第十五話 消えかけた火に燃料を
「あんたってやつは、ほんっとにもぉぉ! あれだけ気をつけろって言ってたのにぃぃ!!」
「今回のはほんとにごめんね!」
「ま、まぁまぁ。同行して止めなかった私も悪かったから、いったん落ち着こう?」
「……クロワさんは何も悪くないでしょ」
クロワッサンが仲裁に入れば、やや勢いを落としてラピッドが席に座る。続けて全員が席につき、緊急会議が開催された。
「でも困ったなぁ、これでバトルロイヤルの参加ランクが上がってまうんやろ? うちらがミドルランクで上位に食い込むんは、結構厳しいかもわからん」
「……厳しくても、やるしかないでしょ」
上位報酬は、どのランクでも共通。チーム対抗バトルロイヤルのそれは、第一作『魔法少女ユニユニ』に登場した魔法を模した魔法陣と、そのコスチュームに変身できる特殊アクセサリーだ。
これらを――どちらかと言えばアクセサリーのほうを狙っていたラピッドが、ハルルの言葉に顔をしかめる。諦めたいわけではないが、軒並み格上のランク内で上位に入れるビジョンも見えないと言ったところだろう。
続きの言葉が出ないラピッド。成り行きを見守っているハルル。流石に空気を呼んだのか大人しいシャンデリア。部屋に重たい沈黙が満ちていく。
(……何て声を掛ければいいんだろ)
そんな後輩たちの姿を見て、クロワッサンは悩んでいた。
問題なのは、参加ランクが繰り上がったことではない。彼女たちの心が折れかけていることだ。ラピッドの「やるしかない」という雑な言葉は、弱気の裏返しでもある。
下手な言葉を掛ければこのムードが加速する。そう思った矢先。
「――ずいぶん暗い雰囲気じゃん。普段の生意気はどこに行ったのさ、ラピッド?」
魔女リティの言葉が、沈黙を破った。クロワッサンも、ラピッドたちも一斉に魔女リティを見る。
「クロワッサンはこの状況、どう思う?」
「えっ、私? そ、そうだね……まだ諦めるには早いのかな、とは思うよ」
急に話を振られたクロワッサンが驚きながらも自分の見解を述べると、うつむいていた三人娘が顔を上げた。眉間に皺を寄せて口を開いたのはラピッドだ。
「……それ、本気で言ってる?」
これはらしくもないセリフ。クロワッサンは魔女リティと顔を見合わせて思わず笑う。そんな二人にラピッドが顔を赤くして怒鳴った。
「あ、あのねぇ! はっきり言うけど、無理でしょ! あらゆる面であたしたちを上回るプレイヤーたちを相手にどうやって勝ち残ろうって言うのよ!」
「まず前提として、まともにぶつからないことかな」
即座に返されて、ラピッドが言葉に詰まる。
「これは総当たりじゃなくて、あくまでバトルロイヤル――つまり生き残っていれば勝ちっていうイベントだかんね。必ずしも、全員を叩きのめさなきゃいけないわけじゃない」
「……敵が減るまで逃げ回るってこと?」
「敵の数を減らすために駆け回るんだよ。立ち回り方次第で、敵はいくらでも引っ掻き回せるからね」
気勢を削がれたラピッドの顔を見て、魔女リティがくすっと笑う。
「なんで、って顔してるね。僕個人の目的としては、これだけの大舞台でみんなを支えて、上位報酬を手に入れられれば最高に気持ちいいだろうなって思ってるんだけど……えっと」
あまりにらしいことを言っている幼馴染にクロワッサンが苦笑していると、魔女リティは何かを思い出すように額を指で二、三度つついてから、口を開いた。
「“敵がどんなに強くても、絶望するのはやれることを全部やってから!”……なんてね」
クロワッサンは聞き覚えのないセリフに首を傾げたが、後輩三人がその台詞に反応する。特に目を光らせたのがシャンデリアだ。
「初代ユニユニの、ラスボス戦のセリフ! リティ、何で知ってるの!?」
なるほど、とクロワッサンは納得する。
それは、初代『魔法少女ユニユニ』の主人公が、ラスボス戦にて言い放った言葉。
封印されていたラスボスが復活し、その圧倒的な力を目の当たりにしてユニユニたちが次々と心を折られていく中、主人公の少女・ユニユニレッドは決して折れず、決して逃げず、決して諦めず戦い続け――仲間たちから、「なんでそこまで戦えるのか」と問われて返した言葉。
“敵がどんなに強くても、絶望するのはやれることを全部やってから!”
