教皇謁見
旧ダールバイ国首都タクラス。
この地は、ダールバイ教の主聖堂がある他、雨が多いことでも知られている。季節を通して、しとしとと雨が降り、湿気の多い日が続く。天候がひどく荒れることはあまりない。
その所為か、馬車の窓からのぞき見る街並みはどれも一様に濡れ、所々に苔を生やし、ツタが絡む。道行く人々はフード付きのコートに身を包み、傘を差している者はほぼ皆無と言って良い。彼らの服装は地味で柄物はほとんど見当たらず、寒色系の色一色に染め上げられた服ばかりが目立つ。シュトルスアルムと比べると、何もかもが古くさく、土臭い。だが、宗教都市としては趣を感じる。国境を接していた国がこうまで文化的相違があるのか。マルティンはそんな印象を持った。
タクラス市の東の外れに用意された屋敷は、元は枢機卿クラスの別邸だったらしい。その枢機卿の姓を取ってグライバ邸と呼ばれている。建物自体は新しかったが、すでに苔とツタにに浸食されつつあることにマルティンは気づいた。
代行統治者兼帝国第三軍将軍としての執務室は、1階の応接室を改造して設えられた。本棚、机などの必要な家具から書類、ペン、インクに至るまで、必要な物はすべてすでに揃っていた。
タクラス到着後、最初の仕事は反乱鎮圧後処理と、旧ダールバイ国中枢を担っていた人物たちとの謁見だった。
反乱軍鎮圧は想定通り、帝国第三軍第一、第二大隊だけで対応し、すでに10日ほど前に対応が完了している。
扇動したリーダー格は2人居て、旧ダールバイ国軍の中堅軍人と、ダールバイ教の司祭だった。その関係者も含め、現在は勾留状態にある。いずれ、中堅軍人は処刑、司祭は資格剥奪のうえ追放することになるだろう。
旧ダールバイに与する者たちの今回の反乱に対する期待は、相当なものだったらしい。何をどう見積もっても反乱軍に勝算など無かったはずなのだが、彼らの期待は大きく外れ、失意だけが残る形となったようだ。市井の動静を調査する部隊からは、そんな報告が上がってきている。
これはマルティンにとっては目論見通りと言って良かった。
あくまでもクヴァルティスの戦略の一環として教皇や枢機卿クラスを解放する体裁を取る必要があるためだ。
その最初のステップとして、マルティンは教皇に謁見することにした。
場所はグライバ邸ではなく、教皇がかつては執務を取り、今は勾留されているダールバイ城とした。ダールバイ城からグライバ邸へ教皇を呼びつけた場合、その道中で暴動が起こることを恐れての判断だった。
ダールバイ城へはセラーニセンとディバイニスを連れて行った。何しろ相手は500年は超えるという宗教組織のトップに立っていた男である。すでに老境とのことだが、マルティンより弁が立つのは、間違いない。頭脳派の参謀2人を随伴させたのは、言葉で負けないようにするためだった。
謁見の場所は、セラーニセンの意見を入れて教皇の執務室となった。
「それでは、マルティン閣下、お座りになってお待ちください」
とセラーニセンが勧めたのは、豪華な造りの椅子。以前は教皇が用いていた、教皇しか座ることを許されない椅子だった。
マルティンは、その意図を理解した。
教皇はすでに、権力者に非ず。
その事実を明確に示すための示威行為だ。




