至高本『ミシェル・ファルマロス版』
ある時、ティケはギムル師の蔵書の中に『ミシェル・ファルマロス』の手による紋章図版本を発見した。ファルマロス本人からギムル師に贈呈された物らしく、『謹呈 ギムル・ラージュ様』と手書きが付されていた。
『ミシェル・ファルマロス』とは、至高本の1冊である『ファルマロス版』を記した希代の紋章士である。
これが意味するところは、ティケが見つけた図版本は、至高本の作者であるファルマロスが、ギムル師に個人的に贈呈した図版本であるということ。つまり、私家版と呼ばれる部類に属する本であると考えられ、世に出ていない紋章が含まれている可能性がある。
これが気にならない訳がない。
ティケはギムル師には内緒で『ファルマロス私家版』の表紙を開いた。
案の定というべきか、当然と言うべきか、私家版本にはティケが見たことのない紋章が多く記載されていた。
『ファルマロス版』で何より特筆すべきは、描紋の筆致が精密なこと。整然と配置された紋様は一つ一つをとっても美しさすら感じさせ、眺めているだけでため息がでる。
そして、ひとしきり堪能した後は、解析である。
至高本級になると、どこが動力部でどこが論理部なのかを分析するだけでも骨が折れる場合がある。動力部は源泉部、支援部、増幅部などから構成されるようになり、論理部も事前部、主論理部、事後部に分かれ、それぞれがさらに分解出来たりする。
想定通り、『ファルマロス版』は、そういった紋章学の最上級の知識を用いて描かれており、解析は骨が折れると同時に楽しい作業となった。
いくつか紋章を解析した後に、ティケは不思議な紋章に遭遇することになった。一見して他の紋章とは様相を異にしていることが見てとれた。
それは、本の中に折り畳まれた大きな紙に描かれていた。あまりにも特殊で、あまりにも巨大で、使用されている紋章パーツの数も群を抜いている。
紋章名は『非物理存在の物理化』。
1ヶ月近くをかけて解析していくと、信じられないことだが、紋章名の通り、魂を受肉させることを意図しているらしいと判明した。
最初は、そんなことができるのか? と疑問だったが、解析を進めるにつれ、本当に出来そうな気がしてくる。
この紋章の用途については、死人の蘇生に用いるのかと考察してみたが、実際のところ判然としない。元となる魂をどこから調達してくるのかが、紋章の構成が複雑すぎて読み取れないのである。ただ、対象の魂に肉体を持たせ、マテリアル界に固定するという機能を有していることは間違いない。
起動部は意外とあっけなく発見できた。そこに書き加えれるべき紋様も判った。
そうなってくると、探求心が災いして、発動してみたいという衝動に駆られたとしても、誰もティケを責めることはできないだろう。
2、3日悩んだ挙げ句、ティケはある夜、ギムル師が眠りに付いた後に発動してみることに決めた。
そしてさらに3日後、ティケはそれを決行した。




