八十九話 転生?
テレナシアに理不尽に落とされ、ヘルバトスはどうやら底まで落ち切ったみたいだった。
底に叩きつけられ、本来なら痛みを感じるはずが、全く痛みを感じない。
彼女の言う通り、意識しない限りは痛みを感じることはないらしい。
俺は・・・一体・・どうなってしまったんだ・・・・?
体を動かそうにも、体が言うことを聞こうとしない。
とうとう腰をやってしまったのだろうか?
人間は腰をやってしまうと体を動かせなくなると聞いたが、どうやら本当らしい。
・・・・・ん?でも、俺死んでるよな・・・?
死人が、腰を痛めた時には動けなくなるものなのか。
ヘルバトスが生きた生前に、そのような前例があったかどうかは聞いたことがなかった。
現状、ヘルバトスが身動きを取れないのだから死んでも変わらないのだろう。
そういえば・・・、テレナシアになんで俺の意識の中にいるのか聞くの忘れたな・・・
ヘルバトスが聞き出したかった二つ目がこの件であった。
ヘルバトスの意識になぜ彼女が存在していたのか。
一体どうやってヘルバトスの意識の中に介入したというのか。
考えれば考えるほど謎が深まるばかりだった。
そんなことよりも、ヘルバトスには優先して考えるべきことがあった。
ここを抜け出すにはどうすればいいんだ・・・?
確認したいところだが、目はなぜか開かず、体も動かすこともできない。
なんでだ・・・っ!嘘だろ・・・・っ!
体はともかく、目まで開けられなくなるとさすがに動揺を隠せなくなる。
何とか目を開けようとしても、開くことはない。
なんでだよ・・・っ!おい!テレナシア!これはどういうことだ!
ヘルバトスは、テレナシアに自分の置かれている現状の説明を乞うべく彼女の名前を必死に叫んだ。
・・・・・あれ?
ヘルバトスはそこで気が付いた。
自身の体部、感覚器の活動が失われていることに。
いくら叫んでも、全く口を動かした気がしない。
それに加えて、声帯が全く使っていないような気がした。
口を動かしておらず、声帯を全く使っていない。
これが指す意味というのは、動揺しているヘルバトスにもわかることだった。
声が出てない・・・っ!?おい!テレナシア!助けてくれ!頼む!なんでもするから頼むよ!
体の自由だけでなく、感覚の自由も奪われてしまってはたまったものじゃない。
人間は感覚を失ってしまうと不安になるものだ。
テレナシア・・・!テレナシア・・・!
いくら叫んでも声を出せていない以上、聞こえるはずもない。
そう思われていたが、
君は本当にどうしよもない人間だね?あの人が見たらがっかりするだろうな?
あの人・・・?一体誰のことだ?
それは自分の頭を心に聞いてみなよ?
直接は見えないが恐らくはそこにいるのだろう。
声の方にヘルバトスは、
なんでこんなことをするんだ・・・?
君は自分に課せられた試練から逃げ出したんだよ?だからボクが君の全ての機能を停止させたんだ。
だが、テレナシアの声は聞こえてるのはなんでだ・・・?
テレナシアの言うことが本当なら、彼女の声が聞こえるのは明らかにおかしい。
ヘルバトスの問いに対して、テレナシアは呆れながら、
君は本当にお馬鹿さんなんだね?いいかい?感覚機能が停止している今、ボクが君に声を送くってる方法はただ一つ・・・・
それは・・・・?
思念だよ。君の意識はまだ正常に働いているから、そこにボクが思念を送っているわけさ
要するにテレナシアは、ヘルバトスの働いている意識に直接語り掛けているということだ。
だからヘルバトスはテレナシアと会話していると認識できているのだ。
テレナシア・・・お前はどうして俺の意識に干渉できるんだ・・・?
どうしても聞きたかった二つ目の疑問。
気になってしょうがないヘルバトスにテレナシアは、
さあ・・・?どうしてだと思う・・・?
教えてくれ頼む・・・!
そんなに頼み込まなくても、君自身が自分と向き合えばわかることだよ?
ふざけんのも大概にしろ・・・!向き合ってもわかるはずがないだろ!
ふふ・・・、それはどうかな・・・?
意識の中にも関わらず、テレナシアがヘルバトスに近づいてくるのが伝わった。
そして、テレナシアはヘルバトスの耳元で呟くような感覚で、
言っただろ?君はボクを知っていて、ボクは君を知っているって・・・
だから・・・俺はお前を・・・
知らないとでも言いたいのかい・・・?
急に声が近くなった気がした。
まるでゼロ距離で語られているかのように。
体が動かないために、何だがむず痒い。
感覚は働いていないはずなのに。
そんなヘルバトスにテレナシアは、
君には一部欠落しているものがあるんだよ・・・?聞きたいかい?
それって・・・臆病とか小心とか・・・・そういうものか・・・?
いや・・・?それら全てを踏まえてだよ。その欠落したものを取り戻したら、きっと君はボクのことを思い出し、君はさらに一歩高みに近づける・・・
それって・・・?
さあ・・・?ボクが言えるのかここまでだね・・・
その後は一切テレナシアは口を割ろうとしなかった。
テレナシアの正体。
ヘルバトスの弱さの原因。
そんなことを言われては気になって仕方がないではないか。
意識の黙り込むヘルバトスにテレナシアは、
それにボクはキミに言ったよね・・・・?拒否権はないんだと。それはね、全ての機能を停止して暗闇の中で一人にすれば観念すると思ったからなんだよ・・・?
