第二十一話 俺たちの生きた証
こんにちは! ワセリン太郎です!
「あんね、マコトちゃんがチンパン君を煽って怒らせるからいけないんだよー?」
ミクから小言を言われつつ、事務所前の水道でジャブジャブと必死に顔面を洗った。
だ、だめだ……洗っても洗っても穢れが落ちた気がしない。未だ顔面の左半分を覆い隠す、“温かな未知の感触”。既に洗い落とした筈なのに、その夏の終わりを知らせる温もりと残り香は……微温い幻影となって私の頬へと纏わりつく。
「く、口に入ってもうたぁ……」
あのホッカリとした重い柔らかさ。それがインしたのは口だけでない。当然、鼻にもだ。
誰や! あの『カレー味のウンコとウンコ味のカレー、貴方ならどっちを選ぶ?』とかいうチャラい質問を“永遠のテーマ”だ、とか知った風な口をきいた奴は!
何が永遠のテーマじゃ、実際に食った事もないくせに! 違うわ、全く違うわ! 香りも、粘度も、味も食感も、そしてその……のど越しさえも! 存在概念そのもの、根底から何もかもが違うわ! 何が有識者じゃ! カレーとうんこ、安易に一緒にしてくれるな!!
右の鼻の穴を指で塞ぎ、『ふんっ――!!』とやると、小指の先程に成形された“黄色いコルク栓”がスポンと勢い良く、洗い場目掛けて飛び出した。うあぁぁぁぁ……
飛び退き、私から距離を取る……ミクとえるるん。
水道の水で滲む視界。そのすぐ外から、本気でドン引きした様なクソ森の声が聞こえて来る。
「うげぇ……マジかよマコト。お前さ、日頃から俺の顔を見る度にウンコウンコ言ったり、クソ森とかいう卑劣な渾名を女子に広めまくるから、きっとバチが当たったんだよ。まさか実食までやらかすとは思わんかったが」
「なにおう、ウンコの森め! 女の子にもっと優しくしろ! あつまれ! 排泄物の森!」
「お前もう何言ってるのかわかんねぇよ……」
おのれ、このマコトちゃんのキュートな顔面にチンパンのウンコが“ニチィッ!”と押し広げられたんやぞ!? あと勢いで、開いてた口の中にもズボフッと入ってもうたんやぞ! しかも結構な量! 驚いてちょっとだけ飲み込んでもうたわ!!
クソ森よ。まったく貴様には、女の子に対する優しさとか気遣いとか、そういった大事な心が大きく欠けていると思います!! この万年補欠のパチンコ頭め、絶対に許すまじ!!
ミクがスポーツタオルを使い、“トイレにあったワイドハイター”で洗ったばかりの私の頭をグシグシとやりながら、困った様にニヘラと笑った。
「洗ったらなんとか落ちたかな。マコトちゃん、とりあえず髪型がショートで良かったねぇ。もし長かったら、多分ウンコがめっちゃ絡んでたと思う! もしそうだとしたら、帰ってお風呂に入ったとき……洗い場にポロポロ落ちてきてたかも!」
「うああぁぁ……」
やめれ、考えたくもない。両手で水をすくい、こぼさない様に口へと含んだ。
「――をごごごごごごごごご!!」
勢い良くうがいをしながら遠目に見ると、先程まで私が立っていた檻の奥で……あの憎きチンパンの野郎が『ヲッヲッヲッ!!』と楽しそうに頭上で手を叩きながら飛び跳ね、歓喜に満ちた勝利のダンスを踊っている。踊りまくっている。
くそっ、ウンコ森どころではない。アイツは、アイツだけは絶対に許さない! 覚えていろ、この腐れエテ公め。いつかマコトがこの町の市長になって食券とかいうのを乱用し、お前をこの動物園から解雇してやるからな! そうなると無職やぞ! ざまみろ!! お前の実家どこか知らんけど、こんな田舎の動物園におるんや、どーせそう遠くないやろ! 遠くてもバスで40分とかやろ! 山に帰れ!!!
それより気のせいか、未だに鼻の奥からウンコの臭いが取れていない気がする。気持ち悪い、どうしたものか……あと“やっちゃダメ”だと思えば思う程、何故だか深呼吸をしたくなる、この不思議ワクワク。やればその先には地獄が待ち受けている事がわかっているのに、何故だか全然止められない。全く、人類の未知に対する開拓精神には頭が下がる思いだ。ヴボェ……臭っさ!!
