欠落
聴取はまだ続き……
「毎日忙しいですよ。けどそれでもかまいません。私はあそこに救われた。ほかのメンバーもそうです。教祖様がいなければ、私など生きていないでしょう」
彼がそういってテーブルの上にたててあった写真を見つめる。彼と女性が写った写真。立浪さんから話は聞いている。彼は六年前、奥さんを殺された。
通り魔におそわれた。彼は奥さんの死に立ち会うこともできなかったと。子供に恵まれなかったこの夫婦は、双方の存在が支えだったらしく、それを突如失った彼はいきる意味をなくした。
しかし『クロスの会』と出会い、助かったと。
その恩を返している。
「口を挟んで申し訳ないですけど、代行というのは何をしてらっしゃるんですか」
少しの沈黙の後、春川が律儀に片手を少しだけ挙げて質問する。
「教祖様があまり外には出たがりませんので、それの代わりが主な仕事ですよ。信者のケアや、あの本部、いろいろな企業と契約もしていますから、その関係者と会談したり。あとはやはりあそこをもっと知って欲しいので広報活動も」
組織が大きければそれだけ関わるものは増えるのか。一見しただけではわからないが、何かいろいろと契約しているらしい。たしかにあの建物の管理維持は協会だけでできそうにはない。
しかし、春川、ナイス質問だ。彼女としては純粋に気になっただけだろうが、おかげでいいことが聞き出せた。
思わず唇を曲げてしまう。
「広報活動と言いましたね?」
私がその言葉をピックアップしたのがいやだったのか、ここにきて初めて、彼があからさまに顔をゆがめてみせた。いいリアクションだね。それでこそ会いに来た甲斐がある。
「つまり水島さん、あなたは拡大派なわけだ」
「……ええ、そうです」
言いたくなかったことなのか、彼は目をそらしながら答えた。
そもそも春川が最初に言っていた「内部でわれている」ということ。それが事件に関係している可能性がある、だからあそこは危険だと彼女が判断した根拠の大元。
「拡大派」と「維持派」との派閥争い。それが内部紛争の原因だった。『クロスの会』を大きくしていくことを目指す「拡大派」と、現状を維持し今の信者を大切にするべきだという「維持派」。
それが前まで内部で争っていた。事件のせいで今は沈静化しているらしいが。
「今はそこまでしていませんよ。教祖様から控えるようにと伝えられていますから」
「ええそうですか。そこまで、してないんですね」
いやらしく、そこを強調してやった。彼はばつが悪そうに、だが何か反論するわけでもなく、ええと答えた。
「いいです。派閥の問題は実をいうと私はさほど興味ありませんよ。私が立浪さんに頼まれたのは脅迫状の件ですから」
そう、さほどはね。
「ところでもう一つ、お伺いしたいのですけどこの脅迫状はそのままポストに投函されていたんですか」
春川が追加で質問すると、水島さんは首を左右に振った。
「いや封筒に入れられていたよ。それは警察に渡してしまったね。申し訳ない、あれはコピーをとってなかった」
「いやいいよ。つまりコピーをとる必要性を感じなかった、何も書かれていない普通の封筒だったんだろ?」
私が確認すると少し驚いた顔をされた。
「まあそうだよ」
「ふぅーん」
つまり、まあ予想通りだが郵便局は通していない。この家に直接、犯人自らの手で届けたわけだ。そしておそらくは水島さんだけではなく、ほかの代行全員がそうだろう。
つまり――。
「普通の封筒にこれが入ってた。……さて、どうやら雲行きは怪しいね。あっ、そういえばこの本物を預かるとき、警察は何か言っていたかな」
「いや特別何も」
「そうかい。それはいい情報だ」
警察の皆さん、考えは同じか。そうなって当然だけど。
「この脅迫状が届いてから、何かあったかい?」
「いやない。届いただけだ。だから我々も無視していた。ただのいたずらだろうと。だから事件とも結びつけなかったんだ」
「実害はない脅迫状ねぇ」
脅迫状と殺人、簡単に結びつけてはいけないだろう。しかしもしこの二つが関係あるのなら、どうもおかしい。この脅迫状は代行に送られて、殺されたのは代行ではない。
