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ある鍛冶屋の悲劇~元公爵令嬢と生意気ネクロマンサー シーズン2~  作者: そら・そらら


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6.学問を続けられなかった女性

 レオンはこの職員というやつが好きではないから、ひとりで博物館に行くのを避けていた。


 けれど目の前の男性は、そういう種類の人間とは少し異なるようだった。それに今は私もいるし、頼まれてもないのに解説をしてくるとも思えない。


 今回は事情があって、レオンの方から質問を投げかけた。

 ちなみに、私にしがみつかれたままで。


「あの。この石器を使っていた古代人の死生観ってわかりますか?」

「死生観?」

「はい。人が死んだ後、どこに向かうのかとか」

「そうだね……正直なところ、確かなことはわからない。彼らの文化は、残された物から類推するしかない。彼らは文字を持たなかったから」

「なるほど」


 それは、確かに死生観を知るには絶望的だ。記録が何も残っていないのだから。


「ただ、死者の埋葬自体はしていたことがわかっている。興味深いのは、埋葬場所と生活の場所を区別していなかったということだ。この時代の人間は住居を建てることはせず、洞窟に住んでいた。そして洞窟の地面を掘って埋葬していたんだ。これは、狩りで得た獲物の骨を住居から離れた箇所に捨てていた特性を考えると、特筆すべき事実だ。そしてもうひとつ。女性が出産する際は洞窟の中で行われていたらしい。彼らが死や精神をどう捉えていたかはわからないが、死者のすぐ上で出産を行っていたことを考えると、東洋の宗教に見られるような転生の概念が」

「も、もう大丈夫です!」


 なんとなく知りたいことはわかったけど、そこに至るまでに早口で懇切丁寧な説明がなされていた。


 それはいいのだけど、レオンが止めなければ延々と話し続けてそうだ。学者ってこんな人ばかりなのか。善人なのはわかるのだけど。


 確かに、レオンが辟易として博物館を避けるのもわかる気がする。


 そしてどうやら、古代人の霊が私に取り憑いたわけではないらしい。あの人たちは生まれ変わりを信奉していたそうだし、この石器の持ち主も生まれ変わったのだろう。

 その後どうなったかは知らない。


 となれば、私に憑いている霊の正体は。


「あの。この石器の所有者の方について、なにかわかることはありませんか?」


 次にレオンが口にしたのは、一見すると奇妙な質問だった。


 普通に考えれば展示品は博物館の所有物。けど今回は少し事情が違う。


 石器の傍らにある説明文には、国土の北方にある山間の洞窟で発見されたものと書かれている。発見者として女性の名前が記載されていた。彼女は石器を生涯所有していたらしい。

 彼女の死後、貴重な資料として博物館に寄付された。


 所有者とは、この女性のことだ。


「ああ。彼女は……有名な方だよ」


 奇妙な質問に、職員の男性は特に疑問を持つ様子もなくて。


「歴代の王立学校の生徒の中でも上位に入る優秀な成績を修め、その年の首席だったんだ。歴史学、特に古代の痕跡に興味を持っていた。その石器も、在学中に発見したものだ」

「それは……行動力のある方だったのですね」


 微かな驚きと共に、私は返事をした。


 学校があるのは、ここ王都だ。そして生徒のほとんどは在学中は王都から出ない。休暇中に実家の領と行き来して、家族に旅行に連れて行かれるくらいか。

 研究のために北方の山岳地帯まで足を伸ばすなんて、普通じゃない。女子生徒ならなおさらだ。


 けれど彼女は実行して、成果をあげた。

 それが彼女の、学者としては最大の功績だったのだろう。


 女は家のために尽くせ。今も続いている考え方は、当時はより強かったのだろう。

 結局彼女は卒業し、学校に残って学問を続けることを許されずに家に戻され、家が決めた相手と結婚することになった。


「彼女のその後の人生は、そこまで悪いものではなかった。旦那さんは妻の意思を尊重し、学校に多額の寄付をし、庶民から賢い子供を何人か養子にとって学校へ行かせた。けれど、彼女自身が学内で研究に関わることはついになかった」

「悲しい話ですね」


 わかるとも。お金持ちの妻という椅子に着かされた彼女は、この石器だけは手元に置いて、楽しかった学生時代を思い起こしていたのだろう。

 理解のある夫と、学業に専念できる子供たちに囲まれて、悪い人生ではなかった。けど、未練は残っていたのだろうな。


 しばらく、沈黙が流れた。説得で彼女の未練を晴らすのは可能なのかと私は考えていた。


 上流階級の犠牲になった女性を救うには……。


「もう! あなたはまた! 辛気臭い話ばかりして!」


 不意に、知らない声が聞こえた。説明をしてくれた男性職員に向けられた言葉なのはわかった。

 短い髪の、活発そうな若い女性が、男性の方に歩み寄ってきた。


「またお婆ちゃんの話してたの?」

「お婆ちゃん?」

「そう。彼女の孫だよ。養子の娘だけどね」


 職員の男性が、私にそっと教えてくれた。


「貴族の娘だけど、こうやって学校に留まり研究を続けている。本人が優秀なのが大きいけれど……家の方針もあるからね」


 女性が研究職を続けられる家、か。


「だからー! 人の家のこと、あんまり話さないでよ」

「でも、いいお祖母様だったろ?」

「そうだけど。……はい、わたしがこうして学者をやれてるのは、お婆ちゃんのおかげです。お婆ちゃん、ありがとうございます」


 女性職員はそう言いながら、石器の前で手を菱形に合わせた。


 偶然そうなっただけかもしれないけれど、これは祈りの言葉だった。格式は無い。けれど死者への敬意はあった。


「どうか冥界での暮らしが、安らかになることを祈ります」


 レオンも小声で祈りを唱えて、わからないように石器の前に塩を数粒置く。

 それで道は開けた。


 レオンは私に向けて、小さく頷いた。

 ひとりの彷徨える霊は、無事に冥界へと行ったらしい。

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