19.クソガキに折れる私
「というか、私と出会う前も遠出することはあったんでしょ? そういう時、どうしてたのよ」
「エドガーと行ってた」
だろうな。
「彼と行きなさい」
「レオン、今回は山でしょう? 森をかき分けて坂を登るのは、聖職者の仕事ではありません。それに、ルイさんがいるではないですか」
胸の前で菱形を作り、声真似をした。似てるけど。祈りのポーズを冗談で使うな。あと手を動かせ皿を洗え。
「まあ、言いそうではあるわよね」
「舗装された街なら、遠慮なく動き回るんだけどな。信者に馬車を手配してもらうとかして」
「体力がないというか、運動したくないのを突き詰めるとこうなるのね。とにかく、私は行かないからね」
「えー」
とりあえず、この話はこれでおしまい。
と思ってたのだけど。
「ぎゃー!?」
「おー。葬列で転ぶってことは、葬儀をするだけでは物足りないと見た」
「なんでよ! お葬式開いてもらえるなら感謝しなさいな!」
次のお休み、ジャンの様子でも見に行こうかと鍛冶屋街の方へ歩いていると、お葬式の列に出くわした。
逃げるのも悪いから、霊が満足しているか、そもそもいないことを祈りつつすれ違ったのだけど、失敗した。
「すいません。俺、アルディス地区の教会で働いています。エドガーの知り合いです。彼は、どうして亡くなったんですか?」
レオンが葬列の中にいたシスターのひとりに話しかけた。
エドガーの名を聞けば、彼女はレオンを信頼したようで。
「北の山の木こりさんですよ。斜面から滑落して、頭を打って」
「そうですか……」
「ここのところ、山で亡くなる人が増えているので、神父様も心を痛めています」
「山で? 鉱山開発に関連して、ですか?」
「ええ。木の下敷きになったり、岩に押し潰されたり。どうか、死後は安らかに冥界へ行ってくれるよう祈るばかりです」
冥界に行かず私に憑いたんだけどね。どうしてくれるのよ。
「それに、こんな噂があるそうです。あの山には竜がいると」
「竜?」
「そうです。魔族の仲間の竜が生き残り、山の中で密かに隠れていると。ああ恐ろしい……」
信心深いあまり、そんな迷信じみたことまで本気にしているシスターさんらしい。
彼女はぶるりと身を震わせて、葬列と共に去っていった。いやいや。なによ。変な噂だけ喋っていなくなるなんて。
そもそも、なんで突然竜が出てくるんだ。肝心なところを教えなさいよ。
まあ、教会にいるシスターさんが山で何が起こっていてどんな噂が流れているかなんか、詳しく知ってるはずがない。
噂を聞いた人が再度口にする噂なんか、信じられるものではない。
ないのだけど。
「竜……」
ああ。レオンが興味を持ってしまっている。
「なあルイ」
「行かないからね。というか、竜なんているわけないでしょ? 二百年前にいなくなったの」
「それはそうだけど。生き物だし、生き残りはいるかも」
「いないから」
「確かめに行きたい」
「う……」
普段の生意気な口調じゃない。懇願するような、少し弱気な目をしている。
年相応で、不覚にも可愛いと思ってしまった。
会いたいんだろうな。本物の竜に。
噂は噂でしかないけど、噂が立つなら何かしらのきっかけがある。
事故に遭った労働者が、死ぬ間際に何かを口走ったとか。誰かが何かを見たとか。
本当に竜である可能性は低い。けどレオンは何らかの希望を見出している。
魔族戦争時代に取り残されたような、たったひとりのネクロマンサー。血の繋がった家族のいない子供。
何かに縋りたい気持ちはわかる。
「ああもう。わかったわよ。とにかく、私とレオンそれぞれの希望を叶えられるよう、考えましょう」
「……うん」
ふっと笑顔を見せたレオンも可愛くて、思わず抱きしめそうになった。けれど私がする前に、レオンの方から身を寄せてきて。
「ルイは家族と会いたくないんだよな。だから山には行きたくない」
「ええ」
「まずは情報収集だ。現場の指揮を公爵領の誰かが執ってるはずなんだ。それが誰かをリリアに調べてもらおう」
「そうね。でも、わかるかしら」
リリアは王都にいて、公爵家の使用人はおそらく王都にはほとんどいない。
公爵家も別邸を王都に持ってはいるし、そこの管理人はいる。けどその人物が本領の最新の情報を把握しているとは思えない。
だからその方向から知るのは無理だろうな。
「となれば、神父かな」
「ええ。その方がまだいけそうね」
今の時点で死者が複数出ているならば、教会でも話題になっていると思う。
あくまで噂レベルの情報しか流れてこないわけだけど、監督者の人となりはわかるはず。
「帰ったらエドガーに頼んでみよう。それより今日は、ジャンを見に行くんだよな」
「ええ。……行ってくれるの?」
別に、ジャンと約束したわけじゃないのに。今からエドガーの所へ行ってもいいのに。
「この件、鍛冶屋も係わってるかも」
「そうかしら。確かに道具を売りつけて儲けたって話だけど」
「そこの繋がりから、なにかわかる……かも」
「そうね。一応聞いてみましょう。……ありがとね」
「うん」
レオンは私に身を寄せたまま、鍛冶屋街へ向かって歩みを進めていく。
本当に鍛冶屋たちから本件の情報が得られるとは思ってない。けど、私は今日は鍛冶屋に行きたかったんだ。山について調べたいわけじゃない。
レオンは、私のことを考えてくれてるんだな。




