7.異界生活は微妙
さて、まずは家具の配置からだよな、と、異界に戻った俺は思案する。
この異界、初めて入った時は、無限に広がる闇の空間というだけだったのだか、色々試行錯誤の結果、空間内の分割が出来かつ異界内で【異界】を使えるという状況になっていた。
つまり、異界の中に時間停止の別区画を作り、そこから自由に取り出し可能ということだ。
だから、クローゼットも買わなかった。
だって、服の整理整頓ってメンドクサイ…。
取り敢えず、家具の配置は適当に、自分が苦にならない且つ余裕を持った位置関係にしてみる。
あ~、これあれだな、空間に制約がないと、家具のショールーム状態になるんだ。
リビングっぽく置いたソファセットとキャビネットの左側にベッドとバスタブが並んでいるのを眺め、そう感じた。
なんというか、空間が寒い。
テーブルとキャビネットの上に派手な燭台を置いて、キャンドルを灯してみたが、そんなことでは暖かみなんか生まれやしなかった。
「ピィ」
「うん、そうだな。なんか足りないよな」
肩の上で首を傾げるエンヤも、同じ感覚を抱いたようだ。
大体、ここ、360度すべて果てのない闇――実は足元にも地面はなく、俺が無意識に足場を作っている――という、宇宙空間のような場所だ。
庭付き一戸建て、持ち込むか?
いや、でも、庭って維持出来るのか?
異界に持ち込めるのは、静物及び生物の死骸のみ。生物を生かしたままの場合は従属していなければならず、植物は従属できない為、本体から切り離されている必要がある。by【魔眼】
庭はムリか~。だとしたら、テラスかデッキのみで…。
あ、おい、こっちの世界って、人工植物とかプリザーブドフラワーとかないのか?
ガーデニングは、人気の高い趣味、娯楽であり、富の象徴でもある。よって人工植物を作るという発想がない。プリザーブドフラワーは、商品としての販売はないが、時空魔法に【時間停止(静物)】がある為、富裕層は贈られたりした特別なものには、高額な報酬を払い【時間停止(静物)】を付与する習慣がある。by【魔眼】
あれ?俺の闇魔法に似たような魔技――魔法の技――があったよね。
アウマダに掛けた【闇の呪縛】、あれ、対象の生体活動を完全停止させるってやつだろ。【石化】に似ているが、【石化】と違って見た目の変化はなく、固まってはいるが壊すことは出来ない。但し、対象の意識活動は停止させないので、とんでもない精神拷問になるというところが、闇魔法らしい部分だな。
これで、問題解決…。
【闇の呪縛】は生物を対象とした魔法。付与状態の生物は生体活動が停止しているだけなので、異界へ持ち込むことは出来ない。by【魔眼】
じゃ、俺が錬金とかで…。
錬金という世の理を無視した万能スキルは存在しない。by【魔眼】
…おまえも大概だと思うが?
しっかし、詰んだわ、俺の疑似ガーデニング計画。
まあ、金ならたっぷり――2億920万ゴルド――あるし、この世界の建築を視て回ってから、気に入ったデザインの家を手に入れようかな。それから、人工植物をどうにかしよう。
それまでは、取り敢えず我慢だが、それにしても足元がお寒い。深淵を覗いている感覚だから、余計に虚しさも募る。
せめて、ラグかカーペットでもあればなぁ。
絨毯という概念は、領域によって異なる。産地であるドワーフ領域やエルフ領域では、敷物として日常使いをされているが、ヒューマン領域には高額で卸されている為に美術品扱いとなり、余程の酔狂でなければ敷物とはせず、大抵は壁に飾り鑑賞するものとなっている。by【魔眼】
ペルシャ絨毯かよっ!
何でヒューマンは作らない?また、技能スキルの問題なのか?
この世界の生活様式は種族により異なる。ヒューマンの生活領域は開かれた土地が多く、魔物の襲撃も多々ある為、建造物は石もしくは煉瓦造りに偏っており、就寝時以外は靴を履いたまま生活する為に、敷物の必要性がほぼない。反して、地勢を活かして生活するドワーフは、地面に近い生活を好む為、敷物を多用して生活する。エルフは木造の家屋に住む為、床の保護も兼ねて使用している。by【魔眼】
はあ、まあ、合理的ではあるか。
でもって、またしても、ヒューマンには世知辛い。
なんか、好いように転がされてる気がするんだけど?
他種族のヒューマンに対する心情として最も強いのは脅威である。長命種である他種族は、その寿命に比して繁殖力が弱い。対して、短命種であるヒューマンは、上位種、下位種共に精力旺盛で、下位種に至っては多産であり、敵対すれば数の暴力により他種族を殲滅しかねないと危惧している。また、極稀にではあるが、突出した能力者が出現することもある。ゆえに、事ある毎に、種族的優位性を誇示しようとする。by【魔眼】
わぁお、ヒューマンてば、アレが強いのか~。
うん?もしかして、この世界にはハーフって存在しないのか?
異種族及び異種属間の性交は可能であるが、着床は不可能。by【魔眼】
なんか、表現が余計にいやらしく感じる。
…という事は、俺も子供が作れない?
アンノウンは、アンノウンであり、アンノウンであるが故に、アンノウンに対する考察は意味を成さない。by【魔眼】
ん?ん?ん?
……わからんならわからんと言え、まどろっこしいわ!
