百二十九話 すれ違いの果て
「リワインド・タイム」
ヘルバトスに手をかざすドレイニーの手に平に回復系魔法陣が展開される。
いや、この魔法陣は回復系ではない、それに近しい何かだった。
貫かれたヘルバトスの腹部は徐々に塞がって行き、怪我が嘘のように完治した。
「お前、一体どういうことだ?」
殺しかけた相手を回復させるなど正気の沙汰ではない。
問いかけるヘルバトスにドレイニーは呆れたように溜息を一つ吐いた。
「殺したら、ヘルバトスの人生はそこで終わってしまうだろ?私の手で人の人生は終わらせたくないんだ。だから、これに懲りたら嘘を口にしないことだね」
--なんで、そうなんだよ・・・!
ヘルバトスは『氷龍王』の生まれ変わりだ。
だからドレイニーが探している、その『根性』というユニークスキルもすでに手に入れている。
だが、その事実をドレイニーは頑なに信じようともしない。
こうなれば、頼み込むことは一つだけだった。
「なあ?そんなに信用ならないなら、俺を一度殺してくれよ!そうすれば俺が『氷龍王』の生まれ変わりだと立証できるからよー!」
「はぁー、ヘルバトス。貴様はまだそんな夢物語りを語るのか?正直見ていて痛いぞ?」
「違う!なんかじゃない!俺は知ってる。五百年前、龍王たちの身に何が起こったかを」
「貴様・・・、過去にも飛べない奴が何を言い出すかと思えば・・・。どうやら本気のお仕置きが必要のようだな?この『偽龍王』が」
ドレイニーは再び、レイピアの剣先をヘルバトスに向けた。
本来この状況なら、対抗すべく『氷龍刀』を構えるのだが、ヘルバトスからはその姿勢を全く感じなかった。
それもそのはず、ヘルバトスは己の真実を証明するため、ドレイニーにどうやって殺されようかと必死になって考えていたからだ。
向こうから、殺してくれるなら願ってもない話だ。
ドレイニーは、一言も発することなくレイピアをヘルバトスの心臓に目掛けて一直線に放つ。
--これでようやく『氷龍王』だということが証明できる・・・
真実をありのまま話せることへの喜びが、ヘルバトスの体を支配する。
だからこそ、自分の為した行動に驚きを隠せなかった。
--どうして・・・っ!どうして俺は・・・っ!攻撃を躱してしまったんだ・・・っ!?
ドレイニーの不意を突いた攻撃は、命中することなくヘルバトスに綺麗に躱されてしまう。
彼女にも思うところがあったのだろう。
ドレイニーはヘルバトスを睨みつけながら、
「どうして?貴様が殺して証明したいと言ったんだぞ?なのに、なんで攻撃を躱したんだ?まさか、本当に死ぬのが怖くて無意識に躱してしまったのか?」
ヘルバトス自身もわからない。
『氷龍王』だということを証明したいはずなのに、なんで攻撃を回避してしまったのか。
爽快に啖呵を切った割には、あまりにも情けない結果で終わってしまった。
本当は心のどこかで死ぬことにビビっていたのだろうか。
--本当に情けない・・・
自己嫌悪に陥っている中、ヘルバトスの脳内に微かな声が響き渡る。
--なんだ・・・?何を言ってるんだ・・・?
考えている間に、ドレイニーが攻撃をしないとは一言も言っていない。
意識が逸れる隙を突いたドレイニーが、素早くとどめの一撃を食らわせようとする。
その時だったーーーー
--彼女の攻撃を食らったらダメだ!
微かな声が急に大声に変わるのだから、それなりにビックリはする。
ヘルバトスは、言葉の信憑性を考えるまでもなく素早く一撃を躱した。
--この声・・・間違いない・・・っ!
ドレイニーから距離を置いた位置でヘルバトスは自分に言い聞かせた。
--テレナシアか!?答えられるのなら返事をしてくれ!
だが、テレナシアからの応答がない。
空耳で済ませられないほどの声のボリューム。
ヘルバトスは必死に語り掛けたが、テレナシアは一向に出てこない。
--テレナシア!ドレイニーの攻撃を食らったらいけないってどういうことだ!?
ヘルバトスの異変に気が付いたのか、ドレイニーの目から完全に光が消え失せた。
「貴様、大賢者の『呪い』を掛けられていると思ったら、やはりそうか」
「どういうことだ?」
「その匂いを漂わせていながら、まだそんなことを言うか。貴様、大賢者の一味だったんだな?」
テレナシアの匂いは強烈な匂いなのだろうか。
ヘルバトスが彼女に近づいた時には、とても良い匂いを漂わせていた気がするが。
そんなことはさておき、ヘルバトスが大賢者であるテレナシアに加担していると勘づかれてしまった。
ドレイニーが大賢者を殺したいほど憎んでいるのはよくわかる。
なんせ、竜人族から崇められていた四体の龍王が大賢者の手で殺されたのだから。
だが、過去を覗いたヘルバトスからしたら、この世界に害を与えているのは大賢者ではなく、六純天使たちだ。
六純天使たちが築き上げたこの世界は、理不尽な事ばかりだ。
差別、奴隷、暴力など、キリがないほどに負の問題で埋め尽くされている。
だから、ヘルバトスに迷いはなかった。
ーー大賢者の仲間で何が悪い?悪影響を及ぼしているのは六純天使の方だ!完全に憎む相手を間違えている!
