百二十一話 今後の方針
「すみません、遅くなりました」
遅れて会議室へと入ったヘルバトスを最後に、会議室の扉は重い音を立てながら閉ざされる。
すでにゼランとメイシアは離れた位置に着席しており、立っているのはヘルバトスただ一人。
謝罪し、立ち尽くすヘルバトスに対して、真っ先に口を開いたのはゼランだった。
「謝ることじゃない、俺たちもさっき会議室へときたばかりだから」
「そうそう、ヘルにいは全然遅くなんかないよ?」
「そんなことよりも、早く適当に腰かけろ」
「あ、はい!」
定位置は決まっていないが、二人から離れた場所へと席に着いた。
「全員揃ったな?それじゃあ、さっそく作戦会議を始めるぞ」
ゼランが進行役の元、作戦会議は予定通り開幕した。
主題はもちろん、今後の活動方針についてだ。
活動方針は大きく分けて二つ。
一つ目は、サタルドスに掛けられた『呪い』を解くこととシハルの記憶を取り戻すこと。
そして二つ目は、他の暗黒騎士を無事に取り戻すことだ。
ゼランたちが『ミラボレアの尻尾』の獲得へ足先を向けていた矢先に発生した、ヘカベルもろとも姿を消し去ったという事件。
以上の二つの着眼点をもとに、話は円滑に進められる。
「知っての通り、俺たちの手元はあまりにも情報が少なすぎる。サタルドスのこともシハルのことも他の暗黒騎士のことも。それを理解した上で、今後の動きを決めたいんだが、何か案はないか?」
「んー、そうですね・・・俺たちに情報が少ない以上、下手な動きはできませんからね」
「そうなんだよな・・・そこで俺からの提案なんだが、二手に分かれて行動しないか?」
「二手って、具体的にはどういう感じなんですか?」
「俺とメイシアが他の暗黒騎士たちが消された原因を探り、その間へルバトスにはサタルドスたちの案件を片付けて欲しいんだが」
確かに、ゼランの提案が一番合理的な判断と言える。
サタルドスの案件は、六純天使を巻き込む多大な問題だ。
戦闘能力が一番高いであろうヘルバトスが暴れ回ることで、六純天使自らの意思で力を与えた勇者たちを引き付ることができれば、ゼランたちの情報収集も阻害される心配はないだろう。
だが、問題なのはーーーー
「勇者が一斉に来られた場合はどうしましょう?」
「そこが問題なんだよな・・・」
「なら、俺とメイシアでサタルドスとメイシアの案件を引き受けるという形はどうですか?ゼランさんの案件はあくまで隠密調査。人数をかけてはそれだけのリスクを伴うと思うんです」
「要するに、ヘルバトスの言いたいことは、俺とメイシアちゃんの同行調査だろ?だったら早い話、別行動を取ればいい。俺たちは圧倒的に戦力が足りていない。だからこそ最優先で他の暗黒騎士を取り戻さないといけないと思うんだが」
ぐうの音も出ないほどの正論に、ヘルバトスは反論する術を失う。
そんなヘルバトスを横目に、メイシアもようやく口を動かし始めた。
「ねぇー?みんな一緒じゃダメなのー?」
「それだと時間が掛かっちゃうんだよ、メイシアちゃん。暗黒騎士たちに掛けられたであろう六純天使の『呪い』が無限に効力を発揮するとは限らないんだ。有限が存在していたとすると効力が消えた瞬間、消された暗黒騎士はもう二度と戻ってこない。サタルドスにしたってそうだ。有限が存在していたら、サタルドスは戦う術を完全に失ってしまう。だから早い方が良いんだよ?」
「--ちょっと待ってください!六純天使の『呪い』は無限じゃないんですか!?」
机を叩き、取り乱すヘルバトスの表情から完全に余裕が消えていた。
それもそうだ。無限だと思っていたことが簡単に否定されたのだから。
「俺にだってわからないさ。あくまでもしもの話だ、だからこそ迅速な対応が求められているんだ」
「ーー他の暗黒騎士たちの情報収集は、一人だと時間が掛かるんですよね?」
「当たり前だ。サタルドスの『呪い』の解除、シハルの記憶。どっちをとっても何かしらの手掛かりがわかっている状況だ。だが、他の暗黒騎士が消された情報は掴めていないままだ。誰がやったのかも、ヘカベルの住民を巻き込んでまで、何をしたかったのかも、全てが謎に包まれたままだからな」
サタルドスの『呪い』は、金崎がその身に宿している『相殺』の天元加護を与えた六純天使、シュトルミエルの仕業で間違いない。
シハルの記憶はというと、ヘカベルの人間に記憶を取られたと断片的に残っていたシハルの記憶を頼りに導き出されている。
二人の問題は素性がすでに明かされているわけだ。
だが、ゼランの言う通りで他の暗黒騎士の情報だけは一切なかった。
