レイザス侵攻
ディバイニスの率いるクヴァルティス帝国第三軍ーーすでにその名称が相応しいかは判然としなくなりつつあるがーーは、旧ダールバイ領とレイザス領の境の旧ダールバイ側に陣を構えていた。
そこは、大陸南部を東西に横断するルルド街道を離れ、大陸中心に広がるサーヴェイク人の平原の南端にあたる。
平原を支配する遊牧騎馬民族サーヴェイク人は、集落を移動して生活しているが、この時は運良く彼らの姿は周辺には無かった。もし在れば、敵と見なされて攻撃を受けていたことは間違いない。サーヴェイク人は数では劣るものの騎馬を用いた強力な突進力と弓矢による遠距離からの攻撃は侮って良いものではない。実際、歴史の上では、各国がサーヴェイク人に手にひどい目に合わされている。
ディバイニスの思惑としては彼らを自陣に引き込めないかと思うこともある。彼らを味方に付ければ、相当な戦力増強に繋がることは間違いないのだから。
だが、それが実現することはないことも、ディバイニスは理解している。
サーヴェイク人は自由を愛する民族なのだ、と国という体裁を取る民族側は理解している。ゆえに彼らを、国の枠に捕らえることは不可能だと。
ともかく、今この時は、サーヴェイク人の影が無いことは幸いだった。このまま陣を引き払い、レイザス領に侵攻する。目指すのはレイザス国首都アーティブモールとなる。そこに至るまでには、レイザスの軍隊が何重にも待ち受けていることだろう。
だが、勇猛を以て鳴らす第三軍であれば、然程の脅威とはならないーーそれは、不遜でも傲慢でも無く、彼我を比較分析した上での結論に過ぎない。
レイザスがレイザスのやり方を貫く限り、この侵攻に失敗はない。気になるのはレイザス国の北方に位置するセツェンだが、彼らはレイザスが要請しない限りは介入はしないと想定される。セツェンにとってレイザスは、交易と物流を中心とした経済の面で重要な取引相手であるため、迂闊な軍事行動でレイザスの機嫌を損ねるわけにはいかない。レイザス側も、いったんセツェンの介入を許せば、その後も継続した干渉を許すことに繋がるため、要請を出すことができないのである。
2国の関係は、ディバイニスにとっては都合が良い。セツェンと事を構えるのは、今やるべきことではないからだ。
ディバイニスがセラーニセンらと幕舎で執務を執っていると、入口の幕が揺れ、伝令と、疲弊気味の兵が入ってくる。
「斥候が帰還しました」と伝令。
「ご苦労。報告を聞こう」とディバイニス。答えたのは疲れ気味の兵で、彼が斥候部隊の長だった。
「レイザスは国境付近の平原に傭兵軍を主体とした軍を展開、数はおよそ3000」
「少ないな」
こちらはその倍に近い。まともにぶつかり合えば、レイザス軍側の敗北は必定と言って良い。
「数的劣勢を覚悟していたのですがね」と、少しほっとした様子のセラーニセンに、ディバイニスは頷いて見せた。
領主と領主の争いであるならいざ知らず、国と国との戦争であれば、一万からの兵士が動員されるのが普通である。
ゆえに、ディバイニスもセラーニセンも、自分たちの倍の兵士が待ち構えているものと想定していた。
そもそも、クヴァルティス帝国の軍略においては、国との戦争には2軍以上の兵力を投入するのが通例なのだが……今回のレイザス侵攻の命が下ったのは第三軍のみだったと言う経緯がある。それだけ皇帝とその側近達から、自分たちが高く買われている、などと考えるようなディバイニスではない。本当のところは、
レイザスが国としては小さく、兵力も帝国と比較すれば少ないという理由が一つ。
他の方面に展開している軍をレイザス方面に向けるには、相応の移動時間と費用がかかる為に、それを避けたという理由が一つ。
