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死者

蓮見と春川は代表代行の一人で接触をはかる。

 歩きながら私たちは『クロスの会』について思うことを口にしていた。

「宗教っていうと、何かの神様を崇めているっていうのが私の想像だったんだけどね」

 私の中で宗教というと世界三大宗教くらいで、どうもそのイメージしか浮かばない。だから『クロスの会』がどういうものかを知ったときは、少し驚いたものだ。

「私もそうね。けど、そんな断定的なくせに曖昧なものじゃなくて、むしろそれとは逆の物をあがめているから大きくなれたんでしょう」

 確かに、一神教にしても多神教にしても、とにかく「神」というものは春川のいうとおり、断定的で曖昧だ。存在する、こういうものだ、そう教えられる。しかし当然だが、その姿を見た人間はいない。

 『クロスの会』はそういうものを信じる宗教じゃない。信者はたしかにあの宗教を信頼しているが、崇めているのは神じゃない。

「死者を崇める宗教……変わってる」

「正確に言うなら崇めてるんじゃないの、ただただ死者と交信をする。それだけよ」

 『クロスの会』のクロスとは、この世とあの世が交わるというところからきている。あの宗教のウリは「死者と再び合うことができる」というものだ。

「カルトというより、オカルトだね」

「けどそれが五千人以上の信者を出すまでに成長したのよ、驚異的なことに」

「死者って言うのは、誰でもいいらしいね」

「ええ。家族、恋人、友人……誰でもいい。ただ本人が強く合いたいと願えば、合うことができる。そういう話よ」

「それは……なんとうか、都合のいい話じゃないか」

 ただただ願うだけでもうあえない人と無条件に会える。それは確かに夢のような話だ。夢のような話だけに、しょせんは夢想だとしか思えない。

「そうね。けど、だからこそ、信者が増えたんでしょ」

「都合がいいということは、それだけ希望にあふれてるということだからね」

 現実では必ず見返りを求められる。そして見返りを払っても、それにふさわしいものを手にできるかどうかはわからない。下手をすれば何一つ得られない。

 そんなひどく冷酷なものに比べたら、ただただ願うだけで死者と会えるというのは理想的だ。

「しかし……本当にそんなことができるのかな、死者との交信なんて」

「できるんでしょう。だから信者がいるのよ。体験入信でもしてみる?」

 あの協会については色々と調べなければならない。春川は冗談っぽく言っているが、本当に体験してみるのもありだろう。

 私も是非とももう一度会いたいという人がいないわけじゃないからね。

「それで、これからあう代行の一人は、いわゆる狂信者なのかしらね」

「さてね。詳しいことは会って確認しようと思ってる。鬼がでるか蛇がでるか。楽しみじゃないか」



「蓮見さんと春川さんですか。話は聞いてましたが、本当に女子大生とは……」

 目の前の男、水島修は私と春川を交互に見てから驚いた。

「私はてっきり立浪君が何か冗談を言ってるものだと思っていたよ」

 私たちが訪ねたのは、彼の自宅だ。西洋風の家の作りで、立派な門扉が風格を醸し出していた。その門扉を通してもらい、玄関に入ったところで家の主が姿を現した。

 小太りのあごひげをたくわえた五十代の男。どこにでもいそうだなというのが、私の第一印象。

「別に女子大生なんて珍しくもないでしょう。協会には私たちくらいの信者だっているでしょうに」

「そりゃあ、信者では珍しくはないけど、脅迫状の件なんだろう?」

 一般的に考えて二十歳の女二人が脅迫状や、傷害事件を調べるというのはやはりおかしいみたいだ。そもそも、依頼をしてきた立浪さんが変わり者なのだろう。

「本格的な調査は警察がします。私たちは保険みたいなものですから」

 春川がにこやかに答える。

「君が襲われたという子か。けがは大丈夫なのか」

「ええ、傷はだいぶ癒えてます」

「そうか。ぶっそうな世の中だからね、気をつけなきゃいけない」

 まるで他人事。まあ、実際彼にしたら他人事なのかもしれないが、彼女が襲われて犯人が協会の人間である可能性が高いということは伝わっているはずだ。

 それでこのリアクションか。まるで身内を疑っていない。

 玄関には特にものが置かれていなかった。強いて言うなら、靴箱の上にガラス細工で作られた招き猫が一匹寂しそうに置かれているくらい。これでは福を招いてくれそうにはない。