あっ、そうだ! こんな時の為に彼女が居るのではないか! そう、今こそえるるんの出番なのである。
私はそう考え、こちらもドン引きした様子の彼女へと向き直った。
「あんね、えるるん」
「マコトさん、ごめんなさい。想定外です。無理です」
「……え?」
何でぞ? まだ何も言ってないんですけど……
「お掃除用の携帯マナ、今日は持って来ていないんです」
「……は?」
「簡単に言うと、今日はお掃除魔法が使えないんです」
彼女の言葉を肯定し、首を縦に振るドブネズミ。
ええぇぇえぇ!?
「なんで!? ちゃんと持って来てよぉぉお! あっ、でもホラ、動物園に入る前に『何とかの魔法を使う』とか言ってたじゃん? うんそうだ、アレやめてマコトに使お!!」
えるるんは首を横に振った。
「あれはまた別の用途のものなんです。そもそも今日は調査だけの予定でしたし、もしそういう可能性があるなら、先に本部へ申請して貰って来ないと……大体、マコトさんが無駄にチンパンジーをおちょくるからいけないんですよ!」
ええぇ何それ!?
ってことは……思い切り口にウンコが入ったのに、家に帰るまで綺麗に出来ないって事!?
「えるるん! 君、バキュームカーなんだからちゃんと仕事してよぉぉぉ!!」
「ふ、風評被害を起こさないでください! 私、バキュームカーなんかじゃありません!!」
「うああぁぁぁ!? 似たようなもんじゃん! マコトはね、えるるんだけが心の浄化槽だと思って信じてたのに! あっ、そうだ! ベルト! 変身ベルトの奴を吸えばいいやん!? 今スイッチ入れるから! ホラ吸って! 吐いて!!」
キタコレ! ないすあいであ!
「む、無理ですよ! 出来ないものは出来ないんです! というか何ですか“ 心の浄化槽”って!? ヒドイ――!!」
「ああもう、そんなイジワル言うなら、えるるんにもウンコつけてやるぅぅぅ! おりゃ口開けれ! お口の恋人! もうマコトの初きっす、えるるんでいいわ! おりゃ! うんこの間接きっす、お裾分けじゃ!!」
飛び掛かって顔面を押さえる私に、本気の抵抗を見せるえるるん。何やこの子、必死になったら案外力強いな!
「や、やめて汚い! こっちに来ないで──!!」
「みんな一緒でみんなよい! みつを!!」
「それ、みつをさんじゃなくて、みすゞさんです! そもそも内容を間違えてますから! 誰かこの人を止めて! いやあぁぁ、あっち行って!!」
何を言うかこの女。何事においても最後に“みつを”って付け加えておけば、それは大体名言になるというのを知らないだろうか? ふん、このカマトトぶった世間知らずめ!
「おりゃ口開けろおぉぉぉぉ!!」
「こんな初キスだけは嫌ぁぁぁぁぁ!!」
そう私が彼女の初めてを奪おうとしていると、ジャージのポケットから呆れ果てた様なアル君の声が聞こえて来た。
「成程、ベルトのマナを使う……か。マコトちゃん、君は変な時だけ知恵が回るんだねぇ。しかし惜しい。あの変身ベルトから発生するマナの濃度は君の変身専用に調律されていて、残念だけどエルルでは使いこなせないんだよ」
何で? ダメなん??
「えっ? でも……」
どういう事? 話を続けるハツカネズミ。
「端的に言うとね、清掃なんかの軽魔法の用途にしては、ベルトのマナは過剰に濃すぎるって事」
「濃い……?」
「そう。強力な発炎や雷撃を伴う高出力な破壊魔法であれば、濃ければ濃い方が好ましいのだけれど。正直、アレをエルルみたいな文官が大量に吸い込みでもしたら……恐らくは魔法を行使するどころか、中毒症状を引き起こして寝込んでしまうだろうね」
急に横からクソ森が割り込んだ。
「ブンカン……? 文章の“文”に官吏の“官”? だとして文官じゃ卒倒するって事は、逆にそのベルトから吐き出される煙の濃度に耐え、使いこなす特殊な人間も居るって事か? あ、それこそがマコトなのか。なあアル、あんた達って良くわからないけど、何か特殊部隊みたいな組織か何かの一員なんじゃ……」
「森君、君は少し察しが良すぎるよ。その辺りにしておこうか」
ハッとした様子で、バツが悪そうに頭をボリボリと掻くクソ森。
「ああ、そうだな。捜索に関係ない無用な事を、根掘り葉掘り聞かない……って約束だった。悪かったよ」
私のポケットの中で、首を横に振るアル君。
「いや、わかってくれて助かるよ。でも君のおおよその考えは当たらずしも遠からず……って感じかな。詳しくは教えられないんだけど、まあその、我々の組織に“戦闘部”というものは……実際に存在するよ」
何のこっちゃ?
