42.二百年前から、ここに
地上からかなり高い位置にあるし、山をそれなりに歩いた所にある。
木こりは本来、ここまで登ることはないだろう。狩人たちも、上に注意を向けなければ見つけることはなさそうだ。
乗っている木自体、かなり太いから陰になって見つけにくい。それに木の成長によって、頭蓋骨の一部が幹に埋まり始めていた。
けど、頭蓋骨はここに確かにあった。
「樹齢二百年をゆうに超える、かなり古い木なんだな」
レオンが木の幹に触れながらつぶやいた。高さも太さも、それくらいのものは感じさせる。人の手が入ってこなかった山の木だ。
二百年前の魔族戦争のどこかで、王都の近くまで竜がやってきた。あるいは迷い込んだり、捕まって連れてこられたのかも。
ここまで攻め込まれた歴史はなかったと思うし。
とにかく竜は手傷を負いながら空を飛び、力尽きてこの木の上に落ちた。
死んだ竜の肉は腐り落ち、他の骨も地面に落ちて土に還った。頭蓋骨だけが枝に挟まり、落ちなかった。
雨風に晒されながら、頭蓋骨は今日までここにあり続けた。木の成長に従って、さらに高く見つけにくい位置へと移動していった。
「これが竜の噂の真実だ。どこまで木を切るべきか調査に向かった木こりが見たのが、これだ」
セレムの粉の影響で張り切りすぎた木こりは、山の上の方まで来て、頭蓋骨を見た。その直後に、疲労への無自覚から足を滑らせて斜面を滑落し、大怪我を負った。
確かに竜、あるいは異形の怪物の骨は目にした。それが薬や頭を打った影響により意識が混濁し、竜を見たと言ったわけだ。
折しも死者が増え始めている状況と合わさって、噂が広まっていった。
「あの頭蓋骨、落として埋めることはできないかな」
「無理でしょ。高すぎるわよ」
「……そうだな。せめて祈りを。安らかに眠ってくれ」
魔族戦争から取り残されたようなネクロマンサーは、今も竜に親近感を抱いていた。
古代人がそうであるように、竜もこの世界の創造神を信仰していたわけではない。それでもレオンは自分なりの真摯な言葉で、竜への祈りを捧げた。
「この事実は公表しないようにしよう。……あの取り巻きどもも、同じ考えかは知らないけど」
「言いふらさないでしょ。言えば、自分たちが悪事を働いていたのも告白することになる」
私の存在くらい秘密にしないといけないと、彼らも認識しているはずだ。
「そうだな。あいつらはここよりさらに上に行って、実を採取してたんだと思う。そこも確認するか?」
「いらないでしょ。それより、暗くなる前に帰るわよ」
「そうだな。ルイの姉に、報いを受けさせなきゃな」
うん。それを再優先にしなさい。
労働者のためよ。あと、ジャンの身に危険が迫ってるかもしれないからね。ユレーヌなる女が、折れないジャンに父と同じことをしかねない。
この件は早めに対処しないと。
「今日は何人、亡くなったのかな。彼らに恨みを晴らさせてあげよう」
制裁に死体を使うつもりらしい。レオンが静かにつぶやいた。
山を降りて村に戻る。ネドルの取り巻きたちは命令を聞いてくれたらしく、村には姿はなかった。
真相が村人たちに伝わって暴動になってるわけでもなければ、公爵家次女の存在が姉さんに告げ口されて探されているわけでもなかった。
労働者たちは今日も一日頑張って仕事をして、大半が村に戻ってきた。そして元気なままで、各々酒を飲んだり遊んだりしている。昨夜と同じ、活気ある光景。
そして教会には、四つの遺体が安置されていた。
「本日、また四名の作業者が命を落としました」
やるせない。私たちに告げる神父の口調には、そんな感情が満ちていた。
「怪我人も相当数います。明らかに増加傾向にあります」
「明日からは、少しずつ減っていくと思うぜ。疲れて仕事ができないって奴らは増えるし、仕事の進み具合は遅くなるだろうけど。それが最初の想定なんだ。首脳陣も納得するだろうさ」
姉夫婦以外にも、ここの指揮を執る人間はいるだろう。王都の官僚とか、そういう人たち。ネドルの補助の人間もいるだろう。
大規模な公共事業だ。責任者がふたりくらいいなくなっても、頓挫することはない。
レオンの言葉に、神父もなにか察したのだろう。それ以上何か言うことはなかった。
「神父様。中心部に手紙を出したいです。遅い時間ですが、早馬をだすのは可能でしょうか」
「ええ。いいですよ」
私のお願いに、神父はあっさり了承してくれた。
というわけで、急いで手紙を書くことに。
ジャンの危機を知らせる手紙だけど、リリア宛に出すことにした。彼らを見る目は多い方がいい。
鍛冶屋ギルドの妻が悪事を働いている。ドヴァンという大きな鍛冶屋も、その利益を受けることになる。食事には気をつけた方がいい。様子を見てくれ。そんな内容だ。
神父がその手紙を出しに行く。翌朝には早馬でリリアの元に渡るだろう。
リリアから、事情はジャンとアニエスに伝えられることだろう。特にアニエスは、実の母が義理の父を殺したという報告にショックを受けるだろうな。
強く受け止めるのを、願うしかない。
早馬を見送っている間にも、レオンは死者に祈りを捧げていた。
「お前らの命を奪ったのは公爵令嬢ルチアーナと、その夫ネドルだ。恨んでも恨みきれないだろうから、それを晴らしてやる」
そして、死者が四人横たえられている祭壇の周りに魔法陣を書いていく。
「入れ。そして早速、奴らの所に行くぞ」
四つの遺体がゆっくりと起き上がっていく。それぞれ、血の気の失せた青白い顔。表情もない。しかし、復讐をする気概は大いにあった。




