第十話 ずっと女だと思ってた
「……リティ、あんたなんでさっきあたしを助けたのよ」
掃討後、ラピッドは憮然とした表情で魔女リティに問いかけた。
「さっきって、カマキリの時の?」
「それ以外に何があんのよ。あの時、あんただって攻撃されてたじゃない。こっちを援護する余裕なんてなかったでしょうに」
「いや、あの時はあれが最善だと思ったかんね」
魔女リティは、幼い外見にはとても似つかわしくない冷静さで戦闘を振り返る。
「《突撃牡丹》……あ、魔法陣は直前で使ってたからクールタイム中、簡易防御は砕かれた。僕の基礎術式一発じゃ周りの魔物は一掃できないから、あのままだと遠からず強制送還はされてたよ。そのタイミングでラピッドが危なかったから、二人とも強制送還されるよりはラピッドが生き残ったほうがいいって思ったんだよ」
「……呆れた。あの一瞬でそこまで考えてたの?」
「狙撃で援護するのが僕のプレイスタイルだかんね! 僕が囮になって仲間が生き残るなら、それはそれで全然ありだと思うよ!」
「……生意気」
むにぃ、とリティのほっぺをつまむ。
「ひゃにふるのふぁ」
「助けられたのには礼を言うけど、そんなことされちゃあたしの立つ瀬がないの。本番ならともかく、レベリング中ぐらいは自分が生き残ることを優先しなさいよね」
リティのほっぺから指を離し、背を向けながらラピッドは思う。
(自分を好きじゃないって分かってる相手にもこうなの? 呆れるほどのお人よしというか……チームのための捨て駒になることもいとわないプレイスタイルって感じね。今回のイベントを戦う上ではうってつけだけど……なんていうか……)
「えらいバツの悪そうな顔しとるね、ラピッドちゃん?」
「うわっ!」
いきなり耳元で囁かれて、ラピッドが肩を跳ねさせる。
振り向けば、ハルルがにまぁっと笑っていた。
「ちょっとハルル、いきなりなんなの!」
「いやぁ、レベリングで失敗して落ち込んどるんかなぁ思て」
「そうなの? 僕は気にしてないから、落ち込まなくてもいいのに。ミスぐらい誰でもするかんね」
「…………」
ハメようとした相手に助けられるどころか気遣いまでされて、ラピッドの眉間のシワが一段と深くなる。
一度長くため息をついてから、それらの悔恨は一回呑みこむ。
「……助かったわ、ハルル。……あと、リティも」
「あら珍しい、ラピッドちゃんがお礼言うとる」
「るっさいわね、茶化すんじゃないわよ」
ぷい、とそっぽを向いて言うが、自分の耳が赤く染まっていることにラピッドは気づいていない。
「……で、ハルル。さっきも訊いたけど、あんたなんでここに?」
くすくすと笑ったまま、ハルルはラピッドに耳打ちする。
「シャンデリアちゃんに二人がフィールドに出たって聞いてなぁ。リティちゃんをいじめようとしてるんちゃうかと思うて追ってきたんよ。ラピッドちゃんはクロワさんと仲良い人みんな敵視するもんなぁ~」
「…………いじめてはないし」
「どうせ自分の方が上やって思わせようとしたんやろ? お見通しや~」
憮然とした表情で二、三度目元を引くつかせてから、話を打ち切るようにラピッドがリティに話を向けた。
「リティ、あんたやりたいこととかないの?」
「へ? 急にどうしたの?」
「やりたいことがあるなら手伝うって言ってんの。ほら早く言って」
「……相変わらず不器用やねぇ」
ハルルの小さな呟きを耳にしたラピッドは、キッと彼女を睨みつけたが、にまにまとした笑みを返されただけだった。
「あ、それなら……ちょっと試したいことがあるんだけど、まずパーティ解除してもらってもいい?」
「は?」
◆◆◆
ブラック・キャタピラーという魔物が、中級フィールドである密林エリアに生息している。木をそのまま横倒しにしたかのような太さの黒い芋虫だ。
