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追放された夫が遺した手紙には私が知らない真実が記されていた  作者: 渚月(なづき)


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第十話 薔薇の帰り道

王太子ルートヴィヒは、すべての爵位と権限を剥奪された。


幽閉先は北方の砦。かつてクラウスが命を落とした、あの場所の近くだ。



裁きの後、広間は静まっていた。



国王が私に声をかけた。



「リーゼロッテ。近う」



玉座の前に進み出た。



「クラウスの無念を——晴らしてくれたな」



「夫が遺してくれた手紙のおかげです。私は——それを届けただけです」



「届けるだけで、命がけだった。それを勇気と呼ぶ」



「陛下——」



「ヴァレンシュタイン伯爵家の名誉を回復する。先代の冤罪も含めて、すべてだ。そして——」



国王はフェリクスに目を向けた。



「オーレンドルフ男爵。そなたの働きも聞いている」



「恐れ入ります、陛下」



「辺境の小さな男爵家が、ここまでの調査を成し遂げた。見事だ」



フェリクスは深く頭を下げた。



エレノアにも。マルタにも。


そして——シュトラウス公爵にも、国王は感謝を述べた。



「この国は腐りかけていた。だが——まだ、こうして真実を追う者たちがいる」





すべてが終わった後、屋敷に戻った。



庭の薔薇が、満開だった。



クラウスが植えた薔薇。毎年、丁寧に手入れをしていた。


今年は——私が手入れをした。



クラウスが植えた薔薇。


毎年、丁寧に手入れをしていた。


品種ごとに植える場所を決めて、季節に合わせて剪定する。


「薔薇は手をかけただけ応えてくれる」と、嬉しそうに語っていた。



今年は——私が手入れをした。


クラウスの手帳に書かれた薔薇の管理メモを頼りに。


筆圧の加減から、どの品種を特に愛していたかが伝わってきた。



深紅の薔薇が、今年も一番に咲いた。



ベンチに座り、手紙を開いた。


何度も読んだ便箋。途切れた最後の一行。



「どうか——」



その先を、今なら分かる気がする。



義母が庭に出てきた。


杖をつきながら、ゆっくりと。



「終わったのですね」



「はい」



「クラウスは——喜んでいるでしょうか」



「分かりません。でも——怒ってはいないと思います」



義母は微かに笑った。


この屋敷に来てから、初めて見た笑顔だった。



「お義母様。一つだけ、聞いてもいいですか」



「何を」



「手紙を開けるなとおっしゃったのは——私を守るためですか」



「……ええ。あの子と同じように、あなたまで失いたくなかった」



「でも、結果として——」



「あなたは帰ってきた。それだけで十分です」



義母の手を握った。


今度は——温かかった。



フェリクスが来た。


旅装束のまま。相変わらず貴族とは思えない風体。



「やあ。薔薇がきれいだな」



「初めて花に感想を言いましたね」



「そうか? 前から思っていたが、言う機会がなかった」



「どんな機会を待っていたんですか」



「……さあ。平和な午後とか」



「今がそうでは?」



「そうだな」



フェリクスはベンチの隣に座った。


肩と肩の間に、手のひら一枚分の距離。



「リーゼ」



「はい」



「辺境に帰る前に、一つだけ」



「何ですか」



「クラウスの手紙——最後の一行、何が書いてあったと思う」



「分かりません。途切れていたから」



「俺には——分かる気がする」



「何て?」



「『どうか——幸せに生きてくれ』」



涙が溢れた。



ずっと泣けなかった。


夫が死んでから、手紙を開けてから、真実を知ってから——ずっと、泣く暇がなかった。



フェリクスは何も言わなかった。


ただ、隣にいた。



しばらくして、涙が止まった。



「フェリクス」



「何だ」



「辺境に帰るって言いましたね」



「ああ」



「いつ?」



「……急がない」



「いつ?」



