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6.ダンジョン探索は許可制

「だから、迷宮探索者の話が聞いてみたいんだけど?」


エンヤを肩から下ろして、ソファの背に深く凭れて足を組み、まだ帰る気がないとアピールする。


「視た、という事は、冒険者のステータスかな?」

「うん、俺を真贋で視たやつがいたから、気になって視返した」

「ああ、では、炎熱迷宮の探索者のミカ・アンナラ殿だな」


【真贋】持ちは希少で、ここにいる冒険者では彼だけだし、結構知られているんだろう。


「そう、あそこにいる」


俺の指が、彼の居る建物の窓を指し示すと、【聴覚強化】持ちを中心にざわめきが起こった。

ちなみにスキルの効果は本人の魔力依存なので、スキル持ちにも、この会話を聞き取れている者といない者がいる。

ミカの側にもスキル持ちがいて、しっかり聞こえていたのか、彼に状況を伝えていた。

しかし、さすがエルフ。伊達に長生きはしていない。

顔色ひとつ変えずに頷いて、一緒に居た仲間の制止に首を振り――少し揉めてはいたが――俺の希望通りに動き始めた。


「ああ、来てくれるみたいだよ」

「そうか。では、アウマダ殿も呼ぼう。彼も迷宮のエキスパートだ」

「そうなんだ?…って、それもそうか」


迷宮と言えば魔物、魔物と言えば冒険者だろう。


ほどなくして、俺の前に優美なエルフが現れた。

こちらは、あまりにも向こうの世界のテンプレ通りの容姿だったのだが、それでも、ある一点に対する疑問が思わず口を衝いてしまった。


「その髪でトイレいって大丈夫か?」


あ、ゲオルグ元帥が小さく吹いた。

だって、尻くらいまであるんだぞ、邪魔だろ?


「問題ない」

「じゃあ、エルフは髪が長くないと死ぬ、とか?」


眉を顰められたが、気にせずツッコミを続ける。


「…死にはしないが、精霊魔法の行使に影響する」

「ふうん」


エルフの固有スキル【精霊魔法】は、文字通り精霊の力を借りる為、精霊との繋がりが重要である。エルフは杖の代わりに、自らの髪を触媒として利用している。また、髪が長い程、触媒としての威力は高くなる。by【魔眼】


へぇ、触媒なのか。それは知らなかったな。

長身瘦躯、金髪、ストレートロング、尖り耳、美男美女、弓使い、森の民、長命、自尊心が高いってのが俺の知ってるエルフのテンプレートだ。

その内、見た目に関しては全て当て嵌まっているのが、このミカ・アンナラだった。


「おっ、ミカではないか。どうしたのだ!?」


呼ばれて戻ってきた熊のギルド長が、俺の前に居た彼を見て、驚きの声を上げる。


「ギルド長、私も迷宮の事で彼に呼ばれたのだ」

「迷宮?炎熱迷宮か?」


ギルドの熊さんは、なぜ呼び戻されたのか聞いてなかったようだ。


「そう、俺が興味を惹かれたんだ」

「ええっ!?なんでまたそんな面倒なこと!」


おい、熊、あんた口が滑ったな。

冷たい目で見遣ったら、途端に青褪めて――比喩だよ、獣人の顔色がわかるわけないだろ――わたわたしている。

同じく冷たい視線でエルフが無視するので、しょうがなくゲオルグ元帥が助け舟を出した。


「アウマダ殿、ミカ殿、彼の質問に答えて欲しいのだが」

「はい、構いません」

「も、もちろんです、はい」


王族に気を遣わせるギルド長ってどうよ?と思ったが、彼らはゲオルグ元帥より歳が上で、もしかすると彼が子供の頃からの付き合いかもしれないよな。そう言えば、先程からゲオルグ元帥は彼らに対し『殿』という敬称をつけて呼んでいるが、普通に考えると、王族が取る対応じゃないんじゃないか?


種族的に劣勢のヒューマンは他種族より見下されがちであり、ヒューマン領産のものに比べ他領産のものが高いのも、優位性のある他種族の言い値で仕入れざるを得ないからである。また、招聘した他種族の高技能職者を多く抱える事で自国経済が潤うことから、王族といえども彼らへは一定の礼節を以って接する。by【魔眼】


