第70話 初クエストですわ!
パックスウルブスの冒険者ギルドは、今日も多くの冒険者たちで賑わっていた。
ジュスティーヌとアルフォンスは、クエストが紹介されている掲示板前に直行した。一度しかこの場所を訪れていないジュスティーヌだったが、かの有名なアルフォンスのお相手ということもあって、すでに有名人と化していた。二人を知っている、知らないにかかわらず、その場にいた受付嬢や冒険者たちは、親密そうに話す二人の様子を凝視していた。
「あ、これがいい! ゾンビ30体討伐!」
「ジュティ、そこは上級者向けの掲示板だよ。君はこっち」
そういってアルフォンスは隣の、そのまた隣にある掲示板の前にジュスティーヌを連れてきた。初級者向けの掲示板には実に多種多様なクエストが紹介されていた。隣町への荷物の運搬や、町の清掃、畑のお世話まで。迷子のペット探しも悪くはないが、やはり最初のクエストは魔物討伐をしたい。
「じゃあ、これ、トレント15体討伐!」
「ジュティ、モンスターの名前と数だけ見て決めてない? モンスターの生息地や依頼書の難易度もちゃんと見ないと」
トレントは深い森の奥に生息している。ということは、出会うまでがそれなりに大変で、日帰りは難しくなる。これは初級者向けの依頼書にしては割と難易度の高いもので、基本的にはパーティを組んで攻略することが前提のクエストと言えよう。
「うーん、じゃあ、これは? ルキドゥスの丘にいる大爪兎のオス、10体の討伐」
ルキドゥスの丘は、街の周りに広がる平原を抜けた先にある。狩場の位置だけみれば、今初級の掲示板に貼られている討伐クエストの中では一番の近場だ。
「うん、少し数が多いけど、悪くはないな」
「10体でも多いの?」
「そうだよ。オスって限定がついているだろ? ってことは、群れに入れない単独行動をしているやつを探した上で狩る必要があるんだ。大爪兎は一夫多妻だからね。どうしてもオスが余るのさ」
「一夫多妻……モンスターの世界も世知辛いのね……」
モテないオスは、自暴自棄になって――というわけではないのだろうが――人里を荒らすんだそうだ。だから、定期的に一定数を駆除する必要がある。
言うなれば、女性にモテないセドリックとか、レナードとか、ジーニアスみたいなオスを駆除するのね。この腹黒皇子は、群れでハーレムを形成する勝ち組のオスのほうだものね。
「俺はジュティ以外の女性を妻にするつもりはないよ」
安定の特技、心を読んでくるやつだわ……。
こうして、ジュスティーヌの初クエストは、モテない大爪兎のオスの討伐となった。
「よし、それじゃあ、まずは買い物に行こう。今回は近場とはいえ、冒険の前には入念な準備を怠らない癖をつけるためにもね」
冒険者ギルドの近くには、冒険者向けの武器屋や道具屋などが軒を連ねている。似たような店も多い中で、アルフォンスはそれぞれの店がどんな商品を扱っているのかなど詳しく説明してくれた。
アルフォンスは一軒の店の前に来ると足を止めた。木の看板には消えかけた文字で「グラス薬草店」と書かれている。ジュスティーヌは全く工夫のない店名だなと思った。だが、逆にこの店のことを忘れることはまずないだろうとも思う。
この店は、その名の通りの薬草店でもあり、草食系モンスターが好む野菜や果物なども扱っているのだ。要は、エサをつかってモテない大爪兎をおびき寄せようという作戦だ。
「花より団子ってわけね」
でも、花より団子でよかったと思う。仮にメスのフェロモンでもっておびき寄せるのだとしたら、そのオスが哀れでならない。ジュスティーヌは早く強くなって、トレントとか、ゾンビとか性別関係ないモンスターを狩れるようになりたいと願った。
「どの世界も弱肉強食で世知辛いのね……」
人間だけではない。動物だってモンスターだって、幸せな結婚をするのは簡単なことではないのだ。
「先に腹ごしらえをしておこう。食べたいものはある?」
アルフォンスによると、大爪兎はどちらかというと夜行性のため、昼間は穴ぐらで寝ていることが多いらしい。夕方以降を狙って狩りをする方が効率がいいそうだ。
「場合によっては今日は寮に帰れないかもしれない。その時は俺の屋敷に泊まるのでいいかな?」
なにそのさらっとお泊りを促すノリは? 絶対に、寮に帰れなくなりそうだから、これでいいと思ったよね、腹黒皇子さん?
「あ、いや、俺の屋敷といっても、公邸だから安心して。ちゃんと女性もいるから」
へー、そう。わたしと結婚したいとかなんとかいいながら、女性たちと公邸で楽しく暮らしているんだ、普段は? それはそれは、ようございますですわね。さすが、勝ち組のオス様は違いますわぁ。
ここまで説明しても露骨に冷ややかな眼差しを向けるジュスティーヌの表情は変わらなかった。むしろ、軽蔑の度合いが数倍増したような気もする。
「参ったなぁ」
アルフォンスは本当に困ったように苦笑いを浮かべながら頭を掻いた。
「よし、わかったよ、ジュティ。まずは公邸に案内するよ。そのほうが君も安心だろうからね」
こうして二人はブリオントクロヌ帝国の公邸にやってきた。かの国の第二皇子であるアルフォンスは、大使の立場に当たる存在だ。といっても実務を担っているのは他の官僚たちで、アルフォンスは表向きの顔としての役割の方が大きい。
さらに、彼が冒険者として名を馳せていることは、外交の場でもプラスに働いている。そのため、この公邸には「冒険なんてしてないで仕事をしてください」などと彼に小言を言うものは、誰一人としていなかった。
二人が公邸に着くと、初老の執事が出迎えてくれた。アルフォンスは食事の支度と、今夜、ジュスティーヌの世話を頼む女性たちをダイニングに呼ぶように指示を出した。




