18.駄々をこねるクソガキ
「じゃあ、反対してるのはお母さんだけ?」
「そうです! なんでか知らないけどね。ドヴァンの家でおとなしく収まりなさいって」
「ふうん」
ドヴァンは愚か者だけど、あれでも有力な職人だ。お金持ちの感覚としては、婚姻関係を結べば手綱を握りやすくなる。
馬鹿をまともになるように誘導するのは大事なことだ。
そういうのは、旦那の考えるべきこと。奥さんがなんで口出しするのか、私にはよくわからない。
「自立した女なんだろうな」
「そうなのかなー」
レオンの言い方は肯定的なもの。まあ言葉だけ見ればであって、言い方は嘲るような口調だし、あまり気に入った様子ではない。
ユレーヌって名前だっけ。ギルド長の夫妻も、レオンにとっては忌むべきお金持ちなのだろうな。
「問題が重なってるな、ジャン。大変そうだ」
「まあな。けど、なんとかしてみせる」
「お前ならできるさ」
このクソガキは、ジャンには懐いているらしい。ジャンも嫌な顔はしていなかった。普段から怒ってるような顔はしてるけど。
「わかっている」
「だろうな。大事なのは、問題をひとつひとつ切り分けることだ。それから最優先事項ははっきりさせること。わかってると思うけど……アニエスを守れ。それに比べたら、他のことは些事だ」
些事なのか? まあ、アニエスが最優先というのはわかるけど。
寄り添い合っているふたりも、レオンの言葉には頷いていた。
「結局、あとはあのふたりで解決しなきゃいけないよな」
「ふたりで、なのね」
私とレオンは工房を辞してヘラジカ亭へと戻ることに。
見た感じ、家の外でドヴァンが見張ってる様子はなかった。諦めの悪いあの男なら、やる可能性も考えたけど。
一応は、これからもジャンたちの様子を見に行くつもりだ。
アニエスのことも心配だし。
レオンは、ふたりに任せるしかないって様子だけど。
「単に寄り添い合ってというだけじゃない。アニエスも鍛冶の仕事ができるようになるらしい。ならば夫の仕事を手伝うのも道理だ」
「そうね。ふたりで、あの鎧を完成させてくれると信じてるわ」
「そうだな。じゃないと、霊も満足してくれない」
ヘラジカ亭は今夜もやっていたし、私たちも早めの時間に帰ることが出来たから手伝いをすることに。
今日も繁盛している。まあ、数日前に比べれば落ち着いた客足だ。これくらいがちょうどいいな。忙しいことに変わりはないけど、私はどうせ座りながらの仕事だし楽だ。
ホールを動き回るレオンにとっては大変だろうけど。頑張れ少年。霊の仕事以外もしっかり働け。
「山の方で死人が出たらしい」
「えー」
なんで霊の仕事を持ってくるのよ。というか山って。
「北の山だ。公爵家が開発して、金を採掘しようとしてる山。そこで事故が起こって労働者がひとり死んだ。遺族が引き取りに行くという話を、客がしてた」
遺族のさらに知り合いか。ちょっと遠いな。
「ひどい話だ。肉体労働に危険はつきものとはいえ、死んでも死にきれないだろうな。家族を残してるわけだし」
「そうね」
レオンは下げたお皿を私の前に置いて、そのままホールに戻らず私の前に座って、皿洗いを手伝い始めた。
「放っておけば、霊は永遠にこの世を彷徨うことになる」
「そうとも限らないんじゃないかしら。案外、お葬式あげてもらったら満足して行ってくれるわよ」
「だといいんだけどな。……現地に行ってみて」
「それは駄目」
「やっぱり」
「当たり前でしょ?」
それがわかってるから、レオンも遠慮がちな口調になってたんだな。わざわざ、私の手伝いまでして。
公爵家が開拓と採掘を行う山だ。その指揮を執るのも、公爵家の重鎮だろう。
故郷で社交パーティーに参加していた私と面識ある人間が、そこにいる可能性が高い。私は向こうの顔を覚えてないかもしれないけど、向こうは覚えているだろう。
だって公爵令嬢だし。髪型は変えたけど顔を変えるのは無理なわけで。見られたら終わりだ。
「そっかー」
「気持ちはわかるけどね。事故で亡くなった方の慰霊をしたいんでしょ?」
「うん。この手の山林開発では、死者は多く出るから。慰霊碑もいずれは建てられるはずだ。開発が終わった後に、だけど」
「それまでは霊は放置ね。お葬式は開かれるでしょうけど」
「霊がおとなしく遺体についていって、家族の元に戻ればな」
「普通はそうなるでしょ」
「人は、死んだ直後は混乱するものだよ。下手すれば死んだことに気づかないことも多い。事故で即死すれば、なおさら」
なるほど。それで周りを彷徨ってしまい、自分の遺体ではない物に憑いてしまうこともあるのか。
そうじゃなくても、死んだ土地に憑くという形で縛られてしまうこともある。
「行きたいなー」
駄々をこねるな。ガキじゃないんだから。いやガキだけど。
「ひとりで行きなさいな」
「やだ。ルイと行きたい。子供だけで行ったら怒られる。子供の来るところじゃないっ! って。肉体労働してる怖いお兄さんが」
「怖いお兄さんに物怖じする子じゃないでしょ」
ジャンに馴れ馴れしく話しかけられるくせに。




