贅沢すぎる悩み
「亜夜歌?どうかしたの?」
「荷物を置いたらどうか?」
目の前には奈留也の顔。その後ろにはこのり。気づけば教室に着いていて、2人はすでに荷物を片付け、最低限の装備だけつけて、亜夜歌の席の近くに集まっていた。
「あ、ごめんなさい、考え事しちゃってて……」
「別に謝ることじゃないだろ。それに、朝から考え事だなんて、重いなあ」
「たまには相談してくれてもいいのだぞ、亜夜歌。1人で抱え込むでない」
自分も短剣は装備したまま、教材やら、他の荷物をロッカーに入れ、鍵を閉めて2人の元へ戻る。
「でも、相談するようなことじゃないですから……」
会話しながら今日の授業予定を確認。1時間目は数学A。家に家庭教師をつけているから高校の授業にもなんとかついていけるが、それではトップクラスに入れない。勉強もちゃんとしなきゃいけないだなんて、変な学校。
この学園では、戦い方だけではなく勉強もみっちり教えられる。まあ、それは普通の高校だから仕方がないのだが、訓練のことを『部活』と呼ぶ生徒が出るくらい勉強にも力を入れているのだった。月に一度ある学力調査の結果を全て廊下に貼り出し、武力調査の結果と合わせてトップ30人は『アルファ』、そこから50人ずつ『ベータ』、『ガンマ』、『デルタ』__とランク分けされる。そのランクで扱える事件や装備する武装、日々の訓練メニューまで変わることがあるから怖い。先輩からも、ランクが上になると『ベグライター』に誘われることもある。ベグライターとは、ドイツ語で戦友、という意味で、サポートしあったり、一緒に戦ったりと、パートナーのようなもの。ベグライター申請は複数人にでき、6人までのベグライター・グループを組むこともできる。
「ならいいけど。この前、今みたいな顔してたからどうしたかと思って心配したのに、告白された時の断り方、だったっけか?そんなこと相談されたってねえ」
あっさりと奈留也が私の秘密をばらしてしまったが、
「そんなこと相談してないですよ?なんで知ってるんですか?!」
いくら親しい奈留也でも、話した記憶はない。
「え、その辺の男子でちょっとした話題になってるけど」
そうだったそうだった、奈留也も男子だった。
奈留也の言う通り、私は入学初日で告られた。いわゆる一目惚れ、というやつをされたわけで、はっきり言って迷惑。同学年だが年下。そんな不思議な関係にある私の存在は有名みたいだ。いきなり告白されて、断り方を一生懸命考えたのも事実。しかし、いい言葉は全然思いつかないし、誰かに相談するわけにもいかないし、結局シンプルに、ごめんなさいした。男子の話、恐るべき。
「ほう。亜夜歌、誰にだ?」
ニヤニヤした奈留也に、このりが乗っかる。
「もう。2人してからかわないでくださいよ。別に、普通の男子です」
実は違う。後でいろいろな噂を調べたところ、私に告った島崎有志という男は、光百合を作った文部科学省の副大臣の息子だそうで、一言で言うと、金持ちの坊ちゃん。そんな奴に告られた、というと、嬉しがる人も多いはず。だが私は、興味がなかった。
それに、会って1日も経ってないのに告るなんて、どんな女たらしよ。わけわかんない。
金持ちと付き合って、どうなるの?
__どうにもならないでしょ。
いいブランド品を買ってもらえる?
__別にいらない。
毎朝リムジンで迎えに来てくれる?
__奈留也とこのりと一緒にいたほうがいい。
そもそも、彼氏をつくってどうするの?
__いいことなんて、何一つないじゃないの。
中学で過ごした一年間で何回も放課後の教室に呼ばれたし、屋上にも行った。バレンタインやホワイトデーでたくさんチョコをもらうこともあった。でも、それで何か変わるわけ?普通の中高生みたいなリア充ライフを送って、本当に楽しいの?
楽しいわけない。
中学1年のクラスで皆がわーわーきゃーきゃー騒いでいるところをうるさいから、と離れて武器のメンテをしていた私はそう思っていた。