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ある鍛冶屋の悲劇~元公爵令嬢と生意気ネクロマンサー シーズン2~  作者: そら・そらら


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49.ヘクトルの考え方

「そうか……ヘクトルさん。あんたには、重要な仕事がある」

「はい。鎧をどうしたいか、僕が決めなきゃいけない。そうでしょう?」

「わかってるじゃないか」


 ヘクトルは聡い子だった。


「お前はどうしたい? どんな鎧を着たい?」

「僕は……」


 返事に躊躇っているように見えた。けど、ヘクトルは意見を言うのを躊躇う子ではない。なのに口ごもったのは。


「僕は、鎧自体を着たいとは思っていません。武闘大会にも出たくありません」


 この仕事自体を否定する言葉だったから。


 ジャニドが必死に取り組み、死ぬ原因になった仕事。親の遺志を継いでジャンがなんとか完成させようとした仕事を、ヘクトルは否定した。

 それも、申し訳なさそうに。


「鎧とは、前線で戦う兵士の身を守るために着るもの。家の権威を見せつけるために着るようじゃ、全くの無意味です。それに今は、戦争なんてものが起こるような世の中じゃない。もちろん、備えている兵士は立派だし必要ですけど」


 ヘクトルは言葉を選びながらも、意見を言うことをやめなかった。


「兵士を統率する家や騎士が、鎧を着るのは当然です。けど、僕の家はそうじゃない。土木工事は立派な仕事ですけど、だからこそ鎧で着飾るのは間違っている。だから、僕は着たくない。着るべきじゃない」


 それは、伝統の武闘大会を否定する言葉。二百年前の貴族たちの行いを否定する言葉。


 けど正しいのだろう。重装歩兵は戦争ではなんの役にも立たなかった。だから、いらない。

 学校でやる武闘大会も、必要ない。

 そして、ジャンもこの仕事をする必要はない。ヘクトルはそう言っていた。


「……そうか。わかった」

「すいません。生意気なことを言いました。もちろん、ジャンさんは仕事をしないといけないのは知っています。ですが……俺は、こう思っています」

「気にするな。その手の現実を受け止めるのは、大人の仕事だ」

「すいません。もちろん、両親の意向を聞いて、ジャンさんが鎧を作るのは賛成です。けど、僕はどちらの意見も聞きたくないです」

「わかった。なんとかしよう」


 当初の目的は果たせなかった。ジャンはそれでも、失望している様子はなかった。


 嬉しかったのだろう。親の呪縛を、ヘクトルはなんとか跳ね除けようとしていた。無理だとわかっていても、自分の意思を曲げなかった。


 なんて立派なことだろうか。


「わたしも、お母さんにちゃんと言うべきなんでしょうか。あなたの言うことは聞きませんって」

「かもしれませんね。簡単ではないでしょうけど」

「はい。親ですから」


 それは、ヘクトルも悩んでいることだろうな。もちろんジャンも。



 とにかく、鎧は完成させなければいけない。ふたりは工房に向かっていった。

 リリアはこっそりついていって、未完成の鎧を見させてもらった。


 装飾の箇所が作りかけだから、完成品ではないのは確かだ。けど、ほぼ出来上がっているようにみえた。


 少なくとも、鎧としての機能はしっかり持てていると思う。つまり、身を守れるということだ。

 一方で体を大きく見せるために、必要以上に大きく作られているように見える。これでは動きにくかろう。


 よほど体格がある人間なら使いこなせるかもしれないけれど。それこそ、ジャンやヘクトルなら。


「もう少し動きやすい方がいいかもしれません」

「そうか? 親父さんが納得するか?」

「しないと思います。説得も難しいです。僕の本心ではないので」

「鎧自体を着たくないのが本心だもんな」

「はい。けど、なんとかしたいです」

「ありがとう。本音は聞かせてもらった。後をどうするかは、俺の仕事だ」


 そう言われたヘクトルは、少しほっとしたような顔を見せた。


「ありがとうございます。僕も頑張ります……ジャンさんみたいな大人、憧れます」

「そうか?」

「はい。強くて堂々としていて、技術があって。こんな立派な工房の主で」

「この街には、もっと大きな工房がいくらでもあるさ」

「けど、ジャンさんの工房は立派です。もしかしたら、ジャンさん自身が立派なのかも」


 工房を見渡しながら、ヘクトルは自信たっぷりに言った。


「職人さんって、憧れます」

「金持ちがなる仕事じゃないけどな」

「ええ。だから憧れるのかも。こんな道具、手にすることはないですから」


 彼の視線は、工房の一角に向いていた。

 熱した鉄を鍛え、形を変えていくためのハンマー。大きな製品のためのものか、柄がヘクトルの身長くらいある巨大なハンマーも壁に立て掛けてあった。


「家は土木工事の管理をする家ですけど、実際に道具を使うことはないから、憧れます。僕も職人にはなれずとも、ジャンさんみたいな強い人になれればいいんですけどね」

「なれるさ。きっと」


 ジャンの方も嬉しそうだった。



「すまねえな、リリアさん。レオンの作戦は失敗した」

「いえ! レオンさんは気にしないと思います!」

「そうか?」

「はい! 駄目なら駄目で、他の策を考える人なので!」

「信頼してるんだな、あいつのこと」

「それはもう! 詳しくは話せませんけど、恩人なので!」


 亡き主人の未練を解き明かしたとは言えない。

 ヘクトルが帰った後、リリアは昼食を作ってジャンたちに振る舞いながら、先程の対話について話し合っていた。


 今後どうするかは決まっていない。どうせレオンが考えることだし。

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