第二十八話 全身全霊全力で
魔女リティがヘッドショットをかます少し前。
『――リッちゃん、ヒバリービルズさんを狙えないのかってラピッドちゃんが言ってる』
「ごめん、それは無理。傍にいる護衛役がやたら周囲を警戒してる。多少不意を衝いても対応されそう――狙えれば一番よかったんだけど」
実は魔女リティはハヤテくんの背に乗っていない。万が一の全滅を避けるために、一人森に潜伏していたのだ。
超速の巨鳥の背に、五人いると誤認させるための策。それがここで利いてきたと言える。
現時点で魔女リティの居場所が割れていないという事実は、ヒバリービルズのチームに対する唯一のアドバンテージ。これを最大限に生かして、この場を切り抜ける必要がある。
一発目で誰を狙うかが、このイベントの生死を分かつ。
『ハヤテくんを残して逃げるっていうのは?』
「んー……後の展開が苦しくなるからナシかな。ヒバリービルズの攻撃を避けられても、生き残ってる同盟軍に追い込まれる可能性がある。そっちが同盟軍から逃げられてたのも、ハヤテくんの速度あってのものだし――ここまで頑張ってくれたハヤテくんを見捨てるのも忍びないよ」
『ふふっ……うん、そうだね』
残された時間はそう多くない。魔女リティは状況を整理し、何をするために誰を狙うべきかを考える。
いくつかの可能性の中で、唯一突破口を見出せそうな策が浮かんだ。
それでも分の悪い賭けではあるが、他にやりようもないし――しくじれば全てが水の泡という綱渡りじみた緊張感は、ゲームであればこそ十全に楽しむことができる。
無茶無謀は、魔女リティというゲーマーにとっての大好物だ。
「クロワッサン。まずこっちの狙撃で呪いの術者を仕留める」
『呪いを? 倒したら即解けるかな?』
「いや、多分術者を倒してもしばらくは残ると思う。もしも解けたら即退散でいいけど、解けなかった時はそっちで頑張ってもらうことになる」
魔女リティは自身の思い描いた図をクロワッサンに伝える。
『――なるほど、確かにそれ以外、このイベントで生き残る道はないかも』
「まあ、しくじった時は僕が死んでも生き残るから」
『最悪の場合、シャンデリアちゃんがいるし大丈夫でしょ。分かったよ、それで行こう』
「じゃあ、僕が合図したらイチゴちゃんのローブ剥ぎ取ってくれる? なんならローブを投げ捨ててもいい。一瞬でも敵の注意をこっちから逸らしたい」
『分かった!』
魔女リティが《鷹ノ眼》で呪いの術師を視界に捉える。
「――距離三〇〇、角度マイナス補正……照準、良し。空の捕食者 雷雲の翼 羽ばたき一つで地を揺らす」
淡々と頭に狙いをつけた魔女リティが、幼馴染に合図を出した。
ローブが宙を舞い、スライムがその姿を衆目に晒し――
「《トール・ライトニング》」
ステータスが低い――特にMPが全属性で最低補正値の闇属性の魔女が、急所への一撃に耐えられるはずもなく。《鷹ノ眼》越しに灰になったのを確認した。
確かな手ごたえ、ゾクゾクとした快感に口の端を吊り上げつつ、魔女リティは仲間に連絡する。
「クロワッサン、こっちは落とした。悪いけど、あとはそっちお願い。ラピッドにもよろしく」
『了解!』
◆◆◆
「……! やられたザマスね」
「ごめん、私の警戒足りなかった……!」
「いやぁ……今のはどうしようもないザマス」
思ってもみない方向からの、完全なる不意打ち。それが雷属性の魔法ともなれば、瞬速の一撃だ。防ごうと思って防げるものではない。
むしろ、咄嗟にヒバリービルズを守るべく障壁を張った仲間を褒めこそすれ、責めることなどありえない。
「――それにしても、なかなか図太い相手ザマス」
「図太い?」
「私ではなく呪いの術師を倒したところで、呪いが即解けるわけじゃないザマス。それは敵も分かっているはずザマス」
しかし、次はない。今掛かっている呪いが解ければ、フレーズヴェルグはあるべき速度を取り戻し、即座にヒバリービルズの攻撃圏から飛び去ってしまうだろう。
逆に言えば、呪いの術師を倒しただけでは窮地を脱したとは言えない。
この後の大本命――ヒバリービルズの《光条砲》を防いで、初めて窮地を脱したと言える。
「つまり彼女たちは、わたくしたちの攻撃を正面から受けた上で生き残って見せると挑戦状を叩きつけているのザマス」
「なるほど……それは確かに、図太い」
「しかし、嫌いじゃないザマス」
