27.私の姉、ルチアーナ
あくまで酒場に来る客の噂話でしか知れないことだけど、王都直轄領の北の端の出来事が中央まで流れてくるなら、それはそれで異常事態だ。
「死人の数は、昨日の時点で三十名ほど。さすがに普通の数ではないと、教会本部も訝しんでますよ」
その晩、ヘラジカ亭にやってきたエドガーが小さな声で伝えた。
「本部って?」
「教会の元締めの金持ちどもだ」
土木工事作業者の上には普請院があるし、鍛冶屋たちをまとめるギルドの長も貴族の仲間みたいなもの。
宗教であっても、その中の地位が高い者が権威になるのは同じ。
一応は宗教家であるレオンは、そういう金持ちのことは嫌いらしい。
「本部が怪しんだら、その後どうなる?」
「調査をするなり、官僚や貴族たちに疑念を伝えるでしょうね。労働者の働かせ方に問題があるのではと。もっとも、そこまでやるかは、上層部でも意見が割れているようですけど」
「だろうな。鉱山開発のやり方の管理は教会の仕事じゃない。口を出すなと突っぱねられて、他の金持ちと軋轢を生むのは避ける連中だ。保身が大事な奴らだからな」
国教を人々に伝える、尊敬されるべき人たちに対して、ひどい言いようだ。
「そのようですね。それに、開発自体は順調に進んでいるようです。それこそ、予定を上回る速度で」
「普請院はさっさと仕事が終わるし、国も金採掘の分け前が早く出る。多少の死者の存在には目を瞑るってわけか」
「そういうことです。それに、教会としても、現状は悪いことばかりではないですし」
「葬式をすれば、その分教会は儲かるしな。普段から寄付してるような金持ちならともかく、貧乏人が死んでも収入は減らないってか」
「ええ。世も末です」
エドガーは、かなりばつが悪そうな様子だった。
レオンの、教会上層部への嫌悪感もわかった。普段から庶民の信徒と接している街の教会の神父様ならともかく、上層部の司祭とかは貴族連中と変わらない醜さなのだろうな。
「教会が事態に対処するのは、後になりそうだ。なら、俺がやらないと」
死者が増えている謎の原因を排除するまではいかないだろう。理由を突き止め、然るべき機関に告発するくらいはするかも。
一番の目的は、霊の鎮魂なのだけど。死者が今後も出続けるなら、その対処をしないと根本的な解決にはならないだろうし、霊も納得しないだろうから。
それにしても、国と公爵領を相手に戦うには力の差がありすぎる気はするけど。まあレオンならなんとかなるか。
「それから、公爵家の人員が判明しました。ネドル・コンガラルとその妻、ルチアーナ・コンガラルです」
「ああ。また知らない名前が出てきたな。ルイ、ちゃんと覚えられるか? 俺は、今度は自信がない。責任者ひとりならともかく、なんで女連れで現場に来るのか」
「姉さん……」
「へ?」
聞き覚えしかない名前に、私はレオンの言葉もろくに聞けず、そう口に出すのがやっとだった。
「エドガー。ルチアーナの旧姓は、ジルベットで間違いないわね?」
「ええ。そのようです。公爵の長女とのことですので」
「そっかー」
公爵の姓であり、私の姓でもある。
「姉さんってば、あいつと結婚したのね。仲いいって噂は聞いてたけど」
「ルイ、どういうことだよ」
「ルチアーナは私の姉よ。そしてコンガラル家は、公爵を補佐する由緒正しき家。公爵領の首脳陣の中では、さほど高い家格なわけじゃないけどね」
「知り合いか?」
「ネドルと? ええまあ、パーティーで何度か話したことはあるわ。コンガラル家の長男で次期当主。姉さんとは年齢も合ってるし、お似合いだと思うわ……はあ」
「嬉しくなさそうだな」
「ええ。あのふたり、嫌いなのよ」
「そっか。詳しく聞いても?」
「大した話じゃないわ。お嬢様育ちでわがままな姉は、小さい頃は常に自分がお姫様じゃなきゃ満足しなかった」
お姫様ではなく公爵令嬢なのだけど、視野の狭かった当時のルチアーナにとっては同じことだったのだろう。
両親も彼女を甘やかし、素敵なドレスや宝石を与えた。
そんな彼女にとって、後からやってきた新しいお姫様である私の存在は許せなかったのだろうな。
両親は、私にも分け隔てなく接する程度には親だった。故に唯一性を傷つけられたルチアーナには、かなり意地悪なことをされたな。
私のドレスを破かれたり、物を隠されたり。足を引っ掛けられて転ばされた……のは、もしかすると私自身のせいかもしれないけど。
私も、そんなルチアーナが嫌いだった。そして、お姫様はみんなから愛されていないといけないルチアーナにとっては、憎しみを向けてくる私は煩わしかったはず。
自業自得って考え方はしなさそうだしね。
「まあ、さすがに成長して分別がつくようになったら、表立って何かしてくることはないけど。でも私への気持ちは変わってないでしょうね」
「今も嫌われてる?」
「ええ。まあ。……王子に責められてる時も、庇おうとしなかったし」
あれは家族全員がそうだったのだけど。王家の威光もあるだろうけど。だとしても、あの場で家族を守らないなんてありえるのだろうか。
「好かれてなかったんでしょうね。家族全体から」
「うん。そうかもな」
「よし。面白いじゃない。姉さんがいるんでしょ? ちょっと様子を見てこようじゃない。そして、姉さんのせいで人が死ぬような問題が起こってるなら、正さないとね」
「なるほどな」
「なによ」
「ルイは頼もしいなって。家族が、自分の顔をよく知ってる相手がいるのに、迷わず行こうとするなんて。そこで保身を考えない姿勢が、ルイだなって」
「それ、褒めてるの?」
「褒めてる褒めてる。強いし優しいなって。けどいいのか? 下手すると、実の姉と対峙することになるぞ」
「いいの。やってやるわ」
相手が何者かわからない時は不安だったけど、憎い敵なら逆にワクワクしてきた。