お前、性格悪いな・・・
女の子にその言葉のチョイスはどうかと思うけど、確かにボクは昔から性格最悪の女の子だからね
鼻を鳴らして笑うテレナシアにヘルバトスは、
俺は・・・テレナシアの言う欠落したものを取り戻したい・・・!
欠落したもの全てを取り戻して、次に生まれ変われるのなら胸を張って生きていきたい。
そんな決意は意識を通じてテレナシアに伝わっていた。
そうでなくては君らしくないよ・・・
え、それってどういう・・・・
この先が知りたいのなら無事に欠落したものを取り戻すことだね・・・
だんだんと暗闇に満ちていたであろう空間が明るく、まるで太陽の光を浴びているように明るくなっていく。
そして、ヘルバトスの意識が消える最後に彼女の言葉が脳内に残った。
その言葉が、印象に残り過ぎて脳内の記憶から完全に消えることはないだろう。
彼女は、最後にヘルバトスに向けてこう告げた。
またね・・・
暖かな日差しがヘルバトスに向けられ、その熱を逃がす様に気持ちの良い風が熱をさらっていく。
俺は・・・転生でもしたのか・・・・?
ヘルバトスは確かに魔界のある一室で死を遂げた。
どこの部屋で遂げたかは不明だが、死んだことには自覚があった。
そして、再び太陽の光を浴びることができるということは言うまでもなく、現世に戻ってきたことに他ならない。
テレナシアは一体俺に何を求めているんだ・・・?
小心者のヘルバトスに救いの手を伸ばしたのには何かしらの理由があるはずなのだが、彼女が一体何を考えているのかがわからない。
ヘルバトスの弱さを克服させ、そして自分を思い出させようとしていた。
いくら思考を巡らせても、その二つに共通する話題は見つからない。
そもそも、ヘルバトスに何をさせようとしているのかも知らされていない。
そんな何も知らないヘルバトスの肩は突然と揺らされ、
起きて・・・・起きてってば・・・
どこか懐かしい声が、正常に働いたヘルバトスの聴覚を通して脳へと伝わる。
そしてヘルバトスは、うっすら目を開くとそこには一人の女性の姿があった。
夏に輝く海のような青い髪に、綺麗な茶色の瞳が魅力的な女性。
その人を見ているだけで、どこか懐かしさと悲しさが心の中で湧き上がる。
ヘルバトスは彼女のことを凝視しすぎたのだろう。
彼女は自分の綺麗な髪と服装を気にし出した。
「何かついてる?それともこの服装・・・・変?」
「いや・・・とても似合っています・・・」
照れ臭さもありヘルバトスはつい顔を背けてしまう。
そんなヘルバトスを目の前に、彼女は突然噴き出して笑い始めた。
「アハハハハハ、なんで急に敬語?」
「え、ため口だと失礼じゃ・・・」
「今さら何言ってるのよ。それよりご飯だから早くリビングに来てね?あと窓もしっかり閉めてね」
「あ、はい・・・」
そう言うと彼女は、恐らくリビングへと向かって行ったのだろう。
足音が遠くなっているのを確認したヘルバトスは、
「一体どうなってんだ・・・?」
状況が全く理解できない。
ヘルバトスの身に一体何が起こっているのか。
とりあえず、見ず知らずの女性を待たせるのは悪いので、さっそくリビングへ向かうことに。
上体を起こし、ベッドから降りた時だった。
ドスン・・・・ッ
ヘルバトスに直結した何かが、ベッドの上から落ちた感覚を体中に巡らせる。
当然、違和感があればすぐに確認するのが人間。
ヘルバトスは、自分の背後を窺ったと同時に言葉を失った。
え・・・・・・・
ヘルバトスの眼に焼き付けられたのは、一本の爬虫類の尻尾。
すぐさま手足を確認するも、指が五本ずつ付いた人間のものだった。
そうだ・・・・!鏡・・・・!鏡はどこ・・・・!
部屋一面、隈なく探すも鏡らしきものは見当たらない。
ヘルバトスは急いで部屋を抜け出し、鏡を探し求めて走り回った。
そして鏡は、あろうことかトイレの中にしかなく、すぐさま自身の顔を凝視する。
普段はそこまで鏡を見ないのだが、今回に限っては頼らざるを得なかった。
その鏡に映った自分の顔を見たヘルバトスは、
「顔がイケメンになったな・・・」
恐らくヘルバトスは転生をしたのだろう。
そうでもしきゃ、顔が急に変わることは絶対にあり得ない。
だが、顔も人間に近いと言える。
どうして、尻尾だけ生えてしまったのかわからない。
どうしたものかな・・・・
ヘルバトスが、考えるように耳裏をかいているとその感覚に違和感を覚えた。
ん・・・?
ヘルバトスは再び鏡と対面すると、どうやらおかしいのは尻尾だけではなかったらしい。
ヘルバトスの頭部から生えている耳は、エルフ耳のように尖がっていた。
この耳は、どう考えても人間のものではないと断言できる。
転生とは言え、人外になってしまったヘルバトスは現実を受け止めるべく、しばらく便器に座って考え込んだ。
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