5.原始人は神を信じない
これは再度人間の軍が領地を奪還した後、戦場で見つかったものらしい。所有者の本家はその後何らかの事情で断絶して、鎧は博物館に寄付された。
もちろん、そんな不名誉なことまでは展示品の横の説明には書いていない。けど、当該の戦闘について調べればわかることだし、有名な戦いでもある。
そんな戦いにまつわる霊が私を転ばせたわけだ。
二百年前の持ち主なのか、それとも凄惨な戦いで死んだ周りの誰かが近くの鎧に取り憑いたのか。没落した貴族の未練なのか。
あるいは、その全部なのかも。
確実なのは、かつて鎧に憑いていた霊が私に憑き直して、改めて私を転ばせたわけで。
「れ、レオン……」
彼を呼ぼうと振り返る。
レオンは竜の骨格をまじまじと見つめていた。なによ。そんなに気になるのかしら。ただの骨、ただの死体じゃない。
そうだった。あいつ死体を蘇らせる仕事をしてるんだった。まさか、竜を蘇らせることとか考えてるのじゃないだろうな。
大声で呼ぶのは憚られた。ここは学問の場。図書館と同じで、基本的には静かにするべきだ。
他にもお客さんは何人もいるし。さっき声をかけてきた男性とか。
彼は血塗られた歴史を持つ鎧を凝視していて、元々深い眉間の皺をさらに濃くしている。
内面は知らないけど、怒らせたらまずい気がした。顔が怖いし。怒ってるようだし。
「お、お願いだから、転ばさないでね。後で冥界まで送ってあげるから。大人しく向こう行きなさいよ」
聴いてるかは知らないけど霊たちに語りながら、ゆっくりとレオンの方まで歩いていく。
「あはは! なるほどな! 確かにここは霊の宝庫だ」
「宝庫ってなによ!? ていうか冥界まで送ってくれるの?」
「送ってやるよ。それが俺の使命だからな」
博物館の休憩スペースで事情を話せば、レオンは塩を私の前に落としながら祈りを唱える。
「お前の死は既に歴史レベルの過去になってるんだ。そろそろ冥界まで行け。ほら早く。行くんだ」
「なんかお祈りが雑なのよねー」
本気を出せば、もっと丁寧なお祈りだってできるのに。
「個々の霊を慰める言葉が無いと駄目かもな。どんな死者だろう」
「二百年前の砦の防衛戦の死者。それか鎧の所有者や、断絶した貴族の家」
「なるほど。そりゃ未練もあるよな。魔族なんて、降って湧いたような怪物どもに殺されるなんて、あんまりだ。それを救うのが、忌々しいネクロマンサーの俺っていうのも納得いかないだろうけど」
いやいや。わざわざ救われたくなくなるような事を言うな。
「でもな。あんたたちは冥界に行かなきゃいけない。ここは死者が存在すべき世界じゃない。神様の元へ帰ってくれ。向こうには、あんたの家族もいるはずだ」
不器用ながらも、レオンは言葉を尽くして霊に語りかけた。
それがどこまで通じたかはわからないけど。
「あんたたちが頑張ったおかげで、魔族はいなくなった。この二百年、世界は平和だ。お前たちは、ずっと博物館にいたわけじゃないだろ? 学生だったルイに憑いてから、ある程度この国を見たはずだ」
そうだ。彼らは私がレオンと出会った頃に憑いていた、百体ほどの霊に含まれていたはず。
「戦争は起こってない。もちろん、とんでもない馬鹿や悪人もいて、騒ぎを起こすこともある。けど、それに対処するのは生者の仕事だ。どうか、安らかに旅立ってくれ」
そんな感じで言葉を尽くせば、霊たちは納得したらしい。私には見えないけれど、冥界に行ったのだろう。
レオンは祈りをやめた。
「他には、転ばせた霊に心当たりはあるか?」
「あー。一万年前の石器に憑いてた霊。たぶん持ち主」
「それはない。一万年前の人間は俺たちの神を信じてない」
「へ?」
その返答は予想してなかった。
「今の国教。世界を作った創造神を奉る宗教が信奉され始めたのは、およそ二千年前まで遡ることができる。けど、それ以前には痕跡が見つからない」
世界を作った始まりの神の宗教が、世界が作られた後に成立して信じられ始めたというのも奇妙な話だ。
「他の国では違った宗教があるわけだし、大昔にはその文化に合わせた死生観があった。一万年前の、文明の始まりとも言えないような生活をしていた人類にも、独自の神とか死後の世界の概念があったのだろう」
「そう、かもね」
創造神は世界を作った。けど、そうじゃないと考える宗教は他にもある。
他の宗教や、国教の成立前の宗教の存在と自分たちの世界観の折り合いについては、国の宗教家たちの間で意見が割れているらしい。
間違いなく神や冥界や霊の存在を知っているレオンは、ドライで寛容な考え方をしているようだけど。
「彼らの霊が存在したとしても、行くのは冥界じゃない。たぶん、ルイに憑いている霊とは根本的に違っているし、憑くことがそもそもできないのかも」
「けど、私は転んだのよ?」
「そうだな。可能性は二つだ。古代人の死生観も国教のそれに似ていて、ルイに当たり前に取り憑いた。となれば俺は、言葉も文化もよく知らない古代人を説得することになる」
「気が進まなさそうね。もうひとつは?」
「国教を信じている他の霊が、石器に取り憑いてたかだ。とにかくもう一回展示品を見てみよう」
「ええ。気が進まないけど」
「お互いにな」
レオンの手を握って寄り添いながら斧の展示室に向かって。
「みょわーっ!?」
案の定転んだ。バランスを崩す瞬間にレオンに抱きついたところ、ふたり揃って転んだ。
「なにすんだよ!」
「だってー!」
「あの。お静かに」
「あ、すいません……」
博物館の職員だろうか。気弱そうな男性が、遠慮がちに静寂を求めてきた。




