32.醜い夫婦
周りの労働環境と比べて圧倒的に小綺麗で高価な服を着ているから目立つ。レオンも声と外見によって、初めて目にする男女の素性を看破して隠れたのだろう。
ネドルは細身の男だ。最近、腕の太い鍛冶屋とか騎士の家系の女性とかを多く見ているから、より細く見えてしまった。周りの労働者たちも腕っぷしはあるし。
周囲と比べて圧倒的に小さな男だけど、内面には大きな野心がある。それが由来の強気な顔立ちが、体型とアンバランスに見えた。
姉さん、ルチアーナは怒りを隠せてない表情。あれでも美人だと周囲には評判なんだよな。吊り上がり気味の目が、怒りで更に鋭くなっていた。
私と同じ、サラサラの金髪。切ってしまった私と違って、ロングの髪はこの場では目立つ。
どちらも、私の記憶の中にある通りの顔つき。最後に顔を合わせてからそんなに日は経ってないものな。
姉さんは、自分の思ったとおりに周りが動かなくて不機嫌になった時の顔をしている。ネドルもまた、口では宥めつつも苛立ちを隠せない表情だった。
妻を出世の道具としか見ていない男と、自分の現状がわからずにわがままを言う女か。愚かさで言うならお似合いの夫婦だけど、周りの迷惑を考えると相性は最悪だ。
「あれがルイの姉か」
「ええ。相変わらずね」
「ルイに似て美人だけど、正直好きにはなれないな」
「ありがと」
「その感謝は何に対してだ?」
「私を美人って言ってくれたこと。あと、私の気持ちと同じように、姉さんを好きになれないと言ってくれたこと」
「そうか」
レオンの視線は私ではなく、夫婦に向いていた。けど私に感謝されたのが嬉しいのは間違いないはず。口元が笑っていた。
「だいたい、なんでテントで寝泊まりなのよ! 村長の家に泊めればいいのに! こんなむさ苦しい男たちの中で暮らすなんて!」
「まあまあ。それも公爵の指示だから」
「パパなんか大嫌い!」
姉さんはなおも不平を口にしていた
わがままな姉さんを今まで甘やかしてきた父さんの苦労は報われなかったらしい。
騒がしいテント村では、こういう小言もあまり目立たないのかもしれないけど、指揮者として褒められたことではない。
立派で勤勉だが身なりだけは薄汚い労働者の中で生活することに抵抗があるのはわかる。
けど、言うべきじゃないだろう。
「あの男、公爵の指示だしか言わないな」
「そうね。野心家の割には、頭は良くなさそうね」
「結局、公爵の威光をかさに着るしかできないんだ。本人は、これで実績を作れば後はどうとでも振る舞えると思ってるんだろうけど」
「公爵家の下から逃れられない人生が続くだけなのにね」
「ま、そんな人生でも庶民から見れば羨ましいのかもしれないけどな」
テントの中に入っていく夫婦を眺めながら、レオンは嘲り笑った。
ネドルだけではなく姉さんまで現場にやったというのは、公爵の意向で間違いない。村人の誰かの家とかの建物ではなく、テント村で寝泊まりさせているのも同じ。
ネドルと妻の美談に仕立て上げたいのだろう。一大事業を夫婦の力で成し遂げた。彼らは現場の作業員と近い立場で奮闘した。
領民か、あるいは他の金持ちに受けのいい話を作って尊敬を集める。そして威厳を保つ。
見栄に生きる金持ちの、馬鹿馬鹿しい茶番だ。
テントの中からは、なおも姉の声が聞こえてくる。正面から聞くのは、見張りの存在もあって無理だ。
けど大きなテントだから死角もある。裏に出入り口はないから、そっちに見張りはいない。近づかせてもらおう。
中で灯りをつけているから、こっちの存在を影で知られることもない。
「こんなところ大嫌い! 早く帰りたい! 別に私がいなくても仕事はできるじゃない!」
「パパに手紙を書いたのに! なんでまだ返事が来ないのよ! もう一日経っているのに!」
「話し合いばかりでうっとうしい! あんな男が何人死んでも、別に大したことないじゃない!」
「男どもがむさ苦しくて嫌になるわ! もっと早く手を動かしてよ! いつまでも帰れないじゃない!」
「このテントも気に入らない! 公爵令嬢の住むような場所じゃないわ!」
要約すると、そんな感じ。
同じような、言っても意味がないことを繰り返しているだけ。
「ネドルって奴も大変だな。同じことを繰り返して勝手に怒る嫁の世話をして」
「そうね。別に同情はしないけど。ネドルも繰り返したことしか言わないし」
おざなりに、公爵の指示だから仕方ないの一点張り。言葉の内容は、こっちの方が薄いな。
「まあな。ネドル自身も、野望のために嫁を連れてきたわけだから。開発自体は早く進んでることだけが、幸いだろうな」
その速さも、姉には物足りないらしいけど。山の開発と穴掘りを二、三日で終わらせるくらいじゃないと満足しなさそうだ。
仕事をなんだと思ってるのか。
そして問題は。
「早く進めるために、何かしてる可能性はあるかしら」
「さあ。やるとしたら、なんだ?」
「私にもわからないけど……作業してる人たちに、頭ごなしに言うのよ。働けー。キリキリ動けー。この給料泥棒がー」
「劇の見すぎだ」
「そうね」
大昔、国が威信を見せるために巨大な建造物を作った時は、そういう風に奴隷を働かせていたらしい。無意味に鞭を振って音を立てて、威圧感を出してたそうな。
私も物語の中でしか、そんな光景は見てないけどね。