“死ぬまでの間に、やれることはいくらでもある。つまり、私は死ぬまで絶望しない!”
滅茶苦茶な理論だったが、その言葉で息を吹き返したユニユニたちは、力を合わせた大立回りの末にラスボスを打倒することに成功したのである。
「……そうだったわね、なんで忘れてたんだろ。あたし、初代の主人公がシリーズ通して一番好きだったのに」
自嘲交じりに呟くラピッドの顔に、笑みが浮かぶ。それを見たハルルとシャンデリアも笑顔を浮かべた。
「そうね、絶望するのは負けてからでも遅くないか。……リティ、作戦とか任せても?」
「? いいけど、なんで?」
「今日の遭遇クエスト、あんたが考えた策がなかったらどうにもならなかったし。そういうの考えるの得意そうだから」
「そういうことなら、任された。ベストを尽くすよ。勝つためにね」
「焚き付けたのはあんたなんだから、しょうもない作戦立てたら許さないわよ」
「やっと“らしい”言葉がでてきたね」
「……からかうんじゃないわよ」
ぽこ、とラピッドがチョップを落とせば、アトリエに笑い声が響いた――が。
(な、なんか……良い雰囲気になってないかな……?)
笑顔の裏で、クロワッサンが若干の焦燥感に駆られていた。
「リッちゃん、よくあのセリフ覚えてたね」
「ああ……さっきの?」
バトルロイヤル開始までにやることをまとめていた魔女リティに、クロワッサンが声を掛けた。
忙しそうなところ悪いなぁと思いつつも、ラピッドとの距離の近さが気になって焦った形だ。
「うん。あのユニユニのセリフのおかげでみんなの雰囲気が持ち直したから、すごいなぁと思って。私も見てたはずだけど、あんまり覚えてなかったし」
「……姉が見てたからね。印象的なシーンだったからよく覚えてるよ」
「お姉さん? ……でも、星子さんって確か」
「あ、シャンデリア! どんな使い魔と契約したの? 戦力は把握しておきたいから教えてほしいな」
「あ、見る? 見ちゃう? すごいよ! あーでも、ここじゃ狭いからフィールド行ってもいい?」
(わ、話題が流れちゃった……)
クロワッサンがちょっぴりしょんぼりしながら、全員の後をついていく。
平原フィールドに辿り着き、シャンデリアが一つ指笛を鳴らす。それをかっこいいと思ったのか、魔女リティが指をくわえて同じようにやってみる。ぷひゅー、と空気が抜ける音しかしなかった。
(失敗して顔赤くしてる……可愛い……!)
クロワッサンが内心で悶えていると、チームラピッドへ迫る一つの巨影。
「えぇ……これが使い魔?」
「なんっ……!?」
「ほぁ~」
(……私もこんな顔して見上げてたのかな?)
とはいえ、これを見たらだれでもそうなるだろう、とクロワッサンは苦笑する。
五人の目の前に現れたのは、カオス・ガルーダに勝るとも劣らない巨大な鳥型の魔物。五メートルの高さからギラリとした目でこちらを見下ろすその様は、ブラキオン・ワイバーンにも引けを取らない威圧感を放っている。
「ご紹介しましょう! わたしの使い魔、フレーズヴェルグのハヤテくんでーっす!」
「ちょっとあんた……こんなのどうやって手懐けたのよ」
「えっとね、スピード勝負で勝ったんだよ!」
「……クロワさん、説明してもらえますか?」
「あはは……遭遇クエストの一種で、一定区間の飛行でフレーズヴェルグに勝て、っていうクエストだったらしいの。今まで何度も挑んでて、今日やっと勝てたんだって」
「長い戦いだったよー! 《グランデ・ファルコ》のおかげだね!」
風の基礎術式――上級支援魔法を会得したことが勝因らしい。
「……これは、大きい戦力だね」
ハヤテくんを見上げた魔女リティが、口の端を吊り上げながら呟いた。
なおナイフがメイン武器で範囲攻撃も持たないシャンデリアが三人娘の中で最もレベルが高くなっちゃった理由は、持ち味のスピードを活かしたクエスト消化数が理由です。
そろそろ消化したお使いクエストの数が三百に達するとか達さないとか。




