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ある鍛冶屋の悲劇~元公爵令嬢と生意気ネクロマンサー シーズン2~  作者: そら・そらら


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58/60

58.終焉と、開かれた未来

「お前たちか」


 鎧を纏ったジャンは、レオンの登場に大した驚きを見せなかった。


「こいつはアニエスを拐った。無理矢理にでも妻にしようとした」

「そうだな。生かしておく価値はない。俺もそれには同意する。けど殺すな。死んだほうがマシって思えるくらいの怪我に留めておけ。俺は、死者には慈悲しかかけたくないんだ」

「じゃあ、どうすればいい?」

「手足をそのハンマーで砕け」


 悲鳴があがった。ドヴァンのものだ。

 助かったとでも思ったのだろうか。


 子供がそんな残酷なことを言うはずがない。純粋な子供が優しく助けに来てくれたなんて、都合のいい幻想を抱いた。極限状態の心境だから、そう思うしかなかった。

 子供は残酷なものなのに。分別のついているレオンは、まだ慈悲深い方だ。


「た、助けてくれ」

「助けただろ。お前はもう少しで死ぬところだった。ジャン、ちゃんと仕留めろよ。俺はアニエスを助けて、あの女を捕まえる」


 ドヴァンの命乞いに、レオンは気のない返事をしてアニエスたちの方へ向かっていく。


「待て。その女は親父の仇で」

「知ってる。だからジャンが痛めつけて仇を取れ。俺は逃げられないようにするだけだ」


 レオンはナイフを抜きながら、アニエスとユレーヌの方へ歩いていった。

 よく研ぎ澄まされたナイフだ。僅かな光を受けてきらりと輝く。それを見たユレーヌは小さく悲鳴をあげた。


「や、やめろ! 来ないで! 来ないで!」

「うるさい」


 女性の顔を蹴り上げることに躊躇いがある子ではない。踵がユレーヌの鼻をへし折って、女は金切り声を上げて顔を押さえた。


「アニエス。逃げたければ逃げてもいい。見てて、あまり気持ちのいいものじゃないから」


 ロープをナイフで切ってアニエスを解放したレオンは、そう語りかけた。でも。


「ううん。逃げない。ジャンが助けてくれたの。わたしのために。逃げるはずないよ」

「そっか」


 アニエスの目は、鎧を纏ったジャンにまっすぐ向いていた。


 そんな彼は、ドヴァンにハンマーを振り下ろしたところだった。

 足から力が抜けて窯の上から動けなくなったドヴァンの片腕を、ハンマーが粉砕する。


 鍛冶屋にとって大事な窯ごと、腕が砕けた。レンガの破片と肉片と血がぐちゃぐちゃに混ざり合う。土の床の上に血の模様が描かれる。

 痛みにドヴァンは悲鳴をあげ、なんとか逃げようとした彼の膝も、ハンマーの餌食となった。


 骨が割れる音。肉が砕ける音。ドヴァンの悲鳴。


「あ、あがっ、あ、あ……」


 最早言葉を話すこともできなくなったドヴァンは、その場で転げ落ちることもせず、怯えた目をジャンに向けるだけだった。

 ジャンは次に、ユレーヌの方に歩いていった。


「あ、や、や、やめて……わ、私、悪くないの……。ぜ、ぜん、ぶ。ドヴァンにい、いわ、いわれて、やったの……」


 ユレーヌも腰が抜けていた。必死にジャンから逃げようとするけど、無理なようだった。


「親父の仇だ」

「違うの! セレムの実なんか知らない! あいつが! 公爵令嬢が悪いの! そうよ! あいつよ! あいつがジャニドを殺したのよ。あの性悪女が!」

「殺す理由がないでしょ。あと、その公爵令嬢は私の姉よ」

「そうだな。ジャン。こいつはルイの姉を悪く言った。俺にとっても許せないな」

「あああっ!」


 別に私にとっては、姉がどう言われようと構わないのだけど。ユレーヌに、墓穴を掘ったと深い絶望を与えるのには十分だったらしい。


 ガタガタと震え、白目を剥いて気絶しかけていたユレーヌだけど、投げ出された片足に振り下ろされたハンマーによって強制的に覚醒させられた。

 ぎゃあという汚い悲鳴。そこに、さらにハンマーの音がして、ユレーヌの利き腕の肩が砕ける。血が飛び散って、床に赤い模様ができた。


「親父は死んだんだ。お前のせいで。だからお前にも、相応の痛みをくれてやる」

「や、やめ。やめて。わ、わた、わたし悪くない。全部、お父さんが。アニエスが。鍛冶をさせてくれなかった。鍛冶をするって生意気を」

「黙れ」


 ユレーヌの、片膝から先がぺしゃんこになった。さらに、無事だった片腕も、手首から先が潰される。この手は一生使い物にならない。

 ちょうどその時、家の方からミシミシと音が聞こえてきた。


「潮時か。ジャン。アニエスと一緒に逃げろ」

「いいのか?」

「後は任せてくれ」

「……お前は何者だ?」

「ネクロマンサー。死者に奉仕するのが仕事」


 レオンの説明は明らかに不足していて、ジャンは正直なにもわからないだろう。

 ただ、信頼はしたらしい。


「わかった。ありがとう。鎧はここに置いていく」

「そうだな。逃げるのに邪魔だからな」

「ジャン!」


 ハンマーを捨て鎧を外していくジャンに、アニエスが駆け寄った。


「来てくれるって信じてた!」

「アニエス。怪我はないか?」

「うん! ほらこの通り! 元気だよー!」

「そうか。お前は相変わらずだな」

「どういう意味かな!?」

「強い女ってことだ。俺の妻にふさわしい」

「ふぁっ!? え、えへへ。ジャンの奥さん……ふつつか者ですが、よろしくお願いします!」

「ああ。よろしくな。よっと」

「ひあっ!? ちょっ、ジャン!?」


 ジャンはアニエスの体を軽々とお姫様抱っこで持ち上げた。


「疲れただろ?」

「でも! ジャンの方が疲れてるだろうし!」

「俺は平気だ」

「そ、そっかー。えへへ……」


 アニエスもまんざらではなく、ジャンの胸板に身を預けた。そしてふたり、工房の出口に向かっていく。家へ続く出入り口以外にも、出口があった。


「アニエス。ごめんな。こんなことをした以上、俺は鍛冶屋を続けられない」

「ううん。いいの。わたし、ジャンと一緒にいるだけで幸せだから」

「そうか……俺も幸せ者だな」

「でしょ? ねえ。遠くに引っ越そう? ギルドがわからない所に。そこで家を建てて、手作りの窯を作って、鍛冶屋さんごっこをするの」

「楽しそうだな」


 ああ。ふたりはこの先も、上手くやっていけるのだろうな。幸せそうな会話を聞いて確信できた。

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