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古いランタンを大切にしていたら、イケオジが現れました ~灯火は想いを繋ぐ~  作者: おかゆ


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9/9

冬-2

買い出しを終えたクララは、その足でギルドへと向かった。



扉を開けると、熱気が体を包み込む。

カウンターの奥では、いつもと変わらずサラが元気に仕事をこなしていた。



「クララさん! 風邪、もうすっかり治りました?」



クララが近づくと、サラはパッと顔を輝かせて身を乗り出してきた。



「うん、ありがとう。もうすっかり元気。心配かけてごめんね」


「本当に良かったです。……それより」



サラは周囲に聞こえないよう、少しだけ声を潜めてニコニコと意味深な笑みを浮かべた。



「オーエンさん、ものすごい寝不足みたいでしたよ?」


「え……?」


「三日間。ほとんど寝ていなかったみたいですね。ルーカスさんのお使いでギルドへ走ってきた時も、髪はボサボサで、目元には隈があって……私、あんなに余裕のないオーエンさん、初めて見ました」



サラの言葉に、クララの頬がみるみるうちに赤く染まる。



ルーカスとディンから聞いた言葉、そしてサラが見た彼の姿。

それらがカチリと噛み合い、クララの胸の中で、オーエンの必死さが実感を伴って膨れ上がっていく。



「クララさんのために、そこまでなれる人なんですから。……ふふ、お熱いことで」


「も、もう! サラったら!」



真っ赤になって足早に帰路へつくクララを、サラは微笑ましい視線で見つめていた。




**




その日の夜。

外はしんしんと雪が降り積もり、世界を静寂で満たしていた。



リビングの薪ストーブがパチパチと爆ぜる音だけが響く中、オーエンは人型の姿のまま、ソファに深く腰掛けていた。



クララは一度寝室へ戻り、家の中は静まり返っている。



最近は、夜になれば本体であるランタンの姿に戻り、ただ棚の上で静かに夜を過ごすだけだった。



だが、今夜はどうしても姿を変える気になれず、自分の大きな手のひらを見つめていた。



(……クララを失うのが、怖かった)



ルーカスに投げかけられたあの問いが、何度もリフレインする。



歴代の所有者たち――クロニク、エリオ、マリア。

彼らの死は、受け入れるべき人間の寿命であり、そういうものだと割り切ってきたはずだった。



なのに、なぜクララが熱を出したあの三日間、自分はあんなにも、狂いそうなほどの恐怖を覚えたのか。



「一緒に暮らす人間を心配する」などという言葉では、到底収まりきらない。



人間たちが言う「家族」という枠組みにも、どこか当てはまらない気がする。



ただ、彼女のいない世界に、自分一人だけが取り残される未来が、どうしても嫌だった。



ーー彼女の苦しむ姿を見るのが、どうしようもなく辛かった。



(この感情は、一体何なのだ……)



オーエンは静かに目を閉じ、胸の奥に眠る何百年もの記憶の海へと深く沈んでいった。



膨大な記憶の断片、かつての所有者たちの姿が、走馬灯のように脳裏をよぎる。



その中に、ひとつ、思いあたるものがあった。



クロニクと共にしていた頃。

彼は旅の途中、のちに妻となる女性の手を優しく握り、ひどく不器用で、けれど愛おしそうな、見たこともないほど柔らかい顔で、こう囁いていた。



『愛してる』



あの時は、その言葉の意味が全く分からなかった。

なぜ人間は、ただの他人に、そこまで深い情を抱くのか。

なぜあんなにも、その人の一挙一動に一喜一憂するのか。



(……ああ、そうか)



クララが笑うと、胸の奥がじんわりと温かくなる。

クララが泣くと、胸の奥が締め付けられるように苦しくなる。

クララが熱を出すと、世界が消えてしまうかのように怖い。



隣に彼女がいないだけで、どうしようもなく落ち着かない。



何百年もの間、ただ傍らで見つめることしかできなかった、人間たちのあの感情。



(……そういうことだったのか)



オーエンの目蓋が、ゆっくりと開いた。



澄んだ琥珀色の瞳に、薪ストーブの炎がゆらゆらと反射する。



クロニクは特別だったわけではない。

エリオも。マリアも。

人間たちは皆、この感情を知っていた。



……あの時、クロニクが口にした言葉の意味を、俺はようやく知った。



だから互いを大切にし、笑い、寄り添い、生涯を共にしたのだ。




**




「オーエン、起きてる?」



不意に、リビングの扉が少しだけ開いた。



パジャマ姿のクララが、手になじんだ布を抱えて、もじもじと立っていた。



「……クララ。どうした、まだ病み上がりなのだから寝ていろ」


「ううん、もう本当に元気。それより……ランタンを磨かないと。ここ数日できてなかったから」



クララは人型のまま座っているオーエンの正面の床にちょこんと座り、彼がランタンの姿に戻るのを待っている。



いつもなら、オーエンは静かにランタンの姿へと変わり、クララの膝の上へ収まる。



春からずっと続けてきた、二人の「当たり前」だ。



クララは布を構え、じっと待っている。

だが――オーエンは動かなかった。人型の姿のまま、ただじっとクララを見つめる。



「オーエン……?」



不思議そうに見上げるクララの前で、オーエンはゆっくりと身をかがめた。



困惑するクララの顔を見つめ、それから、布を持っていない方の手に、ゆっくりと手を伸ばした。



大きな、けれど酷く慎重な手のひらが、クララの小さくて、まだ少し冷たい手に、そっと重ねられる。



クララの手は、何百回も自分を磨き続けてくれた手だ。

本来なら、今夜もランタンへ戻ればいい。

そうすれば、いつもと同じ夜になる。



なのに。

今日は、どうしても戻りたくなかった。



「……磨かなくていい」


「え?」


「今日は……このまま」



オーエンは少しだけ視線を泳がせ、それから意を決したようにクララをまっすぐに見つめた。

耳朶がほんのり赤く染まる。



「……その、このままで、手を、繋いでみたい」


「あ……」



クララの顔が、一気に沸騰したように真っ赤になる。



繋いだ手は少し冷たくて、それでも指先からじんわりと温もりが伝わってくる。



オーエンの手は、少しだけ震えていた。

クララもその手を、そっと握り返す。



言葉はなかった。



それでも。



二人の掌のあいだには、何百年も消えることのなかった灯火とは違う、小さくて新しい灯火が、静かに生まれていた。



ランタンでは決して知ることのできなかった、人の温もりとともに。






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