第208話 人買い伯爵を捕らえろ! ですわ。
「誰か来たようだよ」
「本当に?」
アルフォンスは風の力を使って、周囲の音を自身の耳まで届けているらしい。
教会のドアを開けて、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる足音が聞こえるらしい。
しばらくすると、その音は、ジュスティーヌの耳にも届くようになった。
ジュスティーヌは敢て複数の子どもが扉の向こうで食事をしているかのように装うため、あえてカチャカチャと食器を鳴らした。
コンコンコン。
食堂のドアがノックされる。アルフォンスは静かに立ち上がると、ドアノブに手をかけて、ゆっくりと戸を押した。
そこには、仮面を付けた大柄な男が立っていた。
「迷える子羊よ、このような夜更けにわが教会に何のご用でしょうか?」
神父の服を着ているものの明らかに見知った神父ではない男の姿を見て、その男は外に走って逃げようとする。が、それよりも先にジュスティーヌが呪文を唱える声が響いた。
「スローダウン!」
男はクモの巣にでも捕らえられたかのように動きが鈍くなると、あっという間に後ろ手にアルフォンスに捕らえられ、床にねじ伏せられる。
アルフォンスは反対の手で男の仮面をはぎ取ると、一見すると紳士風の、30歳前後と思しき男の顔が現れた。
男も手練れだというだけあって、必死に抵抗するもののアルフォンスに制圧された状態から脱することはできずにいた。
「貴様ら、何者だ! 神父と子どもたちはどうした?」
男は、ある意味で場違いなセリフを喚き散らす。
「それはこっちのセリフよ」
「神父ならばここにいます、迷える子羊よ。あなたの悩みを聞きましょう。さあ、己の罪を告白なさい」
「……アル、ふざけないで」
「ごめん、ごめん、せっかくこんな格好しているからね。たまにはこういうのもありかなと」
暴れる男を組み敷きながらも、余裕の皇子様スマイルを見せるアルフォンス。
「あっ、ちなみに、あなたを押さえつけているその男は、神父どころか大魔王のアルフォンスだから。またの立場はブリオントクロヌ帝国の第二皇子よ」
「そして、お前に魔法をかけたこの美女は大魔王の妻にして大魔女のジュスティーヌ姫だ」
「おおむねあっているけど、妻じゃないから! で、ここにいるドラゴンの赤ちゃんはわたしの相棒のうめぼしね」
「ピー! ピー!」
「さあ、こちらは名乗ったわ。で、お前は何者かしら?」
「ド、ドラゴンに、アルフォンスだと……」
男はアルフォンスの名前を聞いて、ドラゴンの子どもを目にすると抵抗をやめた。
ちょっと、何よそれ! 大魔女ジュスティーヌ様にも恐れおののきなさいよ!
ジュスティーヌは凶悪な目つきになると、地団太踏みながらアルフォンスに命じる。
「アル! そいつはもうボコボコのけちょんけちょんにしちゃっていいから!」
「うん、そうしたいのも山々なんだけど、一応聞きたいことがいろいろあるから、ボコボコにするのはその後でね」
「さあ、洗いざらい話しなさい! 大魔王の餌食になりたくなかったらね!」
「お前、俺の名前を知っているということは、どこぞの騎士か冒険者だな」
男は当然のように口をつぐんでいる。
「話さない気ね。うめぼし、おいしそうなお肉があるわよ。ちょっとかじってみたらどうかしら?」
「ピー! ピピー!」
うめぼしは男の元まで行くと、大きな口を開けて長い舌を出すと、男の顔をひと舐めした。
「ひぃぃ!」
男は軽く悲鳴を上げるものの、口を割ろうとはしなかった。
「なるほど。お前はどこぞの国の騎士と見た」
立場を言い当てられて、男の顔がわずかにこわばる。
「ふむ。まあ、ここまでわかれば、俺の人脈を持ってすれば、お前が何者かはすぐに判明するな」
「ここから連れ出した子どもたちをどこに連れて行ったの?」
「聞かれて大人しく答えるとでも思ったのか、バカが!」
アルフォンスとドラゴンは恐れているのに、悪女ジュスティーヌ様を恐れない男。不用意な一言で、ジュスティーヌの怒りの導火線にさらに炎が引火することになる。
「……何ですって! ファイヤーボール」
ジュスティーヌは軽く呪文を唱えると、小さな炎の玉が男の髪に燃え移る。
「あっち、あちい! た、助けてくれ!」
「ほらほら、早く話さないと、全部燃えちゃうわよ。おバカさん」
「パックスウルブスだ! そこにいる商人の男に渡した! その先は知らん!」
やられたらやり返す主義のジュスティーヌ。つるっぱげのピンチに、男は知っていることを暴露した。
「あ、その炎は、対象物を全部燃やしたら消えるから」
「えっ……」
「わたしの魔法の腕に感謝しなさい。髪以外は燃えずに済むのだから」
男の髪はしばらくの間、メラメラと燃えて、すべて灰になったところで無事に鎮火したのだった。
「愚かなハゲ男よ。お前は騎士でありながらも、どうして人身売買のような悪事に手を染めたの?」
「ひ、必要だったんだ。金が……」
ハゲ騎士は無念そうにつぶやいた。
「ふむ。なるほどな。ジュティ、少し読めてきたよ、俺」
「えっ、本当に? どういうこと?」
「うん、ジュティもこの前のサミットに参加して聞いていただろう? インテーリ王国で病気を理由に辞める騎士が続出しているって。このハゲ男もそれじゃないかな」
「なるほど」
男はその話を聞いて、否定も肯定もしなかった。が、どこか諦めたような顔をしているように思えた。
「そうだろ? ハゲ男。お前の家族が病気で、治療に多額の金がかかる。その治療費の代わりに悪事に加担させられていた。違うか?」
「背に腹は代えられなかったのかもしれないけれども、何の罪もない子どもを犠牲にするのは許されないわ」
「ハゲ男、子どもたちの捜索に協力するというのであれば、この先、お前の家族の治療には俺が協力しよう」
アルフォンスは責め立てる一方ではなく、男を懐柔する策に出た。
「本当……ですか?」
「ああ、もちろんだ。これでも俺はそれなりに権力も財力も持っているからね」
「殿下、感謝いたします。この私にできることであれば、何でもさせていただきます」
「よし、決まりだな」
こうして、男は他の罪人たちと共にパックスウルブスに護送されることになった。
「ジュティ、あのハゲ男の話を聞いてどう思った?」
「うーん、なんというか、治療費が嵩んでってところが、どこかで聞いたことのあるような話だなぁと。それに酒場で見つかったビーストバイタリティも怪しいというか」
「うん、俺も同じことを考えていたよ。この事件の背後には例の商会が暗躍してそうだな。そうなると、インテーリで消えたほかの騎士も似たような汚れ仕事をさせられている可能性が高いな。ジュティ、真相解明のため、この先も協力してくれるかい?」
「もちろんよ!」
「ああ、名実ともに四六時中ジュティと一緒にいられるな」
「えっ?」
「さあ、子どもたちはホテルで待っているよ。急いで帰ろう」
またしてもいつの間にか腹黒皇子の罠にはめられ。
だが、平和のため、正義の実現のために身を粉にして働こうと心に誓う悪女姫様だった。