たかが芋虫と侮るなかれ、中級フィールドを我が物顔で闊歩するブラック・キャタピラーの外皮は鎧のように硬質化しており、吐き出す糸はワイヤーのごとき強靭さを誇る。おまけに雑食であり、木でも鳥でも平らげる悪食。下手に挑んだプレイヤーが返り討ちに遭うこともしばしばだ。
芋虫らしく移動速度は遅いが、それを補う防御力を持っている魔物と言えるだろう。
――しかしそれは、魔女リティにとって格好の獲物である。
のそのそと動くブラック・キャタピラー。その口が開く一瞬を目がけて、稲妻が叩き込まれた。外皮こそ鎧のようになっているが、体内はそうはいかない。しばらく痙攣したあと、ブラック・キャタピラーが敵のいる方角を認識、突進を開始する。
しかし狼や猪ほどの速度はない。十分に距離もある。魔女リティは焦ることなく詠唱し、再度 《ライトニング》を放つ。
二発目も綺麗に口の中へヒット。しかしキャタピラーは構わず突進を続けてくる。流石に中級の魔物、レベル20そこらの魔女リティの攻撃ではそう簡単に倒れてくれない。
しかし、キャタピラーの前には距離という名の絶対的な防壁が立ちふさがっている。
四回目の《ライトニング》で、とうとうブラック・キャタピラーがその動きを止めた。ひっくり返って光の粒となると、魔女リティの視界にアナウンス。
【レベルが27に上がりました】
【魔法陣:《ブラック・キャタピラー》を手に入れました】
【称号:【急所特攻・Ⅱ】を獲得しました。【急所特攻・Ⅰ】を上書きします】
【称号:【雷の魔女・Ⅰ】を獲得しました】
「……うん、こっちの方が効率いいかも。《ライトニング》四発でレベル一つ上がったし」
《鷹ノ目》越しにそれを確認した魔女リティは、期待通りの成果に頷く。
「……パーティ解除の理由ぐらい話しなさいよね。確かにパーティ組んだままだと経験値分散するけどさ」
「すごいなぁ、そもそも届くだけでもすごいんに、急所に当ててしかも倒すんやから」
「それは称号のおかげでもあるね」
称号。プレイヤーの行動によって獲得できるそれは、特定属性の威力上昇だったり、消費MPの軽減だったりと、様々な恩恵をプレイヤーに与える。
「射程が伸びる【狙撃手】と、急所に当たった時のダメージを増加させる【急所特攻】は僕にぴったりだから」
「急所に当ててるのは自前の技術ってことね……で? なんで急にブラック・キャタピラーなんか狩ることにしたのよ」
「レベリングの効率を考えたら、僕の場合は数より質かなって思って。あとは、足が比較的遅いから」
「数より質、ね……言うほど簡単じゃないと思うけどよくやるわ、ほんと」
「距離を取ってちくちく刺して、本来倒せない敵を倒すのってロマンあるでしょ?」
「あたしには卑怯にも見えるけど」
「立派な戦い方の一つだよ。それじゃあ、この調子でしばらくやっていこうかな。二人には周りから寄ってくる魔物の相手と、もし倒しきれなかったときのフォローをお願いしたいんだけど……いい?」
「しょうがないわね」
「任せとき~。あとでまたほっぺ触らせてな~?」
「ところで、リティちゃんってなんでその仮想体にしたん?」
追加で二体の黒芋虫を倒したころ。見張りが暇になってきたのか、ハルルが魔女リティに訊ねてきた。
「んー……まぁ理由はいくつかあるんだけど、最終的な決め手はゲームシステムかなぁ」
「システム?」
「うん、このゲームって基本的に体を使って戦うことってほとんどないでしょ? 武器を振り回したり、殴ったりする動きがそもそも必要ないから、体のリーチが短くてもあんまり不利じゃないんだよね――《ライトニング》」
「シャンデリアちゃんはナイフ振り回しとるけど」
「それは例外中の例外かな……あと、援護狙撃っていうプレイスタイルから考えると、体が小さい方が的は小さいし、見つかりにくいかなって思って」
「ほえー、色々考えてはるんやなぁ……うち、そういうところに全然気ぃ回らんかったわ」
「でもその見た目だと、相手に舐められそうね」
「侮ってくれるなら願ったりだよ。つけいる隙ってことだからね――《ライトニング》」