クールタイムは明けた。杖を握った手を天の巨鳥へと振りかざし、ヒバリービルズは宣言した。
「レイドボスに風穴空けたわたくしたちの全霊の一撃、防げるものなら防いでみるザマス!」
◆◆◆
「ったく、さっきの攻撃を防げとか――リティも無茶言うわね」
ハヤテの背中から飛び立ったラピッドが、ヒバリービルズとの直線状で独り言ちる。その肩にとまっているのは、月光蝶の分身だ。
幸い、ハヤテを追っていた同盟軍たちはすべてこの場を離れている。ヒバリービルズの攻撃に巻き込まれるのを避けたのだろう。おかげで落ち着いて準備をすることができる。
「やっと出番が来たかと思ったら、損な役回りだわ――でもまあ、やれるだけやってやろうじゃない! それに――」
眼下のヒバリービルズを見下しながら、ラピッドはぱん、と一つ顔を叩く。
「あんな『ユニユニ』を冒涜したみたいな恰好してる奴に負けてられないものね……! 竜の心臓 滾る骨の炉 炭はいずこと咢を開く! 《トール・イグニッション》!」
炎の基礎術式、その中級魔法。魔法攻撃力へのバフを与える。
「それともう一つ……こっちはちょっと恥ずかしいけど! 太陽に牙剥く者 夜を往く誇り高き獣に 蒼き月の祝福を! 《狼憑》!」
それは、魔女リティから譲り受けた魔法陣。クロワッサンとの遭遇クエストの際に襲って来た人狼――正式名称ウェアウルフから獲得した魔法陣をベースとして製作した強化効果の魔法陣。
効果時間中は『消費MPの増大』『月明かりに照らされること』を条件として、魔法そのものに破格の強化効果をもたらすが、残念ながらリアルの時間とリンクしているWCOの世界では、まだ昼間。月は出ていない。
しかしそれが無くとも、魔法の威力は五割程度強化される。魔法攻撃力バフの《トール・イグニッション》と合わせれば、その強化効果は通常時の三倍以上だ。
ただし、この魔法陣。副作用として――
「……くぅっ、やっぱりどうしても生えてくるのね……」
ラピッドの帽子を突き抜けるような形で生えてきたのは、狼の耳だった。腰付近からは、ご丁寧に尻尾まで生えている。
試運転の際にハルルから散々「狼少女とか似合いすぎやわ~」とからかわれたが、今は身内しかいないし、下からは距離的に見えないだろうと考え、使用に踏み切った。
なお特設会場の中継映像では、ラピッドの気の強そうな表情の中にちょっと恥じらいが混じったケモミミ姿がズームアップされており、一部ケモミミフェチプレイヤーたちがとてつもなく湧いていたのだが、彼女がそれを知るのはもう少し先の話になる。
眼下でヒバリービルズが、やたらハイトーンな声で詠唱を開始し、黄色に輝く魔法陣が展開されるのを見ながら、ラピッドもまた詠唱を行う。
「燃やせ 燃やせ 命を燃やせ 涙は油 肉は薪 骨の髄まで焼き尽くせ
燃やせ 燃やせ 心を燃やせ 矜持は炭に 誇りは塵に 気高き魂焼き尽くせ!」
それは習得はしたものの、彼女がまだ詠唱破棄出来るほど使いこんでいない魔法。
本来であれば使う予定もなかったが、今は少しでも威力が欲しい。
各属性の上級攻撃魔法と比較しても、最大威力を誇る基礎術式。
単純に、シンプルに、触れたものを焼き尽くす大炎塊。
「――《グランデ・ブレイズ》!!」
盛れるだけのバフを盛って放たれたそれは、眼下の魔法陣に向かって突き進む。
しかし、ラピッドとてこの一発で相殺できるなどと思っていない。
「――《トール・ブレイズ》《トール・ブレイズ》《トール・ブレイズ》!! っらあああああああああああああっ!!」
詠唱破棄による《トール・ブレイズ》の連打。振るわれる杖から次々に放たれた炎塊は、数珠つなぎになって落ちていく。
「――《光条砲》!!」
そして同時に、ヒバリービルズの魔法陣も発動。極太の雷の奔流が、大炎塊と真正面から激突。拮抗は一瞬――パーティメンバーの全てを結集して放たれた《光条砲》が、《グランデ・ブレイズ》を貫いた。
「――こんっ……のぉぉぉぉっ!!」
負けじと炎塊を放ち続けるラピッド。詠唱破棄の《トール・ブレイズ》では一瞬にも満たずに散らされる。
だが、確実に――
「勢いは――落ちてるわねぇ! あっはははぁ!」
テンションが降り切ったラピッドの笑いが空に響いた。
◆◆◆
「いや……流石にこのままだときついか?」
狼耳を生やしたラピッドとヒバリービルズの攻防を眺めながら、魔女リティは呟く。
