第1話 悪役令嬢、華麗にデビューですわ!
小高い丘の上に立つ白亜の荘厳な神殿では、今まさに王族同士の結婚式が行われようとしていた。
光の勇者が世界を救った絵をかたどった鮮やかなステンドグラスからは眩いばかりの光が降り注ぐ。
愛を司る女神像が見守る祭壇の前には、割とイケメンな王子Aの姿があった。
そして、しずしずとバージンロードを歩く、純白のドレスに身を包んだ美しい姫。そのアメジスト色の瞳には、なぜか愁いの色が宿っていた。
「ああ、美しいジュスティーヌ姫、あなたのような方と結婚できるとは、私は何て幸運な男なんだ」
新郎である王子Aは、誓いのキスが待ちきれないとばかりにジュスティーヌの手を取り、口づけをしようとする。
とその時――
「その結婚、待った!」
教会の扉が勢いよく開け放たれる。そこに、一人の男が姿を現した。それなりにイケメンな王子Bは大股で祭壇の前まで来ると、王子Aに鋭い視線を向け、手袋を投げつけた。
「貴様にジュスティーヌ姫は渡さん! 姫の夫の座を賭けて、決闘だ!」
「いいだろう! 貴様を倒して、名実ともに姫を私のものにする!」
うそっ! わたしを巡って、王子様たちが神聖なる神殿で決闘だなんて! キャーーーっっ。
美しい姫を巡って、死闘を繰り広げようとする男たち。突然の展開にジュスティーヌは戸惑った。
フリをして、実はめちゃくちゃ喜んでいた。
美しい姫を巡る男の戦いはこれで終わらない。今度は、参列者の中からかなりのイケメン王子Cが立ち上がり、声を上げる。
「それならばこの僕も姫の夫に立候補させてもらおう!」
姫を巡る戦いはついに三つ巴に!
「姫様、こちらに!」
ジュスティーヌの護衛騎士(見習い)を務める幼馴染でなかなかのイケメン、セドリック伯爵令息がジュスティーヌをかばうように前に立った。
「もしかして、セディ、あなたも、わたくしのことを……!」
「いえ、そういうわけではないです。一応護衛騎士なので庇うフリをしただけです。俺は命がけで夫に立候補なんてしませんからご安心を!」
「はあ!? 護衛騎士になりたいんだったら、むしろ命を賭けなさいよ!」
「いえ、俺は自分が一番大事なので、それは遠慮しておきます」
「なんですって!」
三人の男たちは剣を抜くと、お互いを牽制するかのように身構える。
ガッシャーンッッ!
急に神殿の高窓が割れたかと思うと、もう一人男が飛び込んできてジュスティーヌの前に軽やかに下り立った。
光の帯のように煌めく長い金の髪をなびかせた男は、目を奪われるほどの美貌の持ち主にして、世界最強の男――
――伝説の光の勇者ではないか!
男はセドリックをワンパンで吹き飛ばすと、剣を抜き、一刀のもとに三人の王子たちをも吹き飛ばした。
圧倒的な強さ。これぞまさに伝説の勇者の力。
思わず見とれて身じろぎできずにいるジュスティーヌを、伝説の勇者は軽々と抱き上げる。
「さあ、姫、私と参りましょう! 大魔王討伐の旅に。私にはあなたとの愛の奇跡の力が必要なのです!」
「ああ、勇者様!」
「愛しています。ジュスティーヌ姫」
どっしーーん!
「痛っ」
ちょっといいところなのに、邪魔してくるのは誰よ! セディだったら、許さないから!
ジュスティーヌの頭に何かがぶつかり、思わずさする。
あら? ここはどこ? 勇者様は?
見ると、そこは見慣れた自分の部屋だった。そして、なぜかジュスティーヌは床で寝ていた。
「もう! すっごくいいところだったのに!」
外はまだ暗い。
ジュスティーヌはベッドに這い上がると、もうひと眠りすることにした。
もう一度、今度こそ、勇者様とともに大魔王の討伐に行くのだ!
