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ある鍛冶屋の悲劇~元公爵令嬢と生意気ネクロマンサー シーズン2~  作者: そら・そらら


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55/60

55.男爵夫妻の前で

「そっちはどう? ジャンさんたちはおとなしくしてる?」

「それはもう! 家から出ないよう言ってますので! そうだレオンさん! ヘクトルさんとジャンさん、おふたりで話しましたよ!」

「そっか。どうだった?」

「あまり首尾はよくありませんでした!」


 ヘクトルの、鎧自体が嫌だという意見を含めて会話の内容を話してくれた。


「そっか。まあ、お互い前向きになったならいいだろ。ふたりでなんとか決めてくれるさ。とりあえず、ジャンから詳しい方針を聞いて、助言するくらいにしよう」

「そうね。ふたりに任せるべきよね」


 そんな会話をしていると、ジャンの工房に着いた。

 扉が開けっ放しになっていた。中に人の気配もない。


「外出、しないはずなんだよな?」

「はい! そのはずです……ええっと……ジャンさん! アニエスさん! いらっしゃいますか!?」

「いないみたいだな」


 遠慮なく踏み込んだレオンは、迷わず工房へと向かった。


「鎧がないな」

「そんなはずは! 朝はちゃんとありました!」

「けど、ない。他に荒らされた様子はないな。ということは」

「鎧はどこ!? 無事!?」

「うわっ!?」


 突然聞こえてきた力強い声に、レオンは驚き飛び上がった。

 見れば、見覚えのある人物。ええっと、ヴィオバル家の妻で、ヘクトルの母親。名前は。


「なんだっけ」

「ローラ様です! ちなみにヴィオバル男爵の名前はヘルター様ですよ、ルイーザ様!」

「そうだった。でも声が大きい!」

「ひえー! すいません!」


 相手、ローラに配慮して小声で訊いたのに台無しだ。

 というか、なんでこの人がここにいるんだ。


 向こうも同じ疑問を抱いているらしい。ローラにとっては、私たちは知らない人。それがジャンの工房にいて、こちらの素性を知っているのだから、不審にしか思えないだろう。


「あなたたちは誰?」

「えーっと。ジャンさんの知り合いです。遊びに来たら、なんかこうなってまして。ジャンさんはいません。所在に心当たりはございますか、男爵夫人」

「ドヴァンの所よ! まったく、職人同士で何やってるのか」

「ドヴァン……」


 となれば、どう考えてもトラブルの類だ。もちろんアニエスも関わってしまってる種類の。


「待って! 詳しく事情を話して。あんたが行くと余計に混乱するかもしれないし」


 踵を返してドヴァンの工房まで行こうとするローラに、レオンが立ちはだかった。とはいえ、女性とはいえ体格がいいローラの前では、子供のレオンは小さい。

 止められるものじゃないだろう。


 それにレオンは男爵夫人に、随分と無礼な口の聞き方をした。私は丁寧に話しかけたというのに。

 ローラの怒りを掻き立てるには十分だろう。彼女自身、発注した鎧が消えていることで焦っているように見える。


「どきなさい!」

「おっと」


 レオンに手を伸ばしてどかせようとしたローラだけど、レオンは一歩下がって回避した。

 しかしローラの方が強かった。レオンの目的は前に行かせないことだと把握しているし、庶民の大して配慮が必要な相手でもない。

 大きな体で前に踏み出し、レオンとの距離を一気に詰めた。


 レオンはといえば、ナイフで相手を傷つけるわけにもいかないから、止まるのを期待して立ちはだかり続けるしかない。

 ローラの手がレオンの胸ぐらを掴んで、突き飛ばすように強引にどかせた。レオンもローラの手首を掴んで、離さない。けど子供の体重を、ローラは軽々と引きずっていった。


「あんたが何者か知らないけどね! こっちは金を払ってるのよ! ガキが出しゃばるな!」

「知ってる! けどあんたを行かせたくないんだ! トラブルの場に冷静じゃない奴が行くと、余計に収拾がつかなくなる!」

「レオンさん! おっしゃることはもっともですけど、それではローラ様を余計に怒らせるだけです!」

「リリア。あんたもよ」

「はっ!?」

「ローラ。その手を離しなさい」


 不意に第三者の声がした。今度は誰だ。


 またしても知っている人物だった。ローラの夫でヘクトルの父。ヘルターだ。


「あなた……」

「その子が誰かは知らない。が、庶民に暴力を振るうのが男爵家の女にふさわしいとは思わない」

「けど! この子は邪魔をしたの!」

「なんの邪魔だ?」

「ヘクトルの鎧を取り戻す邪魔よ! あの鍛冶屋、うちの鎧を勝手に着込んでドヴァンの所に乗り込んだの!」

「そうらしいな。だったら、契約を破棄すればいいだけだ。うちは金を出さない。向こうも鎧を作らない。鍛冶屋の側もそれどころじゃないだろうし、文句も出ない」

「鎧はどうするの!?」

「作らない。ヘクトルは、着たくないと言っている。思うことがないではないが、望まないことを強いたくはない」

「なによ! あなただって着せたかったんでしょ! 鎧を!」

「そうだな。けど、ヘクトルがはっきり嫌だと言ったんだ」

「私は嫌よ! 絶対に、あの子には騎士の息子として活躍してもらうんだから! 絶対に、絶対に――」


 パンと乾いた音がした。


 ヘルターがローラの頬を平手で叩いた音だった。


「聞き分けのないことを言うな!」

「あ、あ……なた……」


 へなへなと力なく床に座り込んだローラに、ヘルターが語りかける。


「俺だって悔しい! 鎧を着てヴィオバル家の力を見せつけたい! だがヘクトルにその気がないなら、無理だ! 覇気のない者に鎧を着せても無様なだけだ! だから諦める! お前も諦めろ。……家族同士、意地を張り合うのはやめよう。これからどうするか、お互い話し合って決めるんだ。帰ろう、ローラ」


 後半は宥めるような、優しい口調だった。そして妻の体を助け起こしてから、私たちの方を見る。


「君たちは、ジャン殿の知り合いか?」

「は、はい。そうです」

「ジャン殿のことは、任せていいか?」

「はい! 私がなんとかします!」


 私というかレオンなんだけど。


「では、頼む。それから、契約は無効だと伝えてくれ。ドヴァンにもな。……これまでご苦労だったとも言ってくれ」

「はい」


 ヘルターは放心した妻を伴い、建物から出ていった。


「これ、解決したって言うべきなのかな?」

「解決はしてないわね。それよりジャンさんのことが心配よ。なんでドヴァンの所なんかに」

「どう考えてもアニエス絡みだろ。行くぞ」

「あ! ちょっと待って!」


 さっさと先へ行くレオンを、私は慌てて追いかけた。

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