炎を貫くたび少しずつ細くなっていく光線は、しかし確実にフレーズヴェルグへと突き進んでいる。
「少しでも手伝わないとね――距離四〇〇、角度プラス補正――照準良し」
その光線の先端を狙って、魔女リティは雷撃を放った。
◆◆◆
途切れることなく放たれる炎塊と、それを貫き続ける光線。
互角にも見えた戦況だが、先に限界を迎えたのはラピッドだった。振るった杖から《トール・ブレイズ》が出ない。MPが足りなくなったのだ。
最後に放った炎塊を、《光条砲》が突き抜ける。それは最初に比べて細くなってこそいたものの――触れれば致死級のダメージを持っていることに変わりはない。
ここまでやってもあたしの負けか。ラピッドがわずかに悔しそうな顔をしたその瞬間。
地上から飛んできたのは、一条の雷撃――《トール・ライトニング》。
魔女リティによる援護狙撃が、ラピッドへ向かう光線に直撃。
二度、三度と続く雷撃で威力は減衰、だがまだ止まらない。
「《トール・アクア》! 《火の手の掌》!」
ラピッドの隣へやってきたハルルが、激流、次いで超熱波を放つが、それを突き抜けてなお、《光条砲》は力を保つ。
「――《トール・リフレクション》!!」
ラピッドの肩に乗った分身越しに、クロワッサンの障壁が展開される。バチィッ! と反発し合うような音がして、なお《光条砲》は防げない。徐々にヒビが入り、やがて砕け散り、
「とぉりゃああああっ!」
――二人の前に滑り込んだシャンデリアが、そのナイフの切っ先を《光条砲》に突き立てた。
「ちょっバカ!? なんで――」
ぎょっとしたラピッドだったが、こうなっては問答してる場合じゃないと思いなおす。
最上級の素材によって作られた“鱗裂”は、強化された腕力によってブレることなく《光条砲》の芯を捉え続けている。
骸竜鉱晶を素材とした“鱗裂”の特性――MPを消費して発動する、魔法への干渉能力。平たく言えば敵の攻撃魔法などを斬ることが出来るこのナイフでなければ、とうに三人まとめて貫かれているだろう。
ナイフの切っ先に押され、少しずつ《光条砲》が分散していく。
とはいえわずかでも芯がブレればナイフは弾かれ、三人ともどもフレーズヴェルグを貫くだろう。
「あっ待って意外と圧が強い……! ブレそう……!」
「シャンデリアちゃん、ファイトや~!」
「滑り込んできて締まらないこと言ってんじゃないわよ! もうちょっとなんだから踏ん張りなさい!」
ラピッドが、ハルルが、ナイフを握るシャンデリアの手に各々の手を重ねる。大して意味はないかもしれない。むしろ邪魔では? しかし、彼女たちの頭の中にあったのは、いつだったか見た第一作『魔法少女ユニユニ』、そのラストバトル。彼女たちもこうして、最後の一撃は手を重ねていた。
「「「いっ――けぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」」」
ほんの僅か、ナイフを押し込む。
瞬間、その威力を全て殺された《光条砲》が、弾けて空へと溶け消えた。
「――はっ、はは……防い、だ!」
『ラピッド、みんな、よくやったね! すごいよ!』
「みんな! ハヤテくんの呪いが解けた! すぐに乗って!」
「あいあいさー!」
クロワッサンの声に、シャンデリアがラピッドとハルルの手を握って飛ぶ。流石にくたびれた様子のラピッドが、ふ、と小さく笑って言う。
「――ンなんでシャンデリアが飛び込んできてんのよ! 最悪あんただけでも逃げるって手筈だったでしょうが!」
「ごめーん! ラピッドちゃんの奮闘見てたらテンション上がっちゃった!」
「上がっちゃったじゃないのよこのおバカぁぁぁぁぁっ!! あれで上位入賞フイにしてたらどうするつもりだったのよ!?」
「まぁまぁ、ラピッドちゃん。攻撃は防げたし結果オーライや~」
「結果オーライだよね!」
「だからそれはあんたが言うセリフじゃ……あぁ、もういいわ」
ツッコむ気力も途切れたのか、ふ、とラピッドが力を抜く。
「まぁ、生き残ったのは事実だからね――ありがと、二人とも」
「あらぁ、珍し。最近ラピッドちゃんが素直や」
「えぇ? ラピッドちゃんはいつも素直だよ?」
「ふふっ、違いないなぁ」
「どういう意味よ!」
「――みんな、お疲れ様! ハヤテくん、お願い!」
笑う三人が乗り込むや否や、ハヤテくんは雄大な翼を羽ばたかせて、あっという間にその場を飛び去ったのだった。




