第二十四話 ワンマンアーミー・シャンデリア
「さて――じゃあミツメ、いってらっしゃい」
イベントフィールドは、大別して四つの顔を持つ。
開けた地形の水辺と平原、障害物の多い森と岩場。その中から森に転送されたのはラッキーだったと魔女リティは思う。なぜなら身を隠しやすい。
「視界共有するよ」
「周りは任せて」
クロワッサンの言葉を聞き、魔女リティの目が淡く光る。ミツメが見下ろす景色の中では、既にあちこちで戦闘が始まっていた。
北に平原、東に森、南に水辺、西に岩場といったマップ分布であり、特に魔法がぶつかり合っているのは――
「水辺と平原か……そりゃそうなるよね」
見通しがいい場所で目が合えば、魔法の一つも飛ばしたくなるだろう。
「――! みんな、僕らの方に南から何か寄ってきてる」
ミツメの視界に映る森、その一部で枝が揺れ動いた――視界をフォーカスすれば、それはハウンドウルフだった。このイベントフィールドに野生の魔物は出ない。つまり、索敵役の使い魔。思った通り、その後方から五人のプレイヤーがやってくる。
「ひとまず一チームだけか……」
「あたしが行こうか?」
「いや、炎の魔法は派手で目を引きかねないから……シャンデリア、お願いできる?」
「おっまかせー! 《トール・ファルコ》!」
箒にまたがったシャンデリアが、ばびゅんと南へ飛んでいくのをミツメの視界越しに確認する。周囲の動向を確認しつつ、シャンデリアの行方を追った。
◆◆◆
木々の間を高速で飛び抜けるシャンデリア。視界の先にハウンドウルフを捉えた彼女は、魔法陣を使用する。
魔女リティからもらった、短時間自身の姿を透明にする魔法陣――《隠レ蓑術》。
姿を消しても臭いは消えない。グレイウルフが敵を察知して立ち止まるが、その瞬間にはもうシャンデリアはナイフを抜いて眼前に迫っている。
(狼さんも可愛いんだけど、ごめんねー)
通り抜けざまにナイフを突き立て、勢いだけでハウンドウルフを切り裂いた。ダメージ限界に達して強制送還される。
それを見た後続のプレイヤーたちがぎょっとして飛行を停止するも、もう遅い――超速ですり抜ける透明の刃を防ぐことなど出来るはずもなく、鎌鼬と化したシャンデリアの手によって、先頭二人がナイフで首を掻っ切られた。
「がっ!?」「ひゃぁっ!?」
WCOに部位欠損のシステムはなく、例えば腕を斬り落とされるような攻撃を受けても腕がなくなることはない――その代わりに、MPを大きく削られる。まして、首を斬りつけられてはなおのこと。
急所への攻撃によるMP全損で二人が灰となって脱落。
見えざる敵の攻撃に、生き残った三人が前方を注視するも、透明化が解けた下手人は既に背後に回っている。
そしてあろうことかシャンデリアは箒を蹴り――敵プレイヤーの箒に飛び乗った。
「ごきげんYO!」
「なんっ……!?」
そこからはあっという間だ。三人目の心臓部をナイフで貫き、足場である箒が所持者ともども消える前に四人目の魔女の箒に飛び乗る。下へ動きつつ首を斬りつけ、宙へ身を躍らせた先は五人目の真下。
五人目の魔女が何をと思う間もなく、伸ばした腕で箒を掴んでしなやかに体を曲げ、その勢いでぐるりと回転。そのついでに五人目をざくっと斬り捨て、鉄棒競技のフィニッシュのごとく大ジャンプ。滞空していた自身の箒に着地してポーズまで決めた。
「まずは第一任務完了、かなっ!」
『シャンディちゃん、お疲れ様~。戻ってええって』
「あいあいさー!」
伝声のイヤリングからの指示に了を返し、チーム一つをあっさり壊滅させた暗殺者は、実に陽気に来た空路を戻っていった。
◆◆◆
「……シャンデリアって何者なの? なんか……すごいエグい動きしてたんだけど」
「あー……シャンデリアちゃん、新体操の特待生で学園に来てるから……」
「なるほど、道理で……」
ミツメ越しにその動きを見ていた魔女リティは納得する。確かに鉄棒競技に近い動きにも見えた。その中でナイフを振るうとか、相対したプレイヤーはたまったものではないだろうが。
「さて、ひとまず前哨戦はこっちの勝ちかな――見てる感じ、やっぱり序盤は潜伏するチームが多いみたい。目的はバラバラだけどね」
単に様子を見ているチーム、魔法を仕掛けたり地形を利用したりして、自分たちに有利な領域を作ろうとしているチーム、様々だ。
もっとも、長期戦は魔女リティたちの望むところではない。
だから、無理矢理戦闘に引きずり出す。
「ただいまー!」
「おかえり、すごかったね」
「えへへ、あのぐらい軽い軽い!」
「頼もしいね――じゃあシャンデリア、ハヤテくん呼んでもらえる? ハルルはイチゴちゃんを」
「了解や~」
「じゃあ、作戦開始だよ。まずは不確定要素の多い使い魔から奪い取る」
