策謀
「殿下への礼節も大切なことだが、今の主題はバルミス閣下のことだろう、グレイグス、サンクトゥレイ」と嗜めたのはセラーニセンだった。彼は話題を変えて言う。
「殿下、本当にバルミス閣下は亡くなられたのですか?」
セラーニセンの斬り込むようや鋭い視線がマルティンに向けられる。気を引き締め直したマルティンはその視線を真っ向から受け止めながら、はっきりと告げた。
「間違いない、この目で遺体も確認した。皇帝陛下が明日ではなく今日執行するよう命令を出していたのだ」
「では、本当なのですね」とため息をつくサンクトゥレイ。
「ちくしょうっ!」とグレイグスは言い捨てると部屋を出ていこうとする。
「待て、オズヴァルト。一人で皇帝陛下を打とうとしても無理だ」とそれを制したのはセラーニセンだった。
ドアノブに手を掛けていたグレイグスは振り向いて、
「なんだと? 何故無理なのだ? そもそも、何故、俺の考えが判った?」
「君の考えなどすぐに判る。いくら勇猛で名を馳せる君であっても、一人だけでは陛下の御前に辿りつく前に取り押さえられるだろう。ともかく、今はこらえて欲しい」
グレイグスはむすっとした表情をするが、セラーニセンの言葉に従った。だが、一言、「このままでは腹の虫が収まらん」と不満を漏らした。
その思いは、マルティンも含めた全員が共有する感情だった。
ただし、ディバイニスを除いては。
バルミス将軍の死を悼む気持ちも、悔しい気持ちももちろんあったが、ディバイニスの思惑は別のところにあった。
ディバイニスは、現皇帝ハリトゥストゥーニオスの速やかな排除を狙っていた。それは平和裡の退位であっても謀略による暗殺であっても手段は問わない。ともかく現皇帝を玉座から引きずり下ろしたい。それはディバイニスが誰にも話したことのない彼の目標の一つだった。ただ、出来ることなら危険な手段は用いたくないと考えていた。
今回のバルミス将軍の処刑は、皇帝に退位を迫るための恰好の口実となるはずだった。
臣民に人気の高い将軍の不条理な処刑。
それを中止させた王族の青年マルティン。
その構図は、バルミス将軍の人気をも取り込む形で、マルティンの臣民人気を否応なしに押し上げることになる。そこに、それに加えてさらにマルティンの人気を上げる事件を起こす。その策はすでにいくつか考えてある。
これによって、
〝マルティンを次期皇帝に!〟
という機運を高め、現皇帝に圧力をかけ、早い段階での皇帝位の継承を実現させる。
これが、当初のディバイニスの策だった。
しかし、当てが外れた。
マルティンはバルミス将軍処刑の阻止に失敗した。不可抗力の面も多分にある。まさか、前日に処刑を執行するなど、誰が考えるだろうか。
だが、まだ策の変更は部分的で済む、とディバイニスは考えた。
「バルミス将軍の遺志を継ぐ存在が必要だ」
ディバイニスが呟くように言った。
マルティンを含めた全員が、その言葉の意味を問うように一斉にディバイニスへ視線を向ける。
ディバイニスはそれに応えるようにひとりひとりに顔を向けて確認するように頷き、それから言った。
「バルミス将軍の死は確かに悲しい。だが、我々にはそれに浸っている余裕は無い。むしろ今だからこそ行動を起こさなければならない。将軍の帝国を思う気持ち、臣民を思う気持ち。我々はそれをこのまま風化させてはならない。我々には、そうするべき義務があるのではないか? 翻って、そうすることが将軍への弔いにもなるのではないか?」
皆がディバイニスの言葉に頷き、賛意を示す。
「それならば、我々には新たな旗印が必要となる。それはバルミス将軍の後を継ぐに相応しい才覚の持ち主でなければならない」