お、おう、世知辛い世の中だな、ヒューマン。

ちょっとゲオルグ元帥を労りたくなってきた。

そういえば、ずっと立たせっ放しだったよ。


【闇の触手】を使って、背中の紋様から買ったばかりの二人掛けと一人掛けのソファを取り出し、テーブルを挟んだ正面と横に置く。

折角なので、俺自身も一人掛けのソファに入れ替えて、座りなおした。

ん、さすが高級品、非常に良い座り心地だ。


「まあ、立ち話もなんだし、どうぞ」


二人掛けに熊とエルフ、一人掛けにゲオルグ元帥を座らせる。


「迷宮自体のことは、視ればわかるからいい。だから、俺が知りたいのは、俺自身が炎熱迷宮に潜ることで生じるだろう、他の探索者との軋轢だよ」


言外に、迷宮へ入ることは大前提だと匂わせたら、熊が即座に頭を抱えて唸った。

エルフの方も、微妙に視線を横に外している。


「アルダナーリ・イーシュヴァラ殿…」

「アルダナーリでいいよ」


ゲオルグ元帥はお気に入りになったから、名前呼びでOK。


「…では、アルダナーリ殿。ここでは迷宮の所有権が連合にあるのだが、それはご存知か?」

「ううん、知らない。視るからちょっと待って」


『炎熱迷宮』の所有権は、今から324年前に『都市国家連合』が実効支配することで確立した。by【魔眼】


都市国家連合?そういや、ここはそういう国だったな。


都市国家連合は『オーバルト』『ケゼルバルト』『ジルガバルト』『エディバルト』『イクバルト』『カルーファン』『イナーフェン』『パウラ』『ティモテ』の、九つの都市国家による連合体で、軍事および経済同盟を結び、運営に関しては九人の王による合議制を取っているが、対外的にはひとつの国として認識されている。by【魔眼】


「なるほど。でも、冒険者が探索してるってことは?」

「今は運営を冒険者ギルドに委託している。だが、誰もが好き勝手に探索出来るわけではない。入場するにあたっては色々と細かい規則がある」

「規則?」

「そうだ。アウマダ殿、説明を」


ゲオルグ元帥に振られて、熊が顔を上げた。


「迷宮の入口の上には冒険者ギルドの建物がある。つまり、冒険者ギルドに加入していない者は、探索が出来ないようになっているのだ」


占有状態かよ。いやまあ、国の委託だから、当然っちゃ当然か。


「加入条件は?」


いや、だから、頭を抱えるな、唸るな、泣くな。

そんなに、俺がギルドに加入するのが嫌か!


「アルダナーリ殿、迷宮の運営はギルドに委託しているが、防衛に関しては一番近くにある我が国の軍が行っている」

「防衛?」

「ああ、連合の貴重な財産だからな。魔物の警戒や討伐、冒険者同士の揉め事の裁定を担っているのだ」

「へぇ」

「…もし、こちらの要望を酌んで貰えるのなら、国として探索の手助けをしても構わないが?」


俺より先に、熊が反応した。


「でっ、でっ、殿下っ、正気ですかっ!?」


はーい、アウト。

闇魔法の【闇の呪縛】で瞬時に硬直した熊は放置して、ゲオルグ元帥…いや、ゲオルグ殿下――王族って階級呼びじゃないんだ――に応えた。


「俺が許容できる要望なら、いくらでも」

「…そうか、では…」


壊れた玩具のように固まった熊に引き攣りつつも、彼が出してきた要望――途中、同席のエルフに迷宮内の暗黙のルールとやらも確認しながら――は、次のようなものだった。


探索の日時は事前に決める

上層階、中層階での狩りは自粛

セーフティエリアとゾーンでは冒険者を優先

取得した素材はオーバルト国へ直接売却

自身の同行


概ね呑める要望だったが、え?最後の何?ゲオルグ殿下、いっしょに来るの?


「いいけど、元帥不在で大丈夫?」

「私のほかにも優秀な将官は多数いるので問題はない」


少し離れて控えている側近の顔は真っ青だけどね。

いや、これは、殿下の身を案じての動揺かな。


「ミカ殿、他の問題はあるだろうか?」

「そうですね、探索者への周知を徹底することで、大半の問題は回避できるでしょう。ただ、最前線を探索中の者との多少の軋轢は回避不能かもしれません。自尊心の高い猛者(もさ)ばかりですから、今ですら各クラン間のいざこざは絶えませんし、魔物の出現エリアの占有も恒常的に行われておりますから…」

「俺、エリアボス以外の魔物に興味はないぞ」

「は?」


途中で遮った俺に、さすがのエルフも声を失った。

だって、面倒事は嫌いだし、些事に構ってもいられんわ。


「…つまり、80階層の炎竜を狩ると?」

「ああ、もちろん。その下のボスも、面白そうなら狩るつもりだし」


ダンジョンのエリアボスは10階層(ごと)に配置され、一度倒されると二度と発生しない希少魔物である。以降、ボスエリアはセーフティエリアとなり、入口までの転移魔法陣も出現する為、探索者はここを拠点に活動する。また、エリアボス攻略の報奨は階層が下がる毎に高くなり、現在、『炎竜』には1億ゴルドの報奨金が確約されている。by【魔眼】