「なるほど。そしてその人達が、河川敷で怪物に襲われたマコトを助けた……と」
うん?? 隣を見ると、ミクもポカンとした表情で……まあいいや、何の話か良くわからん。
「森君、御名答。さあみんな、この辺りにしてそろそろ帰ろうか」
そう切り出したアルに従い、皆ばらばらに帰宅準備を始める。
私は先程頭を拭いていたスポーツタオルをリュックに押し込みながら、目の前のネズミに“ある気掛かりな事”を伝える事にした。実は先程から……少々気になる事が起きているのだ。
「ねえアル君、動物園を調べるのはもういいの? それとね、実はマコト、さっきから気になる事があるんやけど……」
ポケットから私を見上げ、前脚で“しーっ”といったポーズをとるハツカネズミ。ほんと器用やな、こいつ。
「ああ、ちゃんとわかってるよマコトちゃん。でも今はそのままに。実は私も途中から気付いてはいたんだけどね、しかしあえて知らない振りをして誘き出す作戦に切り替えたのさ。ちなみに君は、いつ頃からその事を“感知”していたんだい?」
感知? 知ってたって意味だよね? でもなんだ、アル君も気付いてたのか。それならまあ少しは安心だけど。
「あんね、ミクちゃんが『お風呂場で頭を洗ったらウンコ落ちてくる』とか言ってた頃!」
「そうか、私の手元のレーダーと同じようなタイミングで気付いていたんだね」
「レーダー?」
突然、隣で大声を上げる成績学年最下位女。
「えっ、マコトちゃん家のお風呂ってウンコ落ちてるの!?」
「落ちてないです!!」
何言ってんだこの女。さっき自分が言った事をもう忘れてしまったらしい。まったく、これだから陽キャというやつは……アルはミクの発言をスルーして話を続けた。
「つまり今現在、我々はじっと“観察されている”ワケだ。だがしかし、不思議と襲い来る気配はない。とにかくそういった訳で魔法の使用を制限させてもらったのさ。それが如何に初歩の魔法であっても、“相手”へ簡単に手の内を晒すのは……あまり賢い行いではないからね」
そう言ってアルは、隣を歩くえるるんにウインクする。こちらも黙って頷くバキュームカー。なるほどそうか、彼女も知ってたんだ。
……は? ってことは……お掃除魔法、使えるってことじゃん!?
「いやいや使ってよ! マコトのお口の中に入ったウンコ、今すぐ綺麗サッパリお掃除してよぉ! このままじゃお家に帰るまで、有りもしない幻想ウンコの食感にずっと悩まされる事になるんだよぉぉ!?」
「ちょっ、マコトちゃん! 君、さっきの人の話を聞いてなかったの!? あと、向こうにオジサン達も居るんだし、大声で“魔法”とか言うのやめてくれないかい!? 大体、顔や頭はもう十分に洗ったんだし、後は家に帰って歯磨きをすれば済むことじゃあないか!」
「お口がうんこおるぁぁぁぁあ!? いくら洗っても食ったやつは戻って来んのじゃ! あと、このままじゃ、マコトの歯ブラシウンコまみれやぞ!?」
「もういいから静かにしてくれないかい!? あっ、そうだ! チンパンジーのウンコの食感なんて、そうそう確かめられるものじゃないし、家に戻るまで楽しく堪能すれば良いじゃないか! ほらアレだ、何事も経験って言う訳だし! で、どうだった? 美味しかったかい??」
「うおわぁぁぁぁ!! うんごぉるぅぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!?」
「これ以上騒がないで!! もういい加減に諦めてください! あと汚いので、今日使った歯ブラシはちゃんと交換してください!!」
「やば。マコトちゃんどしたん? ミクはね、昨日歯ブラシ新しいのにしたよ。森っち、今朝はちゃんと歯磨きした? あんね、歯磨きは毎食後やらないとダメだとおもう!」
「お前ら、頼むから少し静かにしてくれ……」
それから暫く経ち、動物園のオジサン達にお礼を伝えた私達は……正門から少し離れた位置、朝来園した際に自転車を停めていた駐輪場へと戻って来た。
──ガチャン。
サドル下の鍵穴にキーを差し込み、ロックを解除する。それからカゴの中の物を取り出し、頭へ被ろうと……
「おいマコト……おま……それ一体何なの……?」
