九十話 運命の場所
一旦状況を整理しよう。
ヘルバトスは、テレナシアによって転生を果たした。
転生の理由は、自分と向き合うため。
だが、転生をして自分と向き合うことは矛盾が生じる。
転生は、自分自身が生まれ変わり新しい人生をやり直すということであるが、あの時テレナシアは自分と向き合えばテレナシアの正体と自分の弱点の克服ができると言っていた。
つまりは、過去を振り返ることで得られる情報だということ。
どう考えても、転生とテレナシアが公言していたことはイコールで結びつけることはできない。
うーーーーーーーーん、転生ではなかったら一体・・・・
トイレの便器で唸りながらそんなことを考えている。
転生を仮説で立て、テレナシアの公言をどうにかして結び付けようとするが、答えは一向に見つかりそうにない。
逆に捉えてもそれらしい答えは見つからず、
そもそも前提条件が間違えてるのか・・・・?
ヘルバトスがそんなことを考えた矢先、トイレの扉が軽くノックされた。
「唸っているようだけど、大丈夫?お腹痛いの?」
「あ、はい、お腹痛いだけなんで大丈夫です」
「その敬語、まだ続けるの?」
扉越しでも、彼女がクスクスと笑っているのがわかる。
忘れていたが、不可解なことは転生とテレナシアの公言の他にもまだあった。
それは無論、彼女のことだ。
ヘルバトスに対して、あまりにも馴れ馴れしい。
まるで同じ時を長い時間過ごしてきたような、そんな感覚だった。
彼女を初めて目にした時に感じた懐かしさと何か関係しているのだろうか。
静かにじっくり考えたいヘルバトスだったが、彼女は考える時間を与えてくれなかった。
「ねえ、私もトイレ入りたい・・・まだ出てこない?」
「あ、もう出ます!出ますからね!」
まるで大便をしていたかのようにトイレットペーパーと思われる紙を使用し、それを便器の中に流した。
「お、おまたせしましたー」
「あ、うん。先にリビングで待ってて?みんなでご飯食べるから!」
そう言い残し、彼女はトイレの中へと入っていった。
とりあえず、彼女に言われた通りにリビングへ向かおうとしたところ、ヘルバトスは時間差でその違和感に気が付いた。
・・・・・・ん?みんな?
みんなというのは、複数の人を指すときに用いられる単語だ。
ヘルバトスの知る限り、この場にいるのは彼女だけ。
単なる彼女の言葉の選択ミスだろうか?
恐らく彼女は、自分自身とヘルバトスの二人を指すのにみんなという単語を使ったのだろう。
きっとそうに違いない。
ヘルバトスはリビングへ向かおうとしたが、当然リビングの場所を知らない。
シラミつぶしにそれらしい扉を開けていく。
だが、それが間違いだった。
ある一室の扉を開けると、そこには年頃の女の子の姿が。
年は大体、十五歳と言ったところだろうか。トイレに入っている彼女と同じ綺麗な青の髪をツインテールにして縛っており、宝石のような碧眼を持っていた。
そして彼女は、露出度の高い白の服を身に纏っている。
足は太ももまで露出されており、へそも丸出し。
華奢な肩も生まれたままだった。
そして、十五歳とは思えないほどの山脈地帯。
戦闘服にしてもあまりに軽装過ぎた。
そんな碧眼美少女が、ヘルバトスに向けて最初に放った言葉が、
「このクソやろーーーーーー!!!!!!!!!!!!!」
飛んできた彼女の拳がヘルバトスの顔面にクリーンヒット。
十五歳とは思えないその破壊力にヘルバトスはその場で気絶してしまった。
今まで奴隷生活を送ってきたヘルバトスだったが、顔面が潰されるまでの虐待は受けたことがなかった。
未だに顔全体が、中央へ萎んでいるのがよくわかる。
どうやらまだ目を開けられそうにない。
しかし十五歳とは言え、ここまでの力を有しているとは思いもしなかった。
それに彼女は、一体なぜあそこまで怒っていたのか。
理不尽に殴られたヘルバトスは、納得できなかった。
そして随分と時間が掛かったところで視界がだんだんとクリアになっていき、凝縮された顔面は元の定位置に戻っていくのがわかった。
「あれ・・・?ここは・・・?」
「ようやく、目覚めたね?」
目の先には青い髪の毛が滴れる女性の姿。
どうやらこの人はトイレに入っていた方らしい。
彼女は口に手を抑え、微笑しながら、
「ふふ、リアラに殴られたのね?凄い傷跡だったよ?」
「君が治してくれたのか・・・?」
「もう、二人の時はエナでしょ」
「あ、そうだね。エナが治してくれたのか?」