事実上、竜人族は六純天使に害を与えれていないため、どう考えても分かり合えるとは思えない。
そんな態度が表に出ていたのか、ドレイニーの剣幕は一層鋭いものになる。
可愛い顔が台無しになるほどに。
「貴様ー!大賢者の仲間でありながら、竜人族に関わったのか!大賢者が私たち竜人族に何をしたのか知っておきながら!許せない!絶対に許さない!」
我を忘れたドレイニーは、ヘルバトスに攻撃を仕掛ける。
それを紙一重の所で躱しながら、ヘルバトスは考えた。
--死なないと『氷龍王』とは認めてもらえない。認めてもらえれれば少しは俺の話を聞くかもしれない。だが・・・
ヘルバトスの脳内に、先ほどのテレナシアの声が録音データのように再生される。
--攻撃を食らったらいけないって一体どういうことだよ。
テレナシアはヘルバトスに一度も嘘を吐いたことがない。
恐らくテレナシアは、嘘を吐かない潔白美女なんだろう。
だからこそ、彼女の言葉を聞き捨てるわけには行かなかった。
--どうにかして、ドレイニーを止める手段を考えないと。何か・・・何か・・・ないのか・・・っ!
ヘルバトスが過去の出来事を知っていることをアピールする。
それができれば、少しは信用度が上がると思われた。
その考えに至ってから、すぐに案は思い浮かんだ。
--そうか、その手があったか・・・!
考えてるよりも先に行動した方が早い。
いくら思考を巡らせようとも、信じてもらえなければ時間の無駄になってしまうのだから。
そしてヘルバトスは、自分もドレイニーも知っている情報を口にした。
「『氷龍王』バルカンの娘、リアラ!嫁、エナ!」
かなり馬鹿げていると思う。
記憶をたどった矢先に出てきたワードがこれだったのだから。
でも、かなりの効果があると見込まれる。
ドレイニーは先ほど、「友達のお父さんは強かった」と証言していた。
つまり、話しの流れ上、ここでのお父さんは『氷龍王』でありその友達となると、その人物はリアラだと特定できる。
ヘルバトスの記憶から抽出されたワードを耳にしたドレイニーは、突如攻撃の手を止めた。
--これは・・・どうなったんだ・・・?
二人の間にしばらくの沈黙が流れる中、先に声を出したのはドレイニーだった。
ドレイニーの顔から怒りの感情が消え、残ったのは疑惑という疑いだけ。
「どうして・・・その名前を・・・?五百年前の竜人・・・知っているのは私だけなのに・・・ヘルバトスは一体どこでその名前を・・・?」
「どうしてってそんなの決まってるじゃないか・・・」
--俺が『氷龍王』の生まれ変わりだから・・・
とは言い出せなかった。
せっかく攻撃の手が止んだのに、変なこと言ってまた攻撃が降り注ぐのではないかと考えるだけで頭が痛くなる。
まあ、変な事ではないのだが。
「ふーん、それじゃあリアラちゃんの特徴言える?」
「特徴って外見のことか?」
「そう、それが言えたのなら少しは信じようじゃない」
ドレイニーに言われるがまま、ヘルバトスはリアラの特徴を語りだした。
「綺麗な青色の髪をツインテールにした女の子で、碧眼の目をしてたな。そういえば、「氷姫」のリアラとも言われていたっけな?それと・・・」
「もういい。十分分かったから」
「そうか?まだエナの特徴言ってないけど」
「私が聞いたのはリアラちゃんの特徴だけ。『氷龍王』の奥さんは、接点があんまりなかったから正直よくわからない」
「そういうことか」
「ヘルバトス、なぜあなたがそこまでの情報を持っているの?私はそれが不思議でしょうがない」
テレナシアに試練という形で過去を見せられた・・・とは口が裂けても言えなかった。
だとしたら、どう答えるのが正解なのだろうか。
ヘルバトスは地雷を踏みぬかないように、慎重に言葉を選んだ。
「まあそうか、『氷龍王』の魂がそのまま宿ったとしたら、記憶は正常に残っているものね」
何とか自分なりに解釈したようだった。
まあドレイニーの出した答えが、力を得た経由からすると一番正解に近いような気がするが。
但し、真にドレイニーが抱える問題はここではなかった。
確かに『氷龍王』かどうかも問題の一つであったが、ヘルバトスが『氷龍王』だと仮説が立てられたのなら、真っ先に出てくる問題がーーーー
「仮に『氷龍王』の転生者がヘルバトスだとして・・・、だったらどうしてヘルバトスは大賢者の味方をしているの?もちろん私に分かるように説明してくれるよね?」
ニッコリ笑た顔をしているが、目元が完全に笑っていなかった。
大賢者であるテレナシアの味方になったわけを説明するのは、かなり骨が折れそうだった。
本日も最後まで読んでいただきありがとうございます!
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