百二十話 現世に帰ってきたぞ!
まるで夢を見ていたようだった。
酸欠で死したであろう、ヘルバトスの体に異常はない。
それどころか、体が前よりも軽くなっている気がした。
ーー俺はそもそも死んでなかったのか・・・?
だが、あそこまでに常軌を逸した苦痛が夢であるはずがない。
どうやら、テレナシアの言う通りにヘルバトスは一度死して、現世に蘇ったらしい。
--黒指輪は・・・あるな・・・
テレナシアから与えられた魔法値を吸収させる指輪は、ヘルバトスの指に飾られている。
--てか、ここはどこだ・・・?
意識が朦朧としていたせいで、部屋の確認を怠っていたことを思い出す。
ヘルバトスは、辺りを隈なく見渡すとそこは見覚えのある部屋だった。
六純天使を殺したら、報告へ向かおうと胸に誓っていた部屋。
そう、ヘルバトスはサタルドスが眠る一室で命を落としていたのだ。
--マジか・・・お兄ちゃんに見苦しいところ見せたな・・・
しかし、サタルドスの意識はこの世界に存在していない。
蝋燭を吹きかけるような、優しい吐息を立てて眠りについている。
見てわかるほどだ。
その清々しい眠りから察するに、恐らく良い夢でも見ているのだろう。
そんなサタルドスの横で、シハルもまた眠っている。
--二人とも、幸せそうだな・・・
二人を見て、ヘルバトスは改めて実感する。
この二人の関係を阻む者は、徹底的に排除しなければならない。
ヘルバトスは二人から視線を逸らすと、その部屋に飾られた時計に目が留まった。
--そういえば、俺は一体どのくらいの時間を眠っていたのだろうか。
一度死んでいたヘルバトスには、時間の流れが全く読めなかった。
誰かに見られたという線は薄い。
この部屋にはヘルバトスとサタルドス、そしてシハルの姿しかないからだ。
外で騒ぎ立てている気配も感じられない。
全ての観点からまとめると、そこまで長い時間眠っていなかったということになるが、
--いやいや、そんなことあり得るのか?俺が体験した意識の世界が、この世界の何倍ものスピードで流れていたなんて、そんなこと・・・
頭を悩ませるヘルバトスの背後から、前触れも無く声が掛けられた。
可愛らしい声で、「ヘルにい?」と。
声のする方へ振り返ると、そこにはメイシアの姿があった。
だが、どうもおかしい。
メイシアがヘルバトスを見つめるその目つきに、違和感を覚えた。
まるで他人を見ているかのような。
「どうした、メイシア?」
「ヘ、ヘルにいだよね?」
「ん?そうだが?」
何かがおかしい。
ヘルバトスはメイシアの瞳に映る自分の姿を確認したが、やはり瞳での容姿確認は難しい。
だからと言って、この魔界に鏡があるかどうかもわからない。
メイシアの反応が理解できないヘルバトスは彼女に、
「メイシア?俺、どこかおかしいか?」
ヘルバトスはシンプルにそう尋ねた。
するとメイシアの口からは、理解し難い真実が告げられた。
「ヘルにい、大分雰囲気が変わったね?毛先だけ白色に変えたのは、イメチェン?ってやつ?」
「--毛先が白い?」
すぐにでも確認をしたいところだが、どうしたものか。
自分の髪を思い切り引っ張り、無理矢理にでも見ようとしたところ、一人の人物が部屋へと入ってきた。
その人物は二人に声をかけると同時に、そのヘルバトスの変化に目を疑っていた。
「ヘルバトス、イメチェンでもしたのか?」
「ゼランさん、違うんです!これには深いわけが・・・」
「まあ、そうだろうな」
「一体どういうことー?」
メイシアがゼランにそう尋ねるが、正直なところヘルバトスも彼の言っていることを理解していなかった。
何を思ってそうしたのか、ゼランは自前の大剣をいきなりヘルバトスに振りかざした。
短刀を取り出すタイミングを逃したヘルバトスは、仕方なくその攻撃を躱すことに。
--これは・・・?