 一人暮らしのせいか、靴も玄関に出てるものは革靴が二足と、サンダルが一足。

「とにかく君たちは丁重に迎えるようにと立浪君に言われているからね。どうぞ上がってほしい。大したものは出せないけれど」

「いえいえ、お構いなく」

 春川がさすがに社会慣れした感じで対応してるのを横目に見ながら私は靴を脱ぐ。

 さて、彼がいう大したものが何かは知らない。ケーキなのかコーヒーなのか。そんなことは期待してないので大いにかまわない。

 ただ、それが情報だというのなら、お構いなくとはいかないな。

 玄関から案内されたのは応接間。四人掛けのゴシック調のテーブルに、それにあわせた背もたれの高いイス。テーブルの上の真ん中には、写真たて。

 彼と、一人の女性が写ってる。ちょうど彼と同い年くらいの女性。仲の良さそうに二人で微笑んでいる。

「どうぞ、おかけください」

 どこに行くのか、彼は私たちを案内した後、応接間から出ていった。

 春川と二人仲良く隣同士に座って、さてと彼女の方が先に口を開いた。

「今日はあなたにおまかせしていいのよ?」

「え、なに、エスコートの話しかい? 私が君の手を引いていけばいいのかい? お任せだけど」

「ここでまで冗談を言えるあなたは、本当に肝がすわっているわね」

「冗談じゃないって。なんならここで証明してあげようか」

「本当いい加減にしないと膝蹴りをいれるわよ」

 えらく具体的に脅されてしまった、しかもいい笑顔で。あれだね、私がじゃなく、彼女が冗談でないことはよくわかった。

「そうしてくれるとありがたいね。なに、お話を伺うだけさ。いわば簡単なQ&A。君ほどの人がでる幕じゃないよ。寝ててもいいよ、肩は貸してあげるから。あ、胸でもいいよ、君なら」

「この家を出た後、覚えておいて」

 あれ、なにこれちょっとした死刑宣告みたいなものかな。いやまあ、ご褒美として受け取っておこう。

 そんなやりとりをしていたら、水島さんが戻ってきた。手にコップの載ったおぼんを持っている。

「いや、貰い物なんだが最近お茶をもらってね。その友人曰く、おいしいそうだよ。よかったらどうぞ」

 彼は私たちの前にコップを差し出した。ありがたくいただくことにする。

 うん、たしかにおいしい。こういう状況でなければ、どこで買ったものなのか聞き出したいところだけど、今日はこのお茶の産地より、知りたいことがたくさんありすぎる。

「さて水島さん、話をさせていただくよ。ああ、先に言っておきたい、というか言っておくけども、少々失礼なことを聞くかもしれない。かもしれないだからしない可能性もある。けどしないという断言はできない。だからもし私がそうしたときは、できるかぎり押さえて欲しい。安心していただきたいのは、謝罪や訂正といった常識行動は隣の彼女がやってくれるはずだよ」

 なんてさっそく切り出しから明らかに失礼なことを言っているのに彼は「どうぞ」と平気な顔をしている。そして隣の彼女も別に何も言わない。それはもう「最初からそのつもり」と言わんばかりだ。

 どうやら、お互い話が早そうじゃないか。

「じゃあ早速おたずねしよう。脅迫状はあるかな?」 

 彼は頷くとズボンのポケットから四つ折りにされた数枚の用紙を出した。

「本物は警察が持っていってしまってね。ただ、事前にコピーをしておいてくれと立浪くんに言われていたからね」

 そういう契約だからね、私との。

 私は出された紙を手にとって、それを広げる。用紙は全部で五枚。おおかた内容は立浪さんのと一緒だ。新聞紙の切り抜きを利用して、代表代行をやめることが警告されている。ほかには「協会はサギ師だ」と協会そのものを糾弾するものもある。

 隣の春川が気になるのかのぞき込んでくる。私は紙をすべて彼女に渡して、視線を戻した。

「届いたのは一年くらい前で間違いないかな?」

「そうだね。具体的な日にちは覚えていない、申し訳ない。一年くらい前から不定期的に届いた、それしか覚えてないな。そもそもそれも処分するつもりだったんだよ。しかし、定期的にある代行会議でほかのメンバーにも届いてるとわかってね、立浪くんが念のために残しておこうと提案したんだ。今思うと、いい判断だったわけだ」

「どうも先ほど聞いていると、立浪さんは代行のリーダーみたいな扱いなんですね。水島さんの方が年上だと思いますけど」

 見た限り水島さんは五十くらい、立浪さんは三十代だろう。年の差にすると結構あるはずなのだけど。

「いえいえ代行にリーダーとか、そういうものはありません。ただ立浪くんは常駐してますからね、あの本部に。そうなるとどうしても彼を頼りにしてしまう、私やほかの代行は仕事もありますから」

 それは初めて聞く情報だった。常駐って、あそこにか。どうりでいつ行ってもいるわけだ。

「代行の六人は、立浪さんを除いて全員お仕事に就かれているんですか」

「いえいえ、一人は専業主婦ですからそうでもないはずです。ほかの四名は仕事に就いてます」

「代行というからには協会からお金が出ているものだと思ってたんだけど」

 つまり協会が彼らの生活を支えているものだとばかり思っていた。しかし、どうやらそうでもないらしい。

「とんでもない。立浪くんは教祖様の計らいでそうなっていると聞きますが、私はそんなことありませんよ。ほかのメンバーも同じはずです」

「……では、まさか皆さんは代行と普段の仕事を平行してやってるということですか。しかも、無償で」

 私の質問に水島さんは当然ですと、誇らしげに頷いた。

 理解できない。これが私の感想だった。無償。つまり彼らはボランティアをやっていることになる。いい大人が時間をつぶして。暇じゃないはずだ。事実、この水島さんと会うのだって私としてはもっと早くしたかった。それを今日まで待たされた形だ。忙しいに決まってる。

 ボランティア精神とは違う。これは信仰心。

故人で会いたいと思う人はいますか?

僕はいます。

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