だが、皇帝とその側近達の本心は、制御が取れなくなっている第三軍を消耗させ、ゆくゆくは解体に持っていくための布石なのだろう。
ちなみに、そんな策略を練っているのが、皇帝とその側近達と記述してきたが、実際にはただ1人の考えによるものだろうことは、想像に容易い。
アレオス・スティクトーリス公爵。無能揃いの帝宮の中で、彼だけは異才と言って良いだけの能力を発揮している。
ともかく、スティクトーリス公爵も、ディバイニス達も、当初の想定を外れたことは確かである。
まさか、最前線に置かれた敵兵数が、領主同士の小競り合い程度とは、帝国の軍事原則にはない運用である。まあ、帝国側に有利に働くのだから、問題ないと言えばそれまでだが。
しかし、問題はこの一戦に留まらないことも明白だった。
ディバイニスの見立てでは、長期的にはスティクトーリス公爵の計略はかなり良い線を行っていると言える。
ただし、その計略に嵌まるのが第三軍でないならば、という条件は付くにしても。
気になるのはレイザス軍が傭兵軍主体という点。
「傭兵軍と正規軍の割合は?」
「兵装を観察するに、ほぼ、傭兵軍で占められているようです」
「やはりか」
ならば、問題なく勝てるだろう。その情報だけで、ディバイニスはそう判断した。
傭兵軍は正規軍とは違い、規模は小さめであることが多い。世の中には職にあぶれた者が多いとしても、傭兵軍が一国の軍隊に匹敵する人数を擁するのは、人材の面でも費用の面でも無理と言って良い。ゆえにレイザスのような傭兵を重用する国は複数の傭兵軍を雇い入れるのだが、そうなると傭兵軍同士の諍いなども発生しやすく、統制がとりにくい。ゆえに単一の傭兵軍を用いるのが適切となる。
今回の場合、3000という数は、単一の傭兵軍にしては数が多いので、おそらくは傭兵軍の混合軍。そこから察するに統率はそれほど取れないと見て良い。
さらに数で劣る傭兵軍の常として、彼らは奇襲を好む。数で勝てないのなら、奇をてらうのが常套だからだ。
まあ、正規軍にしか在籍したことのないディバイニスから見れば、傭兵は奇襲に頼りすぎるきらいがあり、それを自分たちのアイデンティティとしている節がある。戦争のプロとしては、戦略に固執するのは愚かとしか思えない。所詮はプロになれない連中だと、ディバイニスは切って捨てている。
傭兵軍がもっぱら好む奇襲は、伏兵や迂回して敵の本陣を突く別働隊などがある。
「引き続き、本隊から離れた場所に陣取る別働隊を探れ」
「了解しました!」
と偵察兵が下がろうとする所に、ディバイニスは、
「帰ってきた者たちは休ませて、別の部隊を偵察に当たらせるように」
と声をかけた。
「どう、考える?」と、セラーニセン。
「彼らの首都アーティブモールまでは距離がある。レイザスの戦術はそれを地の利として、国境での早期の決定的な決着ではなく、長期の防衛戦を覚悟した、と言うことだろう」
「わたしも同じ考えだ」
「だろうな」
つまり、現在、対峙している傭兵軍を蹴散らして侵攻しても、次々のレイザス軍が立ちはだかると言うことだ。
そんなことをすれば、レイザス側の消耗も相当なものだが、それ以上にディバイニス達の方が、兵数と物質が持たないだろう。
さらにレイザス深くに入ったときに兵站部隊を襲撃されれば、第三軍は敵国の只中で軍事的にも物資的にも孤絶することになる。レイザスが焦土作戦に出れば、物資の現地調達も不可能だろう。
そこまでのことを、レイザス側が考えているとは思えないが、可能性としては残されている。
ゆえに第三軍に求められるのは速さである。
拙速だろうが迅速だろうが構わない。とにかく敵を倒し、とにかく先に進む。
そのための秘策も用意してある。
2日後、ディバイニス達帝国第三軍は、移動を開始し、その日の午後、レイザス軍と会敵した。