ヘルバトスは不思議な感覚に陥っていた。
あまりにも、ゼランの攻撃スピードが遅い。
世界がゆっくり進んでいるようだ。
ヘルバトスはゼランの攻撃を普通に躱したつもりだったのだが、他人から見たヘルバトスは違ったようで。
「はやーい!ヘルにい、一人で特訓してたのー?」
「大したものだ。さすがはサタルドスの弟分だけのことはある。それにしても一体どんな特訓をしてたんだ?俺と別れてからそんなに時間は経っていないはずだよな?」
どうやら、ヘルバトスが死んでからそんなに時間は経過していないらしい。
意識の世界は、この世界よりも時間の流れが速いということが分かった。
現状、そんなことはどうでもよく、問題なのはゼランたちにどこまで打ち明けていいのかわからないということだ。
ヘルバトスが『氷龍王』の生まれ変わりだというところまでだろうか?
だが、それを口外してしまえば、その情報をどこで手に入れたのかという問題に発展しかねない。
大賢者であるテレナシアの存在自体話していいのかもわからない。
ゼランは『嫉妬』の暗黒騎士だ。
生みの親であるテレナシアの名を上げれば、何かしらの問題が発生するに違いない。
だとしたら、この状況を切り抜けるための最前の解は、
「--気が付いたら、なんか覚醒してたんですよねー・・・」
あまりに馬鹿げた理由だ。
メイシアならともかく、論理的なゼランは騙せないだろう。
へらへらするヘルバトスは誰がどう見ても怪しいのだが、どうやらゼランは信じ込んでいるらしい。
「そうなのか、ヘルバトスもようやく一人前になったということか!この気配、間違えなくサタルドスを超えているぞ?ちなみに俺も」
「いや、そんなことないですよ。二人には到底敵いませんって」
「だったら、装備ステータスを開いてみろよ!そしたら、今の自分の力量が一目でわかるからよ?」
ゼランからステータス確認の催促を受けるヘルバトス。
まあゼランからの催促がなくとも、ヘルバトスはステータスの確認を後でしようと思っていた。
--この際ちょうどいいや。
ゼランは装備ステータスから自分のステータスを確認し、その表記に目を疑った。
攻撃力:35000
防御力:28600
素早さ:31780
テクニック:25740
魔法:35670
どう考えてもおかしい。
ゼランと同等かそれ以下だったはずのステータスは、サタルドスをも凌駕するほどとなっていた。
一体、ヘルバトスの身に何が起こったというのか。
テレナシアがヘルバトスの体に細工を施したとしか考えられなかった。
「なあ?俺の言った通りだっただろ?」
「あ、はい。そうですね?」
「なーに浮かない顔してんだよ!強くなったことに何か不満でもあんのか?」
「いや、そういうわけじゃなくてですね・・・」
「ん?どういうわけだ?」
これ以上は失言しかねない。
下手をすれば、ヘルバトスがその身で体験したことを、話さざるを得ない状況に陥る可能性が生まれるからだ。
ヘルバトスとしては何としてでも、その状況は回避しなくてはならなかった。
だが、その打開案が一向に思い浮かばない。
--どうしたらいい・・・!どうしたら・・・!
黙れば黙るほど怪しまれるのは分かり切っている話だが、焦れば焦るほど何も案が思い浮かばなくなるのも分かり切っている話だ。
嫌なループを打破したいヘルバトスは、
「何でもないです!お兄ちゃんとシハルさん。他の暗黒騎士の皆さんを助けられるように頑張ります!」
「そうだ、最初からそういえば良かった話なんだよ!そのための施策会議をするから、さっきの会議室に集まれ」
「はーい!」
立ち去るゼランの背中を追いかけるメイシアの後ろ姿を眺めながら、ヘルバトスは考えていた。
-- 一体どうなっているんだか・・・
二人の後を追おうと、ヘルバトスが装備ステータスを閉じようとしたその時、ヘルバトスの視界に見たことのない文字列が。
「--あれ・・・?『氷龍刀』?」
確かに前までそこには、『短刀』と記されていたはずだ。
それに『氷龍』という単語。
いくら頭の固いヘルバトスでも、今回の問題の一軒を全て理解した。
「まさか複製体を融合させたから、『氷龍王』の力を体得してしまったのか、もしくは『氷龍王』の記憶を取り戻したから力を手に入れてしまったのか」
どちらにせよ、『氷龍王』の力で間違いなさそうだった。
「後でじっくり見てみよう。それより、早く二人の後を追いかけないと!」
ヘルバトスは今度こそ装備ステータスを閉じ、二人の後を追いかけるために長い廊下を急いで駆けていくのだった。
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引き続き、「六宝剣に選ばれなかった異端者」をよろしくお願いします!




