24.ドヴァンの城
ここに来たのも、アニエスに会いたかったからだ。たぶん、男爵家が去った後に急いでここまで走ったのだろう。そして男爵家がいなくなってから、声をかける機会を伺っていた。
「私たち、アニエスとは友達なの。だから時々、こうして遊びに行くってわけ。ジャニドさんも、あまり幸福な亡くなられかたをしていなかったから、冥福を祈る意味もあってね」
言いたいことだけ言って、あまり嬉しそうではないドヴァンの横を通って立ち去ろうとして。
「むにゃっ!?」
バランスを崩して、転んだ。
「ちょっ!? なによ!? どういうこと!?」
「なあ。あんた職人さんだろ? 最近、身内で不幸があったとか、心当たりあるか? あんた自身じゃなくてもいい。工房の職人とかでも」
「な、なにをいきなり……知るかよ!」
「じゃあ、ジャニドさんかな? あの人の死に、関わったり」
「なんだよクソガキ! 知らねえ! 俺は何も知らねえ!」
すごい狼狽えようだ。大したこと訊いてないのに、ドヴァンは怯えたように逃げていった。
「……過労で死ぬ。そういうことはあるだろう。けど、そう簡単にのめり込むか? うーん……」
レオンは私に手を差し伸べて助け起こしながら、他のことを考えている。
ジャニドの死の真相についてだ。
「ジャニドが死んだ時の様子、ちゃんと聞かないとな」
「ジャンさんに?」
「そうなるかな。あとは周りの人にも……エドガーの力を借りて聞こう」
どんな死に方だったのかを。
もし、私を転ばせたのがジャニドの霊とするなら、その死にドヴァンが関わっている可能性が高い。
ジャニドが死ねば、鎧の仕事をするライバルがいなくなる。高い金が確実に入ってくることになる。
ドヴァンの方が有利な仕事だとしても、顧客が無茶な要求をしてくる以上、万全の策を取りたいとかはあるだろう。
ジャニドは腕は平凡でも、経験はある。何らかの解決策を思いつかれれば、勝機を逃しかねない。
だから、ジャニドを殺した?
「ジャン! 度々ごめん! ジャニドが亡くなった時の詳しい様子を教えてくれ! あとドヴァンが家の前で様子を見てた!」
「マジか。まったく、来客が多い日だ」
扉を開けたジャンは、眉間の皺をさらに深めていた。けど、帰ったはずの私たちを再度迎え入れてくれたし、父の死についても不審に思うことなく答えた。
「死んだのは過労だ。それは間違いない。仕事に夢中になって、不眠不休で鎧の図面を書き起こし、作り出した。食事もロクに取らず、やがて倒れた」
「なるほど。じゃあ、仕事に必死になったことに問題が……」
レオンは工房に置かれている、作りかけの鎧を見た。
前に比べれば、少しは作業が進んでいるようにも見える。
やたらと大きな胸部装甲に肩パーツ。大きいが故に威圧感を与えるこの鎧に打ち込んで、ジャニドは死んだ。
呪いの鎧にも見えてくる。
「もうひとつ。ドヴァンは度々、ここに訪ねてきているのか? ジャニドが存命の頃も」
「ああ。それはあった。……父の様子を探るというよりは、アニエスに会いに来る様子だったけど」
「何かと用事をつけて、わたしを口説きにくるんだよ! ひどいと思わない!? わたし人妻だよ!?」
まだ違うけどね。いずれそうなるのだから、大した違いではないのだろう。特にアニエスみたいな人にとっては。
「ジャン。今更言うことじゃないけど、気をつけろよ。ドヴァンとは関わるな。会うのも避けろ」
「ああ。わかってる。……レオンは、何をそんなに警戒している?」
「俺はあいつが嫌いだ」
「それは俺もだが……」
霊のことを言うわけにもいかないから、レオンは曖昧な返事しかできなかった。それでも、ジャンの方針とは矛盾していないため、戸惑いながらも疑念は抱かなかったようだ。
――――
街有数の立派な工房。多くの職人を抱えて、大量の製品を作ることができる工房は、ドヴァンにとっては自慢だった。
父から受け継いだものだが、今は自分のものだ。偉大な自分の力を示すそこに住み、職人どもを働かせる。
ここはドヴァンにとっての城。ドヴァンは王だった。
ドヴァンが城に帰宅すると、客人が来ていた。客間の椅子にふんぞり返って、苛立たしげに指でテーブルをトントンと叩いている
客と言っても仕事の依頼者ではない。ただ、富と権力をもたらしてくれるかもしれない点では、扱いは慎重にしなければ。
「アニエスはどこ?」
客人は、苛立ちを隠そうともしない口調で尋ねた。
ユレーヌ。この鍛冶屋街のギルド長の妻で、アニエスの母親。
四十代後半のこの女は、若くして結婚してアニエスと、その他数人の子供を産んだ。
若い頃は美人だったそうだが、今は違う。貴族の端くれとして裕福な暮らしにすっかり慣れきっていて、だらしのない体型を隠そうともしない。
顔も、頬が弛んで皺も多く、お世辞にも美しいとは言えない。
アニエスも将来、こうなるのか。いや、旦那となる俺がちゃんと手綱を握り、節制を重んじさせればこうはならない。ドヴァンは内心で強く決意した。
彼はアニエスが自分の嫁になると、本気で思っていた。本人の意思は知っているが、関係ない。