何だ? クソ森の奴がえらく大袈裟に驚いている。いや、これは動揺していると言っても過言では無い。
その原因は……やはりこれか。
「ほらね? アル君。マコト言ったじゃん、これ絶対に流行ってないって」
しかし、このハツカネズミは断固としてそれを認めないつもりらしい。
「いやいや、私は充分にリサーチしてから持ってきたんだ。流石に今回ばかりは自信があるよ。絶対に間違いないって。そうだ、ミクちゃんに聞いてみるといいよ。彼女はマコトちゃんと違って、ファッションなんかの流行にも敏感だろうし」
そう言われたミクも、私が抱きかかえる“ソレ”を見て、不思議そうに首を傾げた。てか何ぞ『マコトちゃんと違って』という件が微妙に引っ掛かるが。
「うーん、これ学校指定のやつと全然違うよね? ミクはこんなん初めて見たけど……これってファッション? まだ〇even〇eenとかn〇n-noとかで見たことないよ。でもカラフルだし、言われてみると何かオシャレな気もするし……今度載ったりするのかな?」
ヤバイ。何かミクがドラ◯エの呪文みたいな言葉を使い出した……
「そうそう! 多分、来月号とかに載るよ。もし来月載らなければ、再来月辺りに掲載されるはずさ。それでも載らないのなら、またその再来月辺りで間違いないね。ねえ、ソレどう見ても格好良いでしょ。そうだよね? エルル」
「えっと……はい。格好いいと……思います」
おい! こいつ今、目を逸らしたぞ!? 何か知らんけど今、業務上の忖度みたいなのが行われたのでは!?
てか、セブン〇ィーンとか〇ンノって何だ? それってアイスだっけか? そうだ、確かそんな名前のアイスの自販機が道の駅とかに置いてあったと思う! マコト食べた事あるし!
でもヤバイ。ミク達が何言ってるのかマコトにはさっぱりわからないので、下手に話へ首を突っ込めない。とにかく気を付けろ、女子高生の世界には“知らない”では済まされない事がいくつも存在するのだ。そう、こういう時は馬鹿にされない様に、知ったかぶり、知ったかぶりと……
「ああ、あれね! 知ってる知ってる。マコトね、この前おじいちゃんと“ふるさと市場”に行った時に買って貰った……し」
あっぶねーセーフ! 多分今の、感触的に滑った感じがしたけど、丁度誰も聞いてなかったっぽい!! そうこうしていると、突然クソ森が話に割って入る。
おいおい大丈夫か? こやつ、刈りたての公園の芝生みたいな頭のくせに、この女子力全開なトークに臆せず割り込んで来るとは、全くもって怖れ知らずな……ふん、だがその勇気だけは褒めてやろう。
「あのなミク……そのセブン〇ィーンとか〇ンノって、お前らが教室で昼休みとかに読んでるファッション雑誌だろ?」
えっ……そうなの? 知らなかった!!
あっぶない! 『それアイスの自販機だよねー』とか余計な事言わなくて良かった!! セーフセーフ、マコトはただ、『そのセブン〇ィーンだか〇ンノを、お爺ちゃんからふるさと市場で買って貰った』と言っただけなのだから。
「うんうん。森っちも読むの?」
「そんなの俺が読んでどうする? 読むわけないだろ」
しかしこの“ヘルメット”、そんな陽キャ共がキャッキャしながら読む様な雑誌に載っちゃったりするぐらい……いや、更に言うと、ファッションとかにやたらと詳しそうなミクですら『見たことない』程に、流行の最先端を行くオシャレアイテムだったのか? 東京か? これはもしかして“TOKYO”なのか??
やっべどうしよう、何かムズムズする。とりあえずこのお洒落ヘルメットの持ち主である私は、全力で“わかってる感”を出しておかないと……でないと何かまた馬鹿にされる気がする! ど、どうしよう、何て言おう??
「てかそんなことはどうでも良くてだな……マコト、それな、そのヘルメットはだな」
「何よ、やかましい。マコトはね、このヘルメットを持っている事が如何にオシャレで最先端なのかを、田舎者の君達に教えてあげようと……」
「いや、そうじゃなくて。そのヘルメットはセ〇ンティーンやノ〇ノって類のものじゃなくて……」
「だから何よ?」
ハゲ坊主め、貴様にファッションの何がわかる。マコトも良くわからんけど……
「それ……完全に“チャンプロード寄り”の代物だぞ」
「「??」」
……チャンプロード??
