七十三話 作業の取り掛かり前に・・・
ヘルバトスが意識を取り戻すのに、そう時間は長くかからなかった。
ヘルバトスが辺りを見渡すと、驚いた様子でこちらを窺っているゼラン達と腰を抜かしている元国王の姿があった。
一体何があったんだ・・・?
ヘルバトスには、自分が働いた行為の記憶が一切なかった。
そのため、ゼラン達や元国王がヘルバトスに対する態度が三百六十度変わったことに、ヘルバトスの脳がついて行けてなかった。
そんな中、一人の女の子だけがヘルバトスに普通に接した。
「お兄ちゃん、大丈夫ー?」
「ああ、大丈夫だよ」
ヘルバトスはメイシアの頭を優しく撫でまわすと、メイシアは気持ちよさそうな顔で目を閉じている。
そんなメイシアにヘルバトスは、
「なあ、一体何があったんだ?」
その問いかけに対して、メイシアはヘルバトスに一生懸命説明した。
「なんかね、お兄ちゃんからバーってオーラが出て、ドーンってみんな頭を下げたの」
「うんうん、全くわからん」
メイシアはこれでもヘルバトス同じくらいの年の女の子だ。
それなのに、言語力が著しく乏しいのはメイシアの発言から聞いて取れる。
メイシアの擬音が含まれた会話文では何があったのか全く分からなかった。
「ゼランさん、一体何があったんですか?」
助けを求めるようにヘルバトスがゼランに近づくと、ゼランは未だに驚いた様子だった。
ヘルバトスは、幾度となくゼランの名前を呼び続けるも、一向に反応がない。
そして、二十回読んだ辺りからようやくゼランは反応を見せた。
だが、その反応はどう考えても普通のものではなかった。
ゼランはゆっくりと小さな声で、
「ヘルバトス・・・さっきの気配は・・・まるで・・・」
そう言いかけたまま、ゼランは後続語を胃の中へと押し戻した。
「ハハ・・・まさかな・・・」
「ゼランさん?」
その違和感に気が付いたヘルバトスは、「何があったんですか?」と尋ねるも、「なんでもない」とあっさり切り返されてしまう。
そして、ヘルバトスの心にしこりを残したままこの案件は幕を閉じた。
「さて、気を取り直して本題に入ろうじゃないか」
忘れていたが、本題はヘルバトスが元国王を虐めて楽しむことではない。
ゼランの手元にある納品書の内容であった。
ゼランはさっそく元国王に尋ねようと近づくと、元国王は逃げることなく大人しく座っていた。
どうやらさっきのヘルバトスの一件で怖気づいてしまったようだった。
「なあ、この納品書なんだが・・・」
「あ、はい・・・」
ゼランはその元国王のよそよそしい態度に引っ掛かった。
何なんだ・・・?こいつ・・・
威勢の良かった人間が、いきなり縮こまったら誰だって気になるものでしょう。
まあ、そんなことはさておき、今は納品書の確認を取るのが最優先だった。
ゼランは元国王に一枚の納品書を提示すると、元国王はその納品書にどうやら心当たりがあるらしい。
深々とその納品書を拝見した元国王は、
「これは厄介なことになった・・・」
「どういうことだ?」
ゼランが元国王を問いただすと、あっさりとその訳を述べた。
「今までモンスター討伐依頼は断ってきたのですが・・・」
どうやら、運よくその納品書を受け取ってしまったらしい。
恐らく元国王は今までに、モンスター関連の納品書を受け取ってこなかったんだろう。
それがあろうことか、何も知らないジェールナ達が納品書を受け取ってしまったと。
受け取ると言うことは受注を意味する。
とりあえずは、この受注内容を確認しなくてはならなかった。
こんなことで信頼を失えばシハルを救い出す手がかりが消えてしまう。
そのためにも・・・
「おい、元国王。さっそく仕事だ」
「し、仕事?」
「そうだ」
怯える元国王にゼランは、
「この納品書を持って、受注内容を確認してくることだ」
「だ、だが・・・」
何か言いたげな元国王だったが、反論は決して許されなかった。
元国王の言葉を妨げるようにゼランは睨みつけるように、
「なんだ?不満でもあるのか?」