「見た目に似合わず強かやねぇ」
「フルダイブゲームで、プレイヤーの見た目と中身は必ずしも一致しないからね。逆も然り――どんなに強そうな仮想体でも、中身がそれに伴ってないなんてザラにあるから、『見た目で判断しない』っていうのはフルダイブゲームにおける鉄則の一つかなぁ」
使える技、位置取りの狙い、チーム戦ならその役割。プレイヤーの『強さ』はプレイ模様から推し量るべきであり、見た目だけで判断すると後からしっぺ返しを食らうこともある。それを聞いたラピッドが苦々しげに表情を歪めた。
「なによ、あたしに対する皮肉か何か?」
「ああ……いや、今のはそんなつもりはなかったんだけど」
「えらい含蓄ある言葉やねぇ。やっぱリティちゃんって結構ゲーム慣れしとるの?」
「そうだね、結構やってるよ? ――《ライトニング》」
「あはっ、流石クロワさんの連れてきた助っ人やね~。どういう関係とか訊いてもええの?」
「幼馴染。昔、小学校が一緒だったんだよ」
「へぇ~。うちとラピッドちゃんも幼馴染なんよ。幼馴染仲間やね~」
ラピッドの肩にしなだれかかってピースするハルルだが、ラピッドは邪魔そうにしていたので思わず噴き出す。
「そ、そうなんだ。でも、二人ともクロワッサンの後輩なんだよね? 学年違うのに、どうやって知り合ったの? 結構人見知りのイメージあったんだけど」
「うちの学校、eスポーツとかも授業に取り入れとるんよ。その中で、学年合同でプレイする機会があってなぁ」
話し始めたハルルに、ラピッドがぎくりとする。
「ラピッドちゃんが先輩……クロワさんに大口叩いた挙句ボロボロに負けてもうてん」
「わーっ! わーっ! その話やめなさいよおバカーっ!」
「で、そこからラピッドちゃんがクロワさんにリベンジによぅ行くようになったんが馴れ初めいえば馴れ初めかなぁ」
「人の恥ずかしいとこ全部喋ってくれたわねあんたぁ!」
「全部って。こんなんまだ一部やんか」
「人を恥の塊みたいに言うのやめなさいよ! あんたも笑って聞いてんじゃないわよ!」
「ごめんごめん、微笑ましいエピソードだったかんね、つい――《ライトニング》」
「そう言う反応が嫌だっつってんの! あぁもう……! リティもなんか恥ずかしい話の一つでもしなさい、それでチャラよ!」
これは難しい注文だ。魔女リティは少し考えた末に話しだす。
「恥ずかしい話かぁ……んー……昔って言うか、今でもなんだけどさ。割と女の子に間違えられること多いんだよね。リアルの見た目が華奢なせいかなぁ」
「えっ?」
「えっ?」
「えっ」
ラピッドとハルルから疑問の声を投げかけられる。そんなに変なことを言っただろうかと魔女リティが首を傾げる。
「えっ、待って……あんた、男だったの!?」
「え、そこ? クロワッサンから聞いてたんじゃないの?」
「とびっきりの助っ人としか聞いとらんけど……へぇ~?」
「そんなに驚かれるとは……いやだって、“僕”って言ってるでしょ?」
「僕っ娘だと思ってたからそんなに違和感なかったの! 『ユニユニ』でも二シリーズに一人ぐらいいるでしょ!?」
「まぁそうだけど……」
「っていうかその外見で……その見た目で……男〰〰〰〰っ!!??」
相当ショックだったのか、ラピッドの悲鳴にも似た声が森に響く。
「あんたまさかロリコンじゃないでしょうね!?」
「違うよ!?」
「大丈夫やラピッドちゃん、この姿がリティちゃんの好きな年代を現しとるとしたら、中学生のうちらは対象外や~」
「待って待って、その大丈夫は何も大丈夫じゃない、僕のヘキが誤解されるからね? さっきも言ったけどこの外見はプレイスタイルとかの関係から導き出されたものであって……」
「あっ、キャタピラー来てるわよ」
「やばっ忘れてた……って近っ! 近すぎて《鷹ノ目》が邪魔……っ! んなぁぁ《突撃牡丹》-っ!」
一か八かで放った《突撃牡丹》が、辛うじてブラック・キャタピラーを吹き飛ばした。




