28.ネドルという男
「じゃあ、ネドルって奴は?」
「好きな相手じゃないわね。元々、公爵家から嫁を欲しがってたようだし。上昇志向が強そうだったのよ」
「ルイのことも狙ってた?」
「ええ。そうだったと思う。学校に通うようになってから、あまり接点はなかったけど」
「そっか。上昇志向って?」
「ネドル自身も学校に行ってたんだけど、良くない噂を聞いたわ。王都在住の令嬢に声をかけてたって」
「自分より上、それか中央に近い家に婿入りしたがってたのか。やったことは、アシェリーと同じだな」
「ええまあ。あいつは、犯した罪から逃げるためでもあったけど」
「そうだな。……そして結局、女を手に入れることはできなかった」
「急ぎすぎたのね。けど、姉さんとは結婚できたのよ。同じ領内の金持ち同士だから、お互いのことは知っていたのでしょうね」
ルチアーナの好みなんかも把握してるはず。
ネドル自身は別としても、コンガラル家は公爵領に長年仕えてきた、それなりに重要な家。コンガラル家にとっても、息子が公爵家から嫁を取ることは両家の繋がりを強くするために重要だ。
ルチアーナを、公爵家が持て余していたのも事実。嫁の貰い手が見つからなかったそうだ。
性格が良くないからな。男性に限らず、相手を立てるってのができない性分だから。自分がお姫様じゃないと納得しないからな。
どんな家に嫁入りしてもうまく行かない人間だけど、公爵令嬢って肩書きだけは重い。
ネドルくらいしか相手がいなかったのかも。
「ネドルは、野心家なのだと思う。自分より格上の家の嫁をとって、さらに出世を目論んでるのだと思うわ。公爵領で可能な限りのね」
公爵の娘婿なら、その手の競争は有利になる。
「目指すは文官の頂点。そういったところかしら」
「補佐官の中でもさほど大したことない家柄から、そこに到れれば快挙ではあるよな」
「ええ。多分、お父さんも同じこと考えているはず。娘婿には活躍してほしいって。だから、鉱山開発の責任者を任せた。なぜか、お嫁さんを連れてね」
「なんでだろうな」
「なんででしょうね」
それは、私にもわからない。
「それに、コンガラル家は別に、鉱山開発の仕事をしている家ではないのよね。普請事業にもほとんど関わっていない」
「そうなのか?」
「ええ。鉱山の採掘や、領内の道の整備や建築の管理は、他の家が担当しているの。新規事業の監督もそこにお願いすると思ったんだけど」
「コンガラル家の担当は?」
「公的な文書の作成と管理。あと、政策の審議で文官たちが会議を開くときの書記」
「机の上で完結する仕事だな」
「まあ、そうね」
本当はもう少し複雑だけど、レオンの感想も間違いではない。
現場に出て誰かに指示をする仕事ではないから、適性があるかは知らないけど、少なくとも慣れた仕事ではない。
「なるほどな。公爵家にとっては一大事業だ。なにしろ王都からの委託だからな。成功させれば経歴に箔がつく」
「だから、娘婿に実績を作らせるために仕事を任せたの?」
「だろうな。公爵家の人間も関わらせて、公爵自身も名誉にあずかろうとした。だから夫婦で行かせたんだ」
姉さんの同行は、公爵自らの命令か。
「現場仕事に慣れない奴が指示を出して、しかも働いてる人間と指揮者は別の街の出身。仕事が捗るはずがないよな」
「いいえ。レオン、仕事は捗っているのですよ。死者が多いだけで。皆さん、気合いを入れすぎているというくらい」
「それがわからない」
レオンが天を仰いだ。天井しか見えないけど。
「確かめるために現地に行くんだよな。エドガー、山の近くの教会を拠点にしたい。そこの神父に手紙を出しておいてくれ」
「人使いが荒いですよ」
「死者のためだ」
「ええ。私も正直、そろそろ葬式をするのが疲れてきました。日に何度も葬儀を開くのは、私には重労働です」
「いや。それは頑張りなさいな」
神父の一番大事な仕事でしょうが。
もちろん、本当は出なくて良い死者が続発してる状況なら、やりきれない気持ちはわかるけど。
翌日には、リリアが服を持ってきた。私とレオンの分。サイズもぴったり。
汚れたというよりは、着古したものという印象。洗濯を繰り返して、破れた箇所は縫い直して体裁を整えたものという。
長袖長ズボンで、森を歩くのに適した姿。そこに眼帯とサイドテールで変装して、ルイーザ・ジルベットとは別人になる。
「お似合いですよルイーザ様!」
「そう? 弓とかナイフも持った方がいいかしら」
「危ないから駄目」
「えー」
本物の狩人に止められてしまった。
「でも! ナイフはともかく、弓くらいなら持ってても!」
「弓を持って狭い森に入ったら、慣れてない人は引っ掛けて転ぶ。危ない」
「はい……」
本気で止められてる。言い返すことはできない。
ちびっ子ふたりは、当たり前のようにナイフ持ってるのに。
レオンも似たような格好。ローブは森では邪魔になるから、狩人の服だ。
「そういえばさ、レオンがローブのフードを被って、顔を隠してたことあったじゃない」
「やってたな」
「私もフードか、つばの広い帽子を被って顔を隠すのはどう?」
「駄目。ただでさえ森は視界が悪い。自分で狭めることはない」
「うぅっ……」
無口なユーファがきっぱりと言い切るのだから、これは本気の忠告なんだろう。守らないと命に関わるとか。
でも、狩人って帽子被ってるイメージあるじゃない。あれは……きっと熟練の人か、物語の中の格好なんだろうな。
私は現実に生きているから、現実のユーファの指示を守らないといけない。




