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後日談5 春の夢

  

「なんだろう、これ」


 迷路のような庭園の生垣に立ち、空を見上げる。緑の合間からのぞく雲ひとつない青空が美しくて、逆に目に染みた。


「おかしいなあ。いつもみたいにアレク達と一緒にピクニックしてたはずなのに」

 領主館の庭に迷路なんてあったかしら? いや、ないない。

 首を傾げながらもこのまま突っ立っている訳にもいかないので、私は身長よりずっと高い生垣の迷路を前進してみる。たしか立体迷路って、片方の手を壁に触れさせその面に沿って進めば、いつかは必ず脱出できる、だったよね? 曖昧だけど。ずっと昔、子供の頃の家族で訪れた立体迷路を想像する。うん、参考にはあんまりならないね! 記憶が遠過ぎるわ。


 やっと開けた場所に出ると、そこはいつものピクニックの丘だった。

 けれど丘には、この国には無いはずのピンク色の花を咲かせた一本の大木。春になると、毎年その下で家族や友人、会社の同僚と花見をしたことを思い出す。初対面の人には毎回必ず、私の苗字をネタにされたなあ。うん。冷やかされるのも嫌いじゃなかったよ。この満開の景色、大好きだった。


 ああ、これは夢だ。ここに無いはずの『桜』を見て、明晰夢だと確信する。


 満開の桜の下にはいつものピクニックのブランケット。

 やや畏まったグンナルがいた。

  その隣には、しきりに日本酒を勧める私の父。あれはそう、父お気に入り新潟の酒蔵のお酒。ずるいな~! 私相手じゃお正月にも味見しかさせてくれなかったお酒じゃないの。まあお酒の良さ、私に語っても甲斐がなかったのもわかりますけども。

 母は父の反対隣りで、楽しそうに取り皿をおかずで山盛りにしてる。母の手作りおいなりさん、白ゴマとショウガ入りでいくつでもいけちゃう。やめられないんだよね。でもいっつも作り過ぎるんだよ。うちは嫁いだ姉を含めても四人家族なのにさ。でも健啖家のグンナルは、残さず食べてくれるかも。

 ふふっ。絶対両親には気に入られるだろうな。


 一人でくすくす笑っていると、丘のふもとの私に気付いたグンナルと目が合う。彼が嬉しそうに目を細めた。

 胸の奥がきゅうっと締めつけられる。


 私の両親とグンナルが会うなんて、絶対に叶わない。けれど、もし会えたならこうなって欲しいという私の夢。これはつらい夢じゃない。幸福な夢だ。

 嬉しくても人は苦しくなるんだね。

 少しの間、身動きを忘れて丘の上を見つめていたら――ふと、右手を引かれた。


「どうしたの? はやく戻ろうよ!」


 隣にいつの間にか、女の子が立っていた。

 体温の高い柔らかくてちっちゃな手が、私の右手としっかり繋がっている。そのまま女の子は「はやく、はやく!」と、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 ひざ下丈の可愛らしいピンク色のドレスに、腰の後ろに大きく主張するシフォン生地のリボン。跳ねる彼女と一緒に蝶の羽根のようにリボンが揺れる。背中に垂らされたままの黒髪も、ふわりと不揃いに広がって跳ねた。後ろには結びグセが残ったまま、髪はおろされている。

 ドレスとお揃いだったリボンを、勝手に取ってしまったのかな? と予想がついて思わず頬が緩む。

 だって、私もよくやるから。


「あら? 髪のリボンはどこにお散歩に行ってしまったのかしら」

 おどけながら後ろに付いた結びグセを撫でて直すと、女の子はくすぐったそうに首をすくめて、私の腰に抱きついてきた。


 ピンやら飾りやらリボンやらをぽいぽい抜くと、こんな形になるんだよね。

 夜会とかで凝った髪型をすると、帰って来てから頭痛に襲われたりするんです。だから私も髪を強く結ぶのは得意じゃない。長いと肩も凝るしね。

 長い髪はこの世界の女性の身だしなみに含まれるらしくって、切り揃えながら伸ばし続けた私の髪は、この異世界に落ちた時よりもだいぶ長くなった。人生で最長(この呼び方で合ってる?)記録更新中です。

 腰に届きそうにな私の髪のピンを抜くのは、今ではグンナルの領分になってる。丁寧で素早い、良いお仕事をしてくれちゃいます。

 それくらい、二人で時を重ねているのだ。


「だって頭がぎゅう~ってするんだもの。それに、お母様だっておそろい!」


 顔を上げて子供特有の高い声で笑った女の子の瞳は、金茶色。

 この瞳を私はとても良く知っている。


 強い風が吹いて、桜吹雪が巻き起こる。

 私の服装はピクニックをした時のままなのに、髪は彼女と同じくほどけて、つむじ風にあおられ流れる。

 夢だけど、きっとすべてが夢ってわけじゃない。

 そんな予感を抱えながら、ぼやけ始める夢の終わりを受け入れた。



 ・・・・・・・・・・



「うう……枕が硬いよ……?」

 思わず呟くと。


「第一声がそれか。膝枕に替えはないから諦めるんだな」

 低い声は、大好きな人のもの。


 細く目を開けると、グンナルがこちらを覗きこんでいた。慣れ親しんだ金茶の瞳。

 私に片方の膝を貸しつつ胡坐で頬杖をついている。器用ですね。傾き始めた日差しが、彼の大きな身体に遮られていた。ピクニックはいつの間にかお開きになって、アレク達はいない。ブランケットの上には、私とグンナルだけ。