彼らと共に消されたヘカベルを取り戻さないことには、シハルの記憶も取り戻すことができない。
ヘルバトスはようやく理解した。
ゼランはここまでを見越しての提案だったのだと。
「--ようやく理解しました。ゼランさんの提案で行きましょう。ヘカベルを取り戻さないことには、他の暗黒騎士たちの救出もシハルさんの記憶も、何も得られないですからね」
「そういうこった。とりあえずヘルバトスはサタルドスの『呪い』の解除に専念してくれ」
「メイシアはー?」
「メイシアちゃんは、俺と消された暗黒騎士についての情報収集だ!詳しいことを今から話すよ」
「メイシア、頑張る!頑張ったらたーくさん、おいしいもの食べさせてね?」
「良いだろう。約束だ」
約束を取り付けるゼランたちにヘルバトスは、
「それじゃあ、ゼランさん。一足先に下界に降りてもいいですか?」
「わかった、もし魔界に戻る用事があれば、「テリトリー」と呼びかければ魔界へ戻ってこられるから」
「出て行くときは・・・」
「俺たち暗黒騎士の転移魔法を受けるか、自身の意思で下界に戻ることができるぞ?」
「ーー自身の意思・・・」
ヘルバトスは下界へ戻ることを強く意識した。
次の瞬間ーー
「おわ!嘘だろ!?」
ヘルバトスが転移させられた先は、以前に誰かが経験した上空だった。
風が切り裂く音が耳から離れようとしない。
「これ、どうしたらいいんだ!?」
慌てふためくヘルバトスは、必死にこの状況を打開できる名案を考えた。
--羽が生えていれば・・・!
そう思考を巡らせた時だった。
ヘルバトスの背中から、白く輝きを放つ氷結の翼が顕現した。
「--あれ?これって一体・・・?」
この世界は意思の力でどうにかなる世界だっただろうか?
まあそんな冗談はさておき、恐らくこれも『氷龍王』の力とプラスでついてきた能力のようなものなのだろう。
ドラゴン令嬢であったドレイニーの背中にも小さな翼が生えていた。
竜人族に翼は付き物なのだ。
そして、ヘルバトスはやるべきことを再び思い出す。
「ーーさて、まずは金崎っていう勇者を探し回らないといけないのか?」
サタルドスの『呪い』をかけた張本人である金崎。
だが、ヘルバトスはある重要なことをすっかり忘れていた。
それはーーーー
「そういえば、その勇者の特徴を聞き忘れてた・・・」
特徴が分からなければ、一から情報収集をしなくてはならない。
-- 一度魔界に戻ってゼランさんに聞くしかないか。
ヘルバトスが「テリトリー」という単語を口にしようとしたところ、悲鳴のような声が聞こえた気がした。
声年齢からすると、ヘルバトスと同じくらい年の女の子だろうか。
ヘルバトスは耳をよく凝らす。
叫び声が近づいてくるにつれて、女の子が何を言っているのが聞き取れるようになり、気が付けばヘルバトスは上空から必死に女の子を探した。
「助けて!誰か、助けて!」
モンスターに襲われているのか、それとも何かしらの異常事態なのか。
とりあえず、放置するわけにはいかなかった。
--どこだ・・・!どこにいる・・・!
生茂る大森林を隈なく探す。
見ず知らずの人を助けるなど、奴隷時代のヘルバトスでは考えられないことだった。
これも全て、サタルドスとテレナシアがヘルバトスに影響を与えたのだ。
サタルドスが奴隷であったヘルバトスに手を差し伸べたあの日。
サタルドスはヘルバトスの憧れになっていたのだ。
いつかは、慕う兄貴のようになりたい。
そう思う気持ちが、いつの間にか本人にも気が付かないうちに芽生えていたのだ。
そして、テレナシアが心の底から願う理不尽な世界の再構築。
そんなテレナシアの野望は、ヘルバトスの意思の中ですでに告げられているため、当の本人が知らないわけがない。
全て承知の上で、理不尽な目に合っている目の前の子を助けなければ、蘇らせてくれたテレナシアに顔向けできるだろうか。
その二つの思いが、小心者だったヘルバトスを大きく変えたのだ。
「助けて!助けて!」
--いた!
声の主を確認したヘルバトスは彼女の周辺を見渡した。
どうやら、複数の大人に追いかけられているらしい。
何か悪いことでもしたのだろうか。
だが、一人の少女相手に複数の大人で追いつめるのは少しやり過ぎではないだろうか?
ーーとりあえず、助ける他ないよな?
ヘルバトスは迷うことなく、彼女と追手との間に着地するため、雲を切り裂くように急降下するのだった。
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