代行は確かに脅迫を無視したが、それならそれでまず殺人なんて大きなことをせず、もう少し小さいことで脅しをかけてやればいい。それでも無視したら殺人と移行すればいいだろう。
なんでいきなり殺人なんてやったんだ。
「じゃあ、この脅迫状の送り主について何か心当たりはないかい? いいや言葉を濁すのはやめようか。協会に恨みをもっている人間はいないかい?」
水島さんの目が少し細くなった。その瞳に奥に少し攻撃性を覗かせて。私はそれにひるまずにっこりとしてやる。
「……私は知りません。少なくとも私のしる限り、そんな人間はいないと思いますよ」
「なるほど、そうかい」
予想通りの回答に拍子抜けもしなかった。どうせこんなことだと思っていた。
「なら、最後の質問だ」
私はお茶を最後に一口飲んだ。
「一週間前の夜、どこで何をしてた?」
それは春川がおそわれた日。脅迫状のことなんて建前だ。お膳立てだ。前菜みたいなものだ。最重要課題はこの質問で、これだけだ。
「仕事をしてたと思いますよ。八時過ぎに会社を出て、その後帰りました。あとは家で協会の仕事をしてました。ただごらんの通り独り身ですから、証人はいません。ただ会社から出た時刻くらいなら調べられると思いますよ」
「会社の名前と場所を教えてくれるかい」
水島さんは口で説明するのが面倒だったのか、ポケットから財布を取り出すとそこから一枚の名刺を出すとそれを少し乱暴に私に差し出した。私としてもこっちの方が楽だ。
「職場に迷惑をかけないでくださいね」
そう釘を刺されたが、私は曖昧に頷いて誤魔化した。人様に迷惑をかけるなとは父の教えであるが、困ったことに人様がどこからどこまでの行為を迷惑ととらえるのかは大きな個人差が生じる。
そして私はそんなことを考えれるほどいい子ではないし、今の私はあまり考えないようにしている。
「さてもうお邪魔しようか、春川。長居しては迷惑だ」
「そうね」
二人そろって立ち上がる。聞きたいことは聞けた。
「ろくなおもてなしもできず申し訳なかったね。時間があればもっとゆっくりとしてもらってもいいんだが、実を言うとこの後私も人と会う約束をしていてね」
「気にすることはないよ。私たちだって、立浪さんとの契約できてるだけだ。仕事だよ。お互い、気を遣うのはおかしい」
そもそもおもてなしなんて期待してなかったし、されても困る。
立ち上がった時、自然とこの部屋の全体像が目に入った。壁にかけられたアンティークのような古時計が、塵一つかぶることなく静かに時を刻んで、目がおかしくなるんじゃないかと思うほど白い壁が部屋を覆っていた。
テーブルには相変わらず、写真だけだ。
……なんだか、不気味に思えてきた。
「水島さん、今日はこれでおしまいだけどもしかしたらまた世話になるかもしれない。それがどういう機会かはわからないけど、そのときもよろしくお願いするよ」
今のところ私としては調査は個別訪問でいこうかと考えている。そっちの方が一人一人をよく見えるからだ。それに一つにまとまられたら、なんだかこっちが不利な気がする。
ただ何かあれば全員集まってもらうこともあるだろう。
「ええ、かまいませんよ。立浪くんからそういう指示もでていますし」
そういえばそんなことも契約したかな。
私と春川はその後一応お礼を言った後、玄関に向かった。律儀なことに玄関まで水島さんは見送りにきてくれた。
「それでは、失礼しました」
先に靴をはき終えた春川が改めてお礼を言って頭を下げた。そして私より一足先に玄関から出て行く。
「まあ、一つだけ、最後に言っておくよ」
遅れて靴をはき終えた私は無表情で私を見ている水島さんを見返す。
「なんですか」
「世の中に恨まれてないものなんかないよ。私だってあなただって、今の彼女だって誰かから嫌われ、恨まれているさ。それが平常だ。もしあなたがいうように協会が何者にも恨まれてないとすれば、それは協会がすばらしいんじゃない」
言葉を区切り、私は断言した。
「異常なんだ」
相手が何かを言う前に私は玄関から出た。門扉の前で春川が携帯をいじっていた。
「すまない、待たせてしまったね」
「いいわよ。それで、どんな皮肉を言ってきたの?」