「大体何だよ、その“特攻一番機”って。あと何でサイドに日章旗が描いてあんの? 完全に正月仕様の初日の出じゃねーか」
「……お正月??」
それから暫く経ち、城山下の駐車場まで戻って来た私は……アル君へ猛然と抗議していた。
「ちょっとアル君! 何なのこれ話が違う! 何かミクちゃんがさっきセ〇ンティーンとかノ〇ノだとかオシャレアイテムっぽいとかどうとか、そういうキラキラした話をしてたからさ! マコト、内心めっちゃ期待したじゃんね!?」
面倒そうな態度のドブネズミ。
「だからそれの何が気に食わないんだい?」
わかってない!!
「それが何よ“チャンプロード”って!? ネットで検索したら『最終号。ありがとう、俺たちの生きた証』とかいっぱい出てきたわ! てか何なんあの人達、何で軽自動車の屋根切っちゃってるの!? あとバイクの椅子の背もたれ、なんでか知らんけどめっちゃ長かった!!」
必死に笑いを堪えているクソ森の姿が、本気でクソ程に腹立たしい!
──カシャッ!
あっ! ミクのやつ、あんなの被って楽しそうにセルフィーしてる!? 彼女の事だ、多分……いやきっと間違いなくSNSに載せるつもりなのだろう。もし『これマコトちゃんの!』とか書かれると厄介だし、あとでこっそり覗いておくか。
そうして憤慨する私だが、ドブネズミは一歩も退かずに悠然と構えたまま微動だにしない。てかこんな堂々と偉そうなハツカネズミ、生まれて初めて見たわ!!
奴はゆっくりと諭す様に口を開く。
「何もわかってないね、マコトちゃん。君は知らないでしょう? 昔、ある有名靴メーカーが発売したエア〇ックスというスニーカーの人気に火がつき、それを街で履いているだけで暴漢の集団に襲われる、所謂“エアマッ〇ス狩り”という社会現象が起きたのを。そう、まさに時は世紀末! V8エンジンを手に入れた者が世界の覇者!! と謳うに相応しい一大ブームが……」
「靴? それとこれ、なんも関係ないもん。マコトね、車の屋根切ってからドアに仏恥義理とか書いたり、後ろにパイプオルガンみたいなのがいっぱい生えてるバイクとか欲しくないもん……」
「本当にそう言い切れるかな。君は本当に理解しているのかい? その手に持つ“コルク半”の真の価値というものを」
「コルク半……?」
“真の価値”? 何だろう、アルの奴はえらく自信たっぷりだ。横目で見ると……ミクは未だにあのヘルメットを頭に被り、『これ、何かいいかも!』等と騒いでいる。
「そうさ、その半キャップの通称は“コルク半”。それはナウなヤングにバカウケ一直線の……恐るべきファッションアイテムなのさ。時は流れ、時代は“エア◯ックスからコルク半”へ! 知ってるかい? マコトちゃん。今まさに“コルク半狩り”が社会問題となりつつあるのを!!」
そうなん――!?
「まじか」
「ああ、マジも大マジさ! 何せ先週のyah◯◯ニュースの記事になってたのをしっかりと確認したのだから。私はあれを見てピンときたね! ああ、これから確実にコルク半がエアマック◯を凌駕してゆくのだと。若者達が、狩りまでして“欲しい”というのはそういう事に他ならないのさ!」
yah◯◯ニュースっていうと……マコト詳しく知らんけど、何か確かスゲーやつだよね??
「ぐぬぬ……」
いやいや、いかんいかん、信じてはいけない! 如何にアル君が『ナウナヤング』とか『バカウケ』とかいう最新のギャル語か何かを連発してマコトを誘惑しようと、あの日教室で起きた“変身ベルト事件”の事を……そう、我々はあの惨劇を魂に刻み、一時も忘れてはならないのだ!
騙されませぬぞ――!!
やはりこのネズミ、再びマコトの事を罠に嵌め、楽しもうとしているに決まってる。ホラ! 現にクソ森の奴も笑いっぱなしだし。
「あっ! 見て見てマコトちゃん、変身した時に角を通す為の穴が開いてる!」
ミクは……何かやたらと楽しそうだ。あんたもう、そんなに気に入ったならあげるわ、ソレ。
その時。
──ヴヴォンヴォンヴォン! ヴヴォンヴォンヴォン!!
突然、私達の居る駐車場の辺りがけたたましい騒音に包まれたのだった。