「この場に私以外に治せる人いないでしょ?」
エナはよく笑う女性だ。
また鼻を鳴らして笑っている。
その笑顔がとても魅力的だった。
なぜだろうか。
その笑顔に惹かれる自分が、心の中のどこかにいる気がした。
そんなヘルバトスにエナは、
「そういえば、敬語はもうやめたの?」
「あ、ああ・・・やめたんだ」
「ありゃりゃ、以外に可愛かったのにな」
「敬語に可愛いとかある?」
ヘルバトスが冷静につっこみを入れると、エナは笑顔を絶やさない。
表情豊かな女性は好感度が高いというのは本当らしい。
出会ってからそんなに時間は経っていないというのに、ヘルバトスは彼女に完全に惹かれてしまっていた。
エナの頭から滴れる美しい髪が、さっきからヘルバトスの頬にフサフサと当たり、
「というか、俺は今どういう状況?」
「あら?まだわからないの?」
エナはヘルバトスの耳元まで口を持っていき、誰にも聞こえないようにつぶやいた。
「膝枕だよ・・・」
「あー、膝枕・・・・膝枕!?」
ヘルバトスは飛び起きようとしたが、エナがそれを許さない。
ヘルバトスの額を抑えつけ寝かしつける。
「怪我人が無茶しちゃいけません」
「いや、無茶させてるのエマだよね!?いいから手をどけて!」
「ふふ、やーですよーだ」
とても楽しそうな様子だった。
そんなエナを、無理矢理どかすのは流石に気が引ける。
だが、このままではヘルバトスの理性が持たない。
その柔らかい太ももに、香水であろうフローラルの香り。
男にとって極上の楽園だった。
そんな快楽に浸ってしまったら、正気を保てない自信がある。
しかし、エナの笑顔は壊したくない。
悩みに悩んだ末、ヘルバトスは、
「あら?随分と大人しくなったのね?」
「まあ・・・」
「ふふ、可愛い子だねー」
そう言いながら、エナはヘルバトスの頭を撫で始める。
程よい優しさに、ヘルバトスは眠りにつきそうになるが、しばらく経った後にヘルバトスの額にチョップが落とされる。
それは頭を撫でる優しさと同じくらいの力で、
「あのエナさん・・・痛いんですが・・・」
「これは罰です」
「罰・・・?」
「龍王であろう竜人が、娘の下着姿を見て興奮していたことです」
「へ・・・?」
エナが言った文字列に驚きを隠せない。
娘のリアラの下着姿を見たから?
確かにその事実も衝撃だったが、それをも凌駕するその真実にだ。
ここでようやくヘルバトスは自分の運命を悟った。
まさか・・・まさか・・・・嘘だろ・・・!
ヘルバトスの背筋に寒気が容赦なく襲い掛かる。
呼吸も少しばかり荒れている気がしたが、どうやら表には表れていないようだ。
恐らく心が乱れているせいだろう。
不整脈のヘルバトスにエナはいつも通りのニッコリした顔で、
「あの子も強くなったよね?さすがは龍王の娘ね!」
そう言うエナの膝の中で、呼吸が乱れるヘルバトス。
やばい・・・やばいやばいやばいやばい・・・・・!
冷汗が止まらない。
気が動転する。
十代のヘルバトスにはこの状況を受け入れるだけの器はなかった。
決して自分に娘がいたことではない。
ましてや、笑顔の裏で怒っているエアの姿でもない、もっと重大な事だった。
ここで思い出して欲しいのは、いつしかドレイニーが話した竜人の過去。
千年前に龍王と呼ばれる四体の竜人が大賢者によって殺されたという話。
そしてエナは今、ヘルバトスのことを龍王と呼んだ。
事の皆まで言わずとも、この世界のヘルバトスの運命は決まっていた。
ハア・・ハア・・ハア・・ハア・・っ!
ヘルバトスが何とかして呼吸を整えようとするも、脳が自分の運命を認識しているせいで正常に戻る気配がない。
とうとう恐怖が表にまで反映されたのか、異常な程までに呼吸が乱れるヘルバトスを見たエナは、
「どうしたの?大丈夫?」
心配するエナはヘルバトスの額に手を当てようとするが、ヘルバトスがいきなりそのか弱い手を掴んだ。
予想外の行動をされれば誰だって驚く。
エナは目を丸くして、
「どうしたの・・・・?」
「エナ・・・頼みがある・・・」
「なに?」
エナの膝から起き上がったヘルバトスは、自身の運命に抗うようにエナに提案した。
その提案は、人間誰しも「死」に追い込まれた時に考える、当然の内容。
ヘルバトスは、その震える口からエナに精一杯伝えた。
「エナ・・・・・今すぐここから逃げよう・・・」
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