春川が少し意地悪な笑顔を向けてくる。なんでもお見通しと言うわけか。
「別に。思ったことをそのまま言ってきただけだよ」
適当に誤魔化したのは黙っておきたかったとか、秘密にしたかったわけじゃない。彼女ならそれさえ予想してそうだったから、言う必要もないと感じた。
「私、バイトで応援いくことになっちゃった。あなたはこれからどうするの?」
「なぜかわからないけど教授から呼び出されてるんだ」
「なぜかわからないわけないでしょ。どう考えてもさぼりすぎなのよ、新学期から」
「失礼するね、私がさぼりすぎなのは新学期からじゃないよ。もうずっと前からだ」
「……よくよくお説教されるといいわ。知らないんだから」
とにかく私は大学、彼女はバイト先に行くために近くの駅に行くことになった。そしてそこまでの道、私と彼女はさっきの水島さんとのやりとりを話題にした。
「どうかな。君を襲ったのはあの男だったかい?」
「勘だけど、違うと思うわ。もっと若い気がするの」
春川は犯人の顔を見ていない。だけど何かが彼女の中で水島さんではないと答えを出している。これはもう現場に居合わせた人間じゃないとわからないことだ。
とにかくもらった名刺をもとに後で細かく調べるだけ調べてみよう。
「で、脅迫状のことはあなたとしたらどうなの?」
「おやおや、不思議なことを訊くね。私も君も、答えは同じだろう?」
あの情報から推測されることは一つだけ。とても重要だけど、当たり前のことだけに、重要に見えない。そんな情報だけ。警察としてもそれをわかっていたから、特別行き巻くこともなかったんだろう。
「脅迫状の犯人が、協会の内部にいるってことね」
そう、春川の予想通り。私も答えは同じだ。
「あの手紙は郵便局を通してない。犯人が自ら届けたものだ。ということは、犯人は代行六人の少なくとも住所と名前くらいは把握している。協会内部の人間なら、実にたやすいことだろうね」
もちろん協会の外部の人間の可能性もあるが、内部の方が可能性が高いのは言うまでもないこと。
そういえば私が代行六人の住所などが欲しいと要求したとき、立浪さんは何の迷いもなく、近くのパソコンからデータを引き出していた。つまり、あのパソコンの中にはデータがある。脅迫状を出すのに苦労しない程度の。
問題はそのデータをどれだけの人間が共有しているかということ。
「君、ハッキングとかできるかい?」
「あなたは私をなんだと思ってるのよ。パソコンは詳しい方だけど、そんなの無理よ」
「そうだよね」
実を言うと私は少しできる。高校の頃、そういうのに詳しい同級生がいた。彼の悩み事を解決してやったら「礼はこれしかできない」とハッキングの技術だけ教えられた。私としても物珍しいものだったから、今でも鮮明に覚えている。
問題はこういうのをできる人間がどれだけいるのかということか。
「それにそういうのって対策できてるでしょ。ああいう大きな組織ならどこかのセキュリティー会社と契約してるはずよ。たやすくデータなんてもっていけるはずがないわ」
「そうだね。やはり、外部の人間の可能性は低いか」
確認してみないとなんとも言えない。あとでまた立浪さんに連絡してみることにしよう。いつでも連絡していいだろう。どうやらそういう人らしいし。
駅についたところで、私はふと足を止めた。
「何よ、どうしたの?」
春川が怪訝そうに尋ねてくる。私は眉間にしわをよせて、それに首を振る。
「いやなんか言葉にできないな……今思うと、何か……」
「何か、なによ」
「――たりなかったと思う」
そう。どうして今思い出したのかわからないが、私はとにかくそう感じていた。足りない、欠けていた。
「足りないって、何が?」
「わからないんだよ、それが」
そう、それはまるでわからなかった。言葉にできなかった。それでもそう感じた。
「あの家は……ないといけないものがなかった気がする。それが何か、私にはわからないんだけど」
春川が首を傾げる。どうやら彼女もわからないらしい。そもそも彼女はそういうのを感じなかったみたいだ。けれど、私は確かに感じた。気のせいとかではない。
あそこは、何かが欠けていた。
皆様、メリークリスマス!
今宵は聖夜ですよ?