◆◆◆
「設置急げよー! いつ敵が来るか分からんからなー」
「そういうならあんたも手伝ってよー」
森の一角に、蜘蛛型の魔物を使役する一団がいた。使い魔である蜘蛛たちに指示を出し、周囲の木々に蜘蛛の巣を仕掛けている。
長期戦を見越して、中盤以降に自分たちが有利となるフィールド作りの最中である。
張られた蜘蛛の巣をそのままにしておくこともなく、『変色』の効果を持つ魔法陣によって風景に溶け込ませる。これによって、少なくとも最初に突っ込んできたプレイヤーは餌食になる。蜘蛛の巣があるとバレたところで、警戒して動きの鈍った魔女など魔法の的でしかない。
作戦としては悪くないと言えるだろう。
だがこの作戦、本来なら問題とも言えないような問題があった。
それ即ち、蜘蛛の巣を作戦の要としている以上、大前提として使い魔の存在が不可欠なことである。
「い゛っ……!?」
中心で作業指揮を執っていた魔女が、空を見てぎょっとする。
巨大な鳥が、真上を通り過ぎていったのだ。
「えぇ……今の使い魔ってことだよね……? あんなの使役したプレイヤーいるの……?」
「おいおい、あれフレーズヴェルグじゃねえ……?」
「知ってるの?」
「知ってるも何も……スピード勝負で勝たなきゃ使い魔になってくれないのに、とんでもない速度で飛行するスピード自慢泣かせって聞いてるぞ。戦っても相当強いはず……あん? なんか甘い匂いしないか?」
「ほんとだ、なにこれ……イチゴみたいな? いい匂いだね」
「……えっ、あれ!? おいおいおいみんなどこ行っちゃうの!? まだ仕掛けが……!」
それまで指示通りに巣を張っていた蜘蛛たちが、作業を放り出して通り過ぎた鳥を追い始める。主人たちの言うことも聞かない。初めてのことにプレイヤーたちが戸惑う。
「ちょっ、ど、どうする!? 最初は潜伏するはずだったろ!」
「……っ、追うしかない! あいつらを保護しないとどのみち俺らに勝ち目はない!」
「ま、待ってー!」
箒に跨り、泡を喰って使い魔を追う主人たち。
「も、森が一気に騒がしく……!」
「多分どいつもこいつも使い魔を引っ張られてる、使い魔を釣って俺たちを食い合わせようって魂胆か!? これ考えた奴性格悪すぎるだろ!」
「言ってる傍から来たよ! どうする!?」
「向こうから手を出さなきゃ無視だ! 今は蜘蛛たちを取り戻す方が先決――」
「どわぁ撃ってきた! 魔法飛んでくるぞ!」
「くっそこれ仕組んだ奴の思惑通りじゃねえか……!」
リーダー格の魔女は、歯ぎしりしながら反撃の指示を出した。
◆◆◆
「うひゃあ、想像以上に地獄絵図♪」
「幼馴染がめちゃくちゃ楽しそうに言ってるんですけど。クロワさん、一言」
「ま、まあ勝つためならある程度はしかたないかな……」
ミツメが眺める景色の中では、釣り出された多くのプレイヤーたちが共食いを始めている。一時的にでも手を組もうと言う気はないのだろうか――などと文字通りに高みの見物を決め込んで、魔女リティは笑う。
作戦の第一段階――ハヤテの背にイチゴちゃんを乗せて、匂いをまき散らしながら飛んでもらうことで使い魔を引っ張りまわす。そうすれば、慌てて使い魔を取り戻そうとしたプレイヤーたちも同時に釣れる。近づけば戦わざるを得ない。
「とはいえ、これで釣れるのは精々半分だよね。使い魔は諦めて放置したり、ひっこめる人たちもそれなりにいるみたいだし――とはいえ、潜伏されっぱなしなのも困るから」
作戦に従い、第二の混乱をもたらす。
「シャンデリア、一仕事終えた後で悪いけどまた出番だよ」
「おっまかせー! 空の波 吹き荒ぶ風 掴めば彼方へ運ぶ風 海渡る鳥に活力を 種持つ綿毛に祝福を 遥か彼方へ旅立つものに 大いなる風の微笑みを! 《グランデ・ファルコ》!」
風の基礎術式、上級支援魔法――強力な速度バフを自身に掛けたシャンデリアがナイフを抜く。
それは剥き出しの歯と共に、鈍く光を反射した。
・シャンデリアのスタイルについて
一言で言うなら「機動力特化超近接戦魔女」。超高速で相手に近づき、ナイフで急所を掻っ捌く。魔法の撃ち合いによる遠距離戦が主となるWCOにおいては非常に珍しいスタイルと言える。開祖と言っても過言じゃない。そもそも杖じゃなくてナイフをメインにしてる時点で他のプレイヤーからはドン引きされている。
なおプレイヤーのボディ面でのステータスは存在しない。言い換えればみんな肉体面でのステータスは変わらない。例を挙げると、腕相撲をやった場合腕力だけではまず決着がつかないし、50m走とかやっても体の使い方以上の差は出ない。だから大体のプレイヤーは肉弾戦に手は出さない。
……が。ボディを強化する方法がないとは、運営も一言も言ってないのである。