 しかも私はグンナルのかったい膝を枕に、寝入っていたみたいです。……そりゃ眠りも浅くて夢もみるよね。


「お帰りなさい。早かったのね?」

「休息日だからな。カオルに会いたくて、早く切り上げたに決まってるだろう」

 グンナルの悪だくみしたみたいな不敵な笑みに、小さく噴き出す。

「今朝別れたばかりなのに。じゃあ面接は上手くいった?」

「…………まあ、ぼちぼちだ」

「沈黙が長いです」

「仕方ないだろ。前任者が優秀過ぎた」

 夫の冗談に、乾いた笑いを返しながら身体を起こす。


 ここ数日、グンナルは私の後任者の秘書官補佐選びに頭を痛めてる。

 最近お仕事が忙しいのです。

 正式な妻になった訳だから、雇われの頃よりもずっと采配を振るう範囲が広くなったし、不仲説撤回のお蔭で、社交の機会も増えている。補佐業務と両立は正直厳しい。

 それに加えて――。



「そういえば、寝言を口にしてたぞ。珍しいな」

 起きた私を片膝に乗せたまま、ピクニック用のサンドイッチとキッシュの残りを瞬殺した熊さんが、聞いてきた。食品ロスとは無縁の熊さん……エコだ。燃費はエコじゃないけど。


「ああ、夢を見ていたみたい」

 ほんの少し夢の余韻を引きずりながら、グンナルを見上げる。


「楽しい夢だったか?」

 私の目にかかっていた髪を整えて避けてくれる。その硬い手の感触が心地良くて、猫のように頬を擦りつけて、喉を鳴らしたい気分になった。実際は猫じゃないので、私の喉はぐるぐる鳴ったりしませんが。

 午睡の間、痛くないように髪を解いてくれたことも、寝入る私を起こさず側にいてくれたことも分かっているから、重いだろうと思うのに、いつもこの膝上からなかなか降りられないのだ。


「うん。楽しい夢だったよ。夢の中で桜――私の苗字の由来の木が満開でね。その下でうちの両親に挟まれて、グンナルが緊張しながら酒盛りしてるの。借りてきた熊さんだった。ふふっ、楽しそうだったなあ。……夢もその手で視られたらいいのにね」

 グンナルの右手に触れる。

 そうしたらきっと、告白の時以来くらいで吃驚するグンナルの顔が見られたのに、って悪戯心が湧いた。


「そんなこと望むのは、カオルくらいだ」

 擦れた声がふってきて、胡坐の間に抱き込まれた。大丈夫、郷愁にかられた訳じゃないんだよ。ただ、とっても優しい夢だったから。お裾分けをしたくなってしまっただけ。

 私の定位置はここだもの。

 ここが、私の居場所。


「ねえグンナル」

「ん」

「私、夢の中でこの子と手を繋いでたんだよ」


 触れたままだったグンナルの右手を、そっとお腹の上に移動させる。

 まだまだぺったんこで実感が湧いていなかったけれど、確かにここに新しい命が存在するのだ。数日前のお医者様の検診でわかりました。

 まだまだ私は元気だけど、いつ政務が難しくなるかは分からないし、この先も補佐の役目を続けるのはきっと難しい。だから新しい秘書官補佐の候補を選ぶことになって、グンナルとロレンさんは休息日返上で面接なんてしてる。館内の人達もみんなそわそわしてるし、落ち着かない。それもあって、当事者なのに実感の足りない私は、ピクニックになぞ繰り出していたのです。


 だからあんな夢をみてしまったのかな。


 両親とグンナルが花見をするなんて叶わないけれど。夢に見た彼女は、きっと遠くない未来で私達を待ってる。


「――早急に調整する」

「調整? 何を?」

 ぼんやり夢の反芻をしてたから、真剣な声に意味が汲み取れず首を傾げる。ガシッと肩を両手で掴まれました。痛くないけど圧迫感すごいな……。


「秘書官も補佐も両方増やして、俺の仕事も割り振る」

「いえそれは、ロレン課長が過労死しちゃうので程ほどでお願いします」


 不満げな唸り声と優しい口づけが降りて来たので、慰めるようにポンポンと背中を撫でながら、私も口づけを返した。






 それからしばらくして。

 私達の間に、最初に生まれたのは。

 髪を結ぶのが嫌いな、ちょっとお転婆で、グンナルによく似た金茶の瞳を持った女の子でした。




アルファポリス様転載記念ということで。

このお話、約五年ぶりの投稿となりました。ちょっとノリが変わっているかもしれません。少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。

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