◇ ◇ ◇
「身分の低いお前に、わたくしをエスコートするという光栄を与えてあげたのよ、感謝なさい」
グランソード王国の第一王女、ジュスティーヌは、真顔とは思えないほど麗しい面持ちで隣にいるセドリックを見つめると、鈴を転がすような美声でそう告げた。
「って、皆の前で言うから」
そう宣言したジュスティーヌは、先ほどとは別人のようないたずらな笑みを浮かべた。
ジュスティーヌは、婚約や結婚のしがらみから逃れ、自由に生きるため、最強の悪女、そしてよく恋愛小説の中で婚約破棄される悪役令嬢になることを決意している。
そのジュスティーヌは、15歳になった。王室主催のパーティで、いよいよデビュタントを迎える。いわば彼女の悪役令嬢としての輝かしい第一歩となる記念すべき日だ。
エスコートは幼馴染で1歳年上の伯爵令息、彼女の護衛騎士という建前で実情はただの話し相手であるセドリックだ。
流石にこのような悪役令嬢ど真ん中な台詞をいきなり言うのは、相手がセドリックといえ、ほんの少し申し訳ない。そう思ったジュスティーヌは、練習を兼ねて予告したのだ。
「この程度のセリフを躊躇してしまうとは、悪役令嬢としてはわたしもまだまだ道半ばね」と、愁いを帯びた瞳でため息をつく。
セドリックは苦笑いを浮かべて、「なんですか、それは……それよりもその宝石の数、もしかして、”悪役令嬢”として他のご令嬢たちにマウント取ろうとしてます?」と返してくる。
そう、今日の彼女は全然洗練されていない、ただただ華美なだけのドレスを身に纏い、さらにありったけの高価な装飾品でやたらめったら身を飾り立てたのだ。
本日の衣装のテーマは、名付けて、”成金風悪役令嬢スタイル”である。
金がかかるのにセンスがないなんて最低すぎて最高だわ! とまあ、これだけで随分と箔の付いた悪役令嬢に見えるじゃないのと、鏡の中に映る自分に向かって、ルンルン気分で自画自賛してみる。
宮廷騎士団所属の騎士見習い・セドリックは、なかなかのイケメンでまあまあの剣の腕を有していた。ジュスティーヌをよく理解してくれている彼と結婚すればそこそこ幸せになれるかもしれないが、いかんせん、伯爵と王女では身分が違いすぎる。
悲劇的なことにこの国唯一の王女であるジュスティーヌにはこのそこそこの結婚を夢見ることさえも許されないのだ。
ジュスティーヌは、王侯貴族の虚像に満ちた世界に煩わされることなく自由に生きることを願っていた。
だが、賢い彼女は知っていた。王女にとって結婚で幸せになる道は、針の穴にドラゴンを通すよりも難しいと。
持てる知識を総動員させて熟考した彼女が出した結論は、そう、誰とも結婚しないことだった。
では、どうすれば結婚から逃れることができるのか。
それは…………
悪女または悪役令嬢になることだ!
まず彼女は、寝る間を惜しんで体を鍛えた。あらゆる書物を読みふけり、剣の腕を磨き、魔法の習得にも力を注いだ。強くないと悪役令嬢のことを皆が恐れないと思ったからだ。それにこちらとしても自信がないのに強い態度にでることなどできない。彼女の「悪役令嬢化計画」に対する熱意は本物だ。
それに、ジュスティーヌは、不幸な結婚を回避したその先に夢があった。
そう、冒険者になって悪の大魔王を倒すのだ!
といっても、悪の大魔王は、数百年前に討伐されて以来、この世界に存在していないのだが……。
鍛錬は彼女にとって一石二鳥ともいえた。そして、気が付いたら、彼女はその辺の下っ端騎士はまるで歯がたたないほどの実力を身につけていた。
◇ ◇ ◇
この日はジュスティーヌのほかにも数名の令嬢がデビュタントを迎えることになっていた。紹介された令嬢たちは、エスコートの殿方とともに入場し、初々しく挨拶をする。会場は拍手とともに温かな空気に包まれていた。
この生ぬるい空気を一気にぶっ壊す。そして悪役令嬢に相応しいデビューを飾るのだ。
ジュスティーヌとセドリックの名が告げられ、二人は中央の階段からゆっくりとパーティ会場へと降り立った。
ジュスティーヌの衣装は確かに”成金風悪役令嬢スタイル”かもしれないが、彼女自身は普通に愛らしい容姿の姫君だったこともあり、会場の温かな空気はさらに盛り上がった。
そうなのだ、ジュスティーヌはかわいいのだ。
ストロベリーブロンドのふんわりとした髪にアメジスト色の大粒の瞳、透き通るように白い肌に華奢な身体。ここだけみると、むしろ悪役令嬢に虐げられる聖女ヒロインのお姫様役のほうがお似合いなのだ。
自分が罪なぐらいかわいいことはジュスティーヌも十分承知している。だからこそ、彼女の容姿目当てのどこぞの腹黒王子に見初められでもしたら大変なのだ。
とにかく最初が肝心だ。
デビュタントの目玉と言ったら、そう、ファーストダンスだ! これこそ彼女が悪役令嬢であるとこの会場中に宣言する絶好の機会である。
「この美しいわたくしと最初のダンスを踊る幸運な紳士はどなたかしら? われこそはと思うものは名乗りを上げるといいわ!」
通常、ファーストダンスは、婚約者かエスコートの男性と踊る。ジュスティーヌは、悪役令嬢らしく初手から反則技をぶち込むことにしたのだ。
彼女は一体誰とダンスを踊るのか、踊らないのか。本日デビューの悪役令嬢ジュスティーヌの運命やいかに!?
第一話はちょっと長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました!