そんな顔をされては断りたい仕事も断れなくなってしまう。
元国王は反論なく王の間を後にした。
だが、ここからが問題だった。
「おい、エルフミーラ」
「何?」
「あの元国王が逃げ出さないためにも、防御壁の強化できるか?」
「もちろん可能だけど、良いの?」
「構わない、せっかくの俺達の奴隷一号だ。逃げられてはたまったものじゃない」
口ではこう言うゼランだったが、本当は恐れていたのだ。
元国王が逃げた矢先に勇者が来ようものなら、俺達はピンチに晒される。
元国王がいるといないとでは話が大分違ってくるのだ。
元国王がいれば人質に取ることができ、勇者もそう簡単には攻撃はできない。
もし、元国王がいなければ容赦なく叩きつぶされるだろう。
普通の戦闘力なら互角だが、勇者が「天元加護」を使用した際には当然勝ち目はない。
それを悟られぬようにと必死に言い訳染みたことを口にするゼランだったが、当然心の読めるエルフミーラにはバレてしまう。
エルフミーラはクスクスと笑い、さっそく防御壁の強化に当たる。
そして・・・
「ゼラン、気になってたんだけど。その子は?」
「サタっちに今度は息子までできちゃった?」
「確かにあの気配はサタルドスに似たようなものを感じたから息子って言われても納得がいくけど・・・」
ジェールナ、サキュラバーニ、グウィルドがそれぞれヘルバトスについて意見を述べると、ヘルバトスは、
「は、初めまして!お兄ちゃんの弟子のヘルバトスです!」
「あらあらまあ、サタルドスの弟さん?」
「サタっちに弟いたんだ!」
「それならあのオーラにも納得だね」
何やらこの三人は誤解をしているようだったが、説明がめんどくさそうになるのでゼランは何も言わなかった。
それにサタルドスの弟にしておけば、何かと都合が良いだろう。
変に一線を引かなくて済むのだから。
だが、話はもっと複雑な方向へと進んでいった。
「何言ってるの?メイシアのお兄ちゃんはヘルにいで、パパはパパだよ?」
メイシアの発言によって、サタルドスの家族構成が一瞬だけごちゃごちゃになりかけたが、要するにサタルドスとヘルバトスは年の離れた兄弟で、メイシアはサタルドスの娘で、メイシアから見たヘルバトスは叔父になると言うことである。
メイシアがヘルバトスのことをお兄ちゃんと呼ぶせいで場が混乱仕掛けたが、各々の頭でどうやら理解できたみたいだった。
何とかジェールナ達にヘルバトスの紹介を終えたところで、さっそく作業に取り掛かることに。
「よし、あの元国王が戻ってくる前にやりたいことがあるんだが、手伝ってくれるか?」
「いいけど、何するの?」
「ヘルバトス、例の物を全て出してくれ」
「分かりました」
口で説明するより、現物を見せた方が早い。
そう考えたゼランは、ジェールナの問いかけに対し、あるものを差し出した。
それは、サタルドスがヘルバトスに向けて送られたプレゼントであった。
「何これ」
ジェールナの手元にある本を覗き見るサキュラバーニがそう言うとゼランは、
「これはサタルドスがヘルバトスに与えた知恵だ」
「知恵?」
グウィルドがゼランの言葉を復唱するとゼランはジェールナからその本を取り上げて、
「今からこの本達を片っ端から調べる。耳よりの情報があるかもしれないからな」
「本達?」
ジェールナがヘルバトスの方を見てみると、そこにはすでに二百を超える本達が用意されていた。
気が遠くなりそうな本の山。
逃げ出そうとするサキュラバーニに、
「別に逃げても良いが、お前には一切情報を提供しないからな?」
「うぅー、ゼラっちのいじわるー」
サキュラバーニが恨めしそうにゼランを見つめるが、意に介さないようにヘルバトスの元から出された一冊の本を手に、
「さあ、時間は有限だ。さっさと調べよう」
「「「お~」」」
ジェールナ達の覇気のない声と共に、本の調べ学習が始まったのだった。
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