複雑な表情に。
共に何とも言えない笑みを浮かべるしかなかった。
「うぅっ、ごめんなさい…。」
「前提知識がない上、手探り状態で今すぐ分かれって方が難しいと思う。大丈夫、僕も手伝うからさ、これから少しずつ色んな事を学んでいこう?」
「はい…!」
左手を肩に乗せて励ます凛に美羽がやる気を漲らせ、5分程で感覚を掴める事が出来た。
以降も訓練は続けられ、晩ご飯の時間に。
その際、鶏胸肉のネギマヨ焼きを出してみたのだが、特に美羽からの評価が高かった。
「この長ネギが美味しいですーっ!!」
訂正、鶏胸肉のネギマヨ焼きが…ではなく、良い感じに焼けた長ネギがだった。
「そ、そう?(…何故だろう。美羽がネギが好きなのは予想してたのに、何か納得いかない…。)」
その後も美羽がやたら長ネギだけを褒めた為、凛の内心は複雑だ。
近くでマクスウェルが「他のも美味しいぞい」と言っていたが、普通にスルーされた。
食事を済ませ、マクスウェルから風呂に入るよう勧められ(準備は彼がしてくれたらしい)た凛は、流されるがまま浴室へ。
入って少しした頃に美羽が乱入し、一悶着あったのは言うまでもない。
「えっ…。」
すったもんだの騒ぎを済ませ、体を拭き終えた凛が脱衣所に用意された服を見て固まる。
そこにあったのは白いワイシャツ。
しかも何故か少し大きめなサイズ1枚だけだった。
辺りを見回すも他に着替えとなるものは何もなく、腰に巻いたタオル一丁のままで「えぇ…?」と困惑。
「着替えってこれだけ…?」
「マスターとお揃いですー♪」
そんな凛の左脇腹へ、美羽による突然のハグ。
それも凛と同じワイシャツに浮かれ、意識がそちらに向くあまり良く分かっていないみたいだが…今の彼女は結構際どい状態。
髪からは水が滴り落ち、胸元を含めたワイシャツ全体が濡れ、軽く透けていたからだ。
タオルの使い方をきちんと教えなかった凛にも問題があったのだろうが、無知故にどうしても体の拭き方が甘くなったのだろう。
「?」
「わっ!と、取り敢えず美羽離れて…。」
ともあれ、彼女程の美貌を持つ少女の。
加えてあられもない姿となれば、凛が慌てるのも必然。
きょとんとする美羽の両肩に手を置き、急いで押し退けようとする。
「嫌ですー、お断りしますー♪」
「え、どうしてそのフレーズ知ってるの!?」
「ご遠慮しますー♪」
「だから何で!?」
その彼の手を擦り抜け、まさかの胸元への頭グリグリ。
里香を思わせる様な反応に凛は驚きを禁じ得ず、益々テンパる羽目に。
2人によるちょっとしたラブコメ(?)はもうしばらく続き、どうにか宥め、落ち着かせてから万物創造で色違いのスウェット上下を準備。
ようやく落ち着き、何故あの様な形になったのかをマクスウェルへ尋ねてみる。
「取り敢えず置いてくれれば良い、とだけ言われてのぅ。儂も不思議に思ってはおったんじゃ。」
彼も理由は聞かされていなかったらしい。
里香から説明も何もなく渡された点から見るに、完全に姉の独断。
凛はしてやられたと盛大に溜め息をつき、これも教訓かと割り切るしかなかった。(諦めたとも言う)
続けて一緒の部屋へ向かい、やってはいけない事を懇切丁寧に伝え、最後に確認の意味も込めて復唱。
(取り敢えずではあるが)理解したと捉えた凛が離れようとし、美羽から右手を掴まれる形で一緒に寝たいとおねだり。
出来れば逃げたかったのだが、捨てられた子犬みたくダメ?と瞳をうるうるさせながらお願いされては断るに断れない。
う…との呻き声の後に短い溜め息を漏らし、今日だけを条件に許可。
美羽が諸手を挙げて喜び、一緒のベッドで就寝したのは語るまでもない。
4日目の夕方頃
「…凛様。以前から言おうと思っていたのじゃが、其方変わった戦い方をするのじゃな。刀そのものだけでなく、刀の鞘と足技も用いるとはの。」
「あ、ボクも同じ事を思ってました!」
マクスウェルと美羽の指摘に、凛はそれまで行っていた自主練の手を止める。
彼の右手に刀、左手には鞘が握られており、素振りの合間にハイキックや飛び回し蹴りを行う等。
独特とも呼べる雰囲気を醸し出す姿が気に留まった模様。
「美羽は双剣ですし、マクスウェル様は空いた左手を使ったりとか、予想もしない角度から杖の攻撃を仕掛けて来ますよね。対する僕が使うのは刀1本だけ。手数が足りません。
これだと1つ1つの攻撃が軽くなるとの欠点がありますが、バリエーション自体は増えます。それに鞘は逆手に持っていますので、戦いながら抜刀…居合術にも使えるかなぁ…なんて思いながら練習しているところです。」
「成程、色々と考えてるんじゃのぉ。」
「自分で言うのもなんですが、僕は小柄ですからね。どうしても体格や力で劣る分、小回りを利かせ、手数を多くするにシフトせざるを得ないかなぁと。鞘は僕にとって長いので、腰に差さず持ったままがベストだと判断しました。」
「「成程(のう)…。」」
少し恥ずかしくなったのか下を向き、後頭部を掻く凛に、マクスウェルは顎髭を撫で、美羽は感心した顔になる。
7日目の自主訓練が終わる頃
「マスター。マスター。」
今日から新しい試みを行っていた凛。
その彼の元へ、不思議そうな表情の美羽が尋ねて来た。
「ん?美羽、どうかした?」
「マスターは、にゅーたいぷ?なのですか?」
凛は作業を中断。
頬に左手人差し指を当て、可愛らしく首を傾けながらの質問に困惑を露にするのだった。