「……急がない。領地の報告書もある。しばらくは王都にいる」



「そう。なら——しばらくは来てくださいね。庭の薔薇、見頃ですから」



「薔薇を見に来るのか、茶を飲みに来るのか」



「両方では」



「……ああ。両方だ」



フェリクスの目が、庭の薔薇を見ていた。


けれど——ときどき、私の方を見ていた。



私も見ていた。


ときどき。



エレノアの手紙を読み返す。


「国王陛下の処方が正常に戻り回復に向かっています。魔法局の改革も始まります」



マルタがキッチンから声をかけた。



「奥様。夕食の支度をしましょうか。オーレンドルフ様もご一緒ですか」



「お願い。マルタさん。クラウスが好きだったメニューで」



「はい。坊ちゃんの好物ですね。承知しました」



マルタが嬉しそうに台所に立つ。


この屋敷に笑顔が戻ってきた。



「お茶を淹れましょうか」



「頼む。今度は俺のより美味く淹れてくれ」



「ハードル低いですね」



「うるさい」



笑った。泣いた後に笑えるなんて、久しぶりだった。



屋敷に入り、茶を準備した。



キッチンの窓から庭が見える。


フェリクスがベンチで空を見上げている。


義母が薔薇に水をやっている。



エレノアから手紙が届いていた。



「国王陛下の処方が正常に戻り、回復に向かっています。魔法局の改革も始まります。また会いましょう」



マルタが台所に立っていた。



「奥様。お客様にお菓子はいかがですか。坊ちゃんが好きだった焼き菓子のレシピが——」



「お願い、マルタ。作って」



「はい。喜んで」



マルタの笑顔は、クラウスの笑顔に似ていた。



茶とお菓子を持って庭に出た。



フェリクスが受け取った。



「美味い」



フェリクスが受け取った。


一口飲んで、少し目を見開いた。



「美味い」



「驚くことないでしょう。お茶くらい淹れられます」



「いや——前より美味い」



「前はフェリクスが淹れたでしょう」



「だから前より美味いと言っている」



「……自分の腕を貶してますよ」



「事実だ」



マルタの焼き菓子を一つ取った。


クラウスが好きだった、シナモンの香りの焼き菓子。



「これは——美味いな。誰が作った」



「マルタです。夫の好物でした」



フェリクスは二つ目に手を伸ばしかけて、止めた。



「あ——食べていいですよ」



「いいのか」



「クラウスは独り占めする人じゃなかったですから」



「お茶? お菓子?」



「両方」



短い言葉。けれど——温かかった。



便箋のことを思い出す。


途切れた最後の一行。



「どうか——」



フェリクスが言った通りかもしれない。


「幸せに生きてくれ」——と。



けれど、私はもう一つの読み方を思いついていた。



「どうか——真実を」



真実を知ってくれ。


真実を守ってくれ。


真実を、次の人に渡してくれ。



クラウスは外交官だった。


言葉を選ぶ人だった。


最後の手紙で途中で筆を止めたのは——どんな言葉でも足りなかったからかもしれない。



だから、私が自分で埋める。



手紙は読んだ。


真実は知った。


夫が知らなかった、私の強さも——見つけた。



薔薇が風に揺れる。



フェリクスが隣にいる。


義母が庭にいる。


マルタがキッチンにいる。



失ったものは大きかった。


けれど、得たものも——ある。



便箋を懐にしまった。


もう何度も読んだ手紙。これからも、きっと読む。



——風が薔薇の花弁を一枚、私の膝に落とした。



窓の外で、深紅の薔薇が風に揺れている。


クラウスが一番好きだった品種。今年も一番に咲いた。



根は生きている。


この家の根も。この国の根も。



そしてきっと——新しい花も、咲く。



夫が守った根を、私が受け継いだ。


そしていつか——誰かに、渡す日が来るかもしれない。



——風が薔薇の花弁を一枚、私の膝に落とした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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