いい、取り敢えず考えることじゃない。
今必要なのは、生活の潤いだ。
炎熱迷宮を攻略したら、絨毯でも買いに行くか。
「エンヤ、お茶にでもするか?」
「ピュイッ」
はい、スリスリ来ました。く~っ、癒されるっ。
キャビネットから優美で豪奢なデザインのティーセットを取り出し、食糧庫――区分けした時間停止中の異界――から、紅茶の茶葉を出してティーポットへ投入、生活魔法の【湯】――成分と温度設定可能――を注ぐ。
ポットの中を【魔眼】で視て、うまくジャンピングが起きているのを確認。茶葉が開き、ほどよく抽出されたタイミングでカップに注ぐ。
適当に選んだが、着香された茶葉だったのか、実に優雅な甘い花の香りが立ち上った。
コンポート皿には、エンヤの為に果汁の多い果実をいくつか取り出す。
大きなものはナイフで切り分けて、小皿に置いてやった。
「ピヨッ、ピヨッ」
嬉しそうに鳴きながら、テーブルの上へ移動すると、メロンに似た果肉にかぶりつく。
数度噛みしめるように口を動かしたので、やはり、味蕾があるのだとわかる。
俺も味わいつつ、焼き菓子――エンヤは見向きもしなかったが――なども取り出して、共に暫しのティータイムを満喫した。
さて、となると、次は風呂だろう。
いわゆる猫足付きのバスタブ――ドワーフ製の陶器――を買ってあるので、湯を溜めて浸かる。
驚いたのは、エンヤが風呂を気に入ったことだ。
「ピッ、ギュッ、ギュルッ、ピョッ、ピチュッ、ギュギュ」
湯の中を楽しそうに泳いでいる姿が、萌え爆である。たまに俺にすり寄ってくるのが、また堪らない。
固有スキルに【火吹き】があるから、熱さには強いだろうとは思ったが、風呂好きになるとまでは思わなかった。
以降、俺とエンヤは、よく風呂に浸かることになる。
そして睡眠は、俺にとっての暇潰しとなった。
だってそうだろう?俺には睡眠の必要がないし、眠気を感じることも皆無だ。
けど、エンヤは寝る必要がある。
そこで、俺は【魔眼】で視ていたオーバルトの時間に合わせて、【サンライト】と【ムーンライト】と【スターライト】の生活魔法を駆使して疑似天空――夜明けと夕焼け、月齢も再現――を作り出した。
幸いにもケツァルコアトルは夜行性ではなかったので、人と同じ生活リズムに合わせられて良かった。
で、眠くならない俺が、どうやって寝るのかというと、これが普通に眠れたんだな。
つまり、『眠る必要がない』と『眠れない』はイコールではなかったということだ。
日中は、お茶しながら外の様子を視て楽しめる――完全に覗きが趣味になった――が、人々が寝静まる時間になると視るものが少なくなる。
だから、エンヤと一緒にベッドで寝るのは、好い暇潰しなのだ。
ゲオルグと約束した日時までの5日間、俺は炎熱迷宮までのマッピング――【魔眼】で視て【異界】で移動して、また【魔眼】で視る作業は、まさにマッピングだった――を終わらせ、少し自分の魔法の検証をした後は、ずっとそんな風にして過ごしていた。
あ、俺の言語理解だが、完全な俺本位の自動翻訳らしい。
しかも、俺の口は、自動翻訳後の彼らの言語を発しているという。そして、俺の脳は、彼らの発する言葉を俺の理解する言語として聞き取り、更に、その口の動きに違和感を感じないようになっている。
だから、魔物や魔法の名称が、日本語や外国語や特定の固有名詞だったりするのは、俺が一番理解しやすい言葉――ケツァルコアトルという知識がないと、フェザースネークとか羽毛蛇とかに翻訳される――になっている所為だ。
だから、魔法を使う時も、水を出す時は、飲み水の【ウォーター】、不純物のない【純水】、より美味しい【ミネラルウォーター(軟水)】、ダイエットにいい【ミネラルウォーター(硬水)】、身体に良い【アルカリイオン水】、化粧水になる【酸性水】、スキッと爽やかな【炭酸水】等と変化する。
もちろん、ここまで細かく指定できるのは、俺の生活魔法のレベルがマックスという、魔技の全てを持っている事と、魔力が無限だからだ。
普通は、生活魔法がレベル10を超えることはなく、よって【ウォーター】の使い分けは出来ず、【湯】も使えないらしい。
ちなみに、生活魔法レベル10到達で使えるのは、【ウォーター】【クリーン】【ライト】【ウォッシュ】【種火】【乾燥】【虫除け】【口腔洗浄】【膀胱洗浄】【腸内洗浄】だが、一般人はレベル7の【虫除け】で止まることが多く、戦闘、迷宮探索、野営をするような者たちが、レベル10にまでなるようだ。
この世界での、スキルや魔技の獲得、能力ランクや魔法・魔術レベルの上昇は、これまでやってたゲームや俺がいくつか読んだネット小説とは違って、単純なポイント制ではなかった。
特に、魔法・魔術に関しては大きく違っていて、経験値を稼いだらレベルが上がり魔技を使えるようになるとかいうものじゃない。魔法・魔術の熟練度と完成度に、本人のこうなりたいという意欲、更に魔力ランクと精神ランクが複雑に絡んで必要な魔技を獲得し、それに応じてレベルが後付けされるらしい。
つまり、同じレベルでも獲得している魔技の数に違いが出るということだ。
種族、種属、属性、能力、志向、経験の複合的な要因で、どんなスキルや魔技を獲得し、どんな成長をしていくかが決まる。
ここは、そういう世界だった。