「我がクランは結成以来47年もの時を迷宮の攻略に費やし、現在は1チーム6名の編成で15チームが潜っています。ですので、トップの3チームには連携によるボス攻略を月に一度の割合で挑戦させています。他の有力クランも同様のことをしていますが、未だに倒せていないのが現状です」


ダンジョンの魔物とは、厳密には魔物とは異なる存在である。探索者の魔力を得ることだけが目的であり、捕食もしない為、逃げる探索者を追う事はなく、出現エリアから出る事もない。倒されても、一定時間後には同様の魔物が再出現し、ダンジョン内の魔物が枯渇することもない。魔物の強さは階層が下る毎に跳ね上がり、10階層毎に出現するエリアボスはエリア内の魔物よりも更に強力な魔物となっている。『炎竜』に至っては、激甚災害クラスの中級と判定されている程の強さである。by【魔眼】


「それを倒すことができ、更に下のエリアボスも倒す、ですか?」


ちょっと待て、エルフ。何だ、その見下したような呆れ顔は?

もしかして…。


「おまえの真贋で視えている、俺のステータスを言ってみろ」

「え!?いえ、貴方のステータスは、私の真贋でも全ては視えていませんが…」


ああ、やっぱり。

こいつら、俺のこと全部は視えてなかったわ。


名前:アルダナーリ・イーシュヴァラ

年齢:20歳

性別:両性

種族:アンノウン

属名:知性属

属性:魔属性

▼能力

閲覧不能

▼固有スキル

魔眼、超再生、異界、畏怖の波動、闇魔法(Lv**)、生活魔法(Lv**)、無詠唱

▼獲得スキル

閲覧不能

▼称号

名状しがたきもの:この世界の常識では計り知れない畏怖をもたらす存在


言わせてみれば、能力と魔法スキルのレベル、それに獲得スキルが視えてなかった。

つまり、俺は【真贋】持ちですら全ステータスの閲覧は不可能な存在、というわけだ。

さすが、アンノウンだね。


「俺の魔力は無限で、魔攻は神話級カンストだよ」


誰もが息を呑んだ。


「物耐と魔耐も無限だからね、まあ、不死ってやつだ。だから、俺を倒せるやつはいない」


どや顔で微笑み、迷宮攻略のトップを張る矜持から抑えきれなかったらしい俺への対抗心を、容赦なくへし折られて真っ白になったエルフから、ゲオルグ殿下に視線を移す。


「いつから行ける?」

「あっ、ああ…、そうだな、出来れば5日は猶予が欲しい」

「いいよ。なら、6日後の9日、2時に迷宮へ行くよ」


この世界の0時は深夜ではなく、春分・秋分の日の出が基点となっていて、1分は100秒、1時間は100分、一日は10時間、一週間は10日、一月(ひとつき)は100日、一年は4ヶ月――春月(はるつき)夏月(なつづき)秋月(あきづき)冬月(ふゆつき)――となり、元の世界とはだいぶ違う。

だから、これが所謂(いわゆる)異世界転移ものだったりしたら、俺はこのズレに早晩身心を病んでいたな。


「承知した」

「じゃ帰るか、エンヤ」

「ピュイッ」


俺は、テーブルの上の大箱に詰め込まれた硬貨――全て大白金貨(だいはくきんか)だった――を423枚残して【異界】に仕舞い、腹の上でとぐろを巻いておとなしくしていたエンヤを抱いて立ち上がった。

【闇の触手】を使い、最初に俺が座っていた椅子に硬直した熊と自失したエルフを移してやり、俺のソファを回収。同じく立ち上がったゲオルグ殿下と自分が座っていたものも回収して、声を掛けた。


「熊の硬直は、俺が消えたら解けるから、心配しなくていいよ」

「うむ」


今度は、広場の周りに立ち並ぶ、兵士たちを見回して、声を上げる。


必要に応じ、【拡声】を獲得。by【魔眼】


「兵士諸君、長い間、俺のわがままにお付き合い頂きありがとう。特に、俺の買い物を手助けしてくれた者へは、俺からの手当を支給しよう」


どよめく彼らの前に、驚かせないようにゆっくりと【闇の触手】を伸ばす。


「手を出したまえ」


おずおずと差し出される手の上に、一人ずつ大白金貨を落としてやる。

その数、113人。

思わず上がる歓声と周囲からの羨望の声に、ゲオルグ殿下が目を見開いた。


「アルダナーリ殿は、ずいぶんと気前が良いのだな」

「敬称はなくていいよ、ゲオルグ。俺との付き合い方、わかったろ?」

「…そうだな、アルダナーリ。迷宮の探索が楽しみだ」

「俺も楽しみにしてるよ」


互いに、にんまりと笑い合う。


「じゃあ、またね」


俺は、背中の紋様を使って異界に戻った。


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