ディバイニス・ラールエン
バルミスへの興味が憧憬に変わるまで、時間はそれほど必要なかった。
そして、マルティンはバルミスのようになりたいと思うようになった。だが、どうすれば良いのか判らない。
とりあえず、謙虚に振る舞うことは出来る。そう思って取り組んでみたが、上手くいかない。強者であるが故に表に現れる謙虚さと、ただそう振る舞っているだけの謙虚さでは、滲み出る誠実さに違いが出るらしい。さらに言うなら、王族という立場の人間が謙虚さを見せるのはあまり得策ではないようだった。
王族はーーそれが良いのか悪いのかマルティンには判断出来なかったがーー他人の上に立ち、他人を使い、大きなこと、例えば国の政治などを遂行していく。そのためには、時には傲慢に振る舞うことも必要なようで、謙虚なだけでは立ちゆかなくなるらしい。
立場が違えば求められる態度も違ってくる。
謙虚であることが基本であることに変わりはない。だが、相手、時、場所によっては傲慢に振る舞ってみせる必要もある。マルティンはそんなことを学んだ。そして、その観点でも、現皇帝は役目を果たせていないと思った。現皇帝は情けない人物と前々から思っていたが、そう見える理由が少し判った。ちなみに、そのような態度の意図的変更は為政者には必須のスキルである。
話を戻すと。
そもそも考えてみるまでもなく、バルミスのような態度は強者にのみ許されるものであり、彼の精神力もその強さに裏打ちされたものである。
つまり、バルミスのようになるためには、まずは強くならなければならない。
マルティンはそう言う結論に至り、クレイモアを手に取った。もちろん、バルミスを真似てのことだ。
もともと剣術の才能があったのだろう、それから数年で、マルティンはクレイモアの名手と呼ばれるまで成長した。
マルティンの努力はそれだけに留まらず、戦略・戦術論、戦争指揮などの軍学だけでなく政治、芸術などの分野にまで及んだ。初めは強さを求めて始めたことだったが、興味関心が広がった結果だった。
それは、無為に過ごしていた少年が、目的を得て一気に開花したようなものだった。
知り合いも増え、マルティンの世界は、少年の頃とは全く別のものとなっていた。
そうやって知己を得た者の中に、『ディバイニス・ラールエン』という貴族の子弟がいた。歳はマルティンの3つほど上で、出会ったときは19歳だった。
このディバイニスと意気投合し、話をするようになって、マルティンは舌を巻いた。なぜなら、自分が今まで培ってきた軍事や政治、芸術などの分野で、彼に全く歯が立たなかったからである。それほどディバイニスの知識は多方面に、且つ深くまで及んでいた。その上、ディバイニスは聡明で、頭の切れも良かった。
唯一、マルティンが上回っていると言えるものがあるとすれば、それはクレイモアだった。
「ディバイニスはすごいな。俺がそなたに勝てそうなのは剣術くらいのものだろう」
するとディバイニスはにこりと笑顔を作って言う。
「殿下、あなたが勉学を始めたのはほんの数年前のことだそうではないですか。わたしは幼い頃からずっと続けて今に至っているのです。私にしてみれば、あなたの方が空恐ろしい」
その褒め言葉がお世辞だったのかどうかは判断できなかったが、一つの考え方として、マルティンは謙虚に受け止めることにした。
それから1年ほどの間、2人は交友を持ち、王族、貴族の垣根を越えて名前で呼び合うくらいに仲良くなっていた。そしてその後、ディバイニスは軍士官として地方に赴くことになり、帝都シュトルスアルムを離れていった。しかし、マルティンとディバイニスは手紙などで友好を温めていた。
そしてーー。
その日は、唐突にやって来た。
つまり、ペーター・バルミス処刑の日である。




