教授
蓮見は大学へ向かい、そこで教授と話をする。
そこで意外な情報を手にすることとなる。
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春川とわかれたあと、私は宣言通り大学へ出向いた。そこで教授のお説教を聞くはめになったわけだけど、さすが教授、お説教に無駄がない。ちゃんと私のどこがだめか、今後どう直していくべきかを、ゆっくりと論理的に説いていた。
しかし、誠に残念で残酷な真実を告げるのなら、このお説教を私が聞くのはこれで十五回目ということだ。そして私がこれをもとに大学生活を見なおしたかというと、これもまた残念でしたとしか言いようが無い。
「馬の耳に念仏だと思うよ、教授」
「わが校はいつから馬を入学させるようになったんだ」
「たまには受験をパスできる馬もいるものさ」
「今すぐ生物学部に連絡してモルモットにしてやろうか」
そんな怖い脅し文句さえも念仏の一つなのだから、本当に報われない人だと思う。
教授は私が一回生のときから私に目をつけている人物だったりする。、一回生の頃からうまいこと授業を抜けだしたり、出席点だけ稼いだり、そのくせテストの点数は高かったりと、色々と目立つことはやってきたら目を付けられるのは仕方がないことだった。
「お前みたいな生徒は稀にいる。けどだいたい原因は不真面目だ。だから俺はそれはもうどうにもならんと思ってる。それはもう生き方だからな。けどお前は違う。不真面目じゃないくせして、真面目じゃない。どうなってるんだ」
「さあね。私は私なりに、私がやりたいように生きてるだけだからねえ。私の、私による、私のための人生ってところだ」
「偉人の名言を汚すんじゃない」
お説教は今日も無駄に終わったと判断したのか、教授はもういいとなげやりになった。
ここは教授の研究室。室内には図書館の一部でも持ってきたように、ところせましと本棚が並べられていて、そしてなんとか教授の机と、椅子がある。私は椅子に、教授は机に座っている。教授がタバコを胸から取り出すものだから、私も真似させてもらうことにした。
「お前はおれの生徒の中で初めてタバコの銘柄があった生徒だ。だから目をかけてるんだ。良心なんだぞ」
「ふふん。それはどうも。けどあれだよ、お気持ちだけでってやつだ」
「減らず口だな、本当に」
教授がタバコをくわえて煙を吐き出す。たしか今年で五十を迎えると聞くけど、見た目は十歳ほど若く見える。タバコは健康を害するぞと私を脅してくる人は数多くいる。しかし教授を見ていると、大丈夫だろうと言いたくなる。なんでももう三十年ほどヘビースモーカーらしいが、病気にかかったことがないとか。
私が理想とするスモーカーの形。
しかし、タバコを吸って吐き出すという動作だけでも、かっこいいものだな。教授には風格ってものがある。ちょっとうらやましい。
「お前は卒業できるのか、今から不安だ」
「あらら教授、それは心外だよ。私こう見えて単位を落としたこともないし、提出物の期限を破ったこともないんだよ。そこらの生徒よりずっと真面目じゃないか」
「おれがお前の成績書に判を押す気になれるか、今から不安なんだ」
「そこは仕事してくれ」
「だったら気持ちよくさせてくれ」
教授が灰皿にタバコを押し付けてから、「そういえば」と話題を切り替えた。
「お前は春川君と仲が良いらしいな?」
「うんそうだね。ただ一つ異議あり。なんで春川は君づけで、私は『お前』なのかな。私は教授のゼミ生だよ?」
「出来のいい生徒とそうでない生徒には差をつけないといけない」
「私だって彼女ほどじゃないにしても成績は良いんだけどね」
「人間性のはなしだ」
「なるほど。納得しよう」
ぐうの音も出ないよ。というか、そこで彼女と比べられて肩を並べられる人はいるのかな。
「で、私と春川がなんだって? 言っておくけど教授、彼女には確かに恋人はいないけどだめだよ。教授にとって彼女は生徒なんだから、許されざる恋ってやつになっちゃうよ。それに教授には奥様とお子さんもいらっしゃるだろ。そしてなにより、これが一番、この世で最も重要だけども、彼女には先約がいるんだ。私という」
「くだらんこと言ってるんじゃない」
一蹴されてしまった。結構格好良く言ったつもりだったのに、ひどい話じゃないか。
「じゃあまじめに話すよ。仲いいよ。実をいうとさっきもラブラブでデートしてきたところだ」
「やはりお前には真面目という言葉を勉強させる必要があるようだな」
おかしいなあ、真面目なのに。なんでこんなに相手にされないんだろう。しかもこれ、教授だけじゃなくてきっととうの彼女にも相手にされないだろうから恐ろしい。いやはや、片思いとは切ないものだね。もしかしてこれを小説化したら感動超大作になるんじゃないか。
私は二本目のタバコに火をつけ、そしてそれを咥えながら、いい加減話を進めることにした。
「じゃあ、春川がなにかな? 教授、彼女と知り合いだったっけ?」
「知り合いというほどの交流はない。会う度に挨拶はされるけどな。いつも『レイがご迷惑をかけていませんか』って尋ねてくる」
「失礼なやつだな」
「いや、素晴らしい気遣いだ。俺もそういうところでしかつながりがない。しかしあれだ、彼女、あの事件があっただろう」
あの事件とはもちろん春川が襲われた事件。教授の耳にもそれは届いていたらしい。彼女は自治会長で有名だし、大学側も色々と対応を迫られた事件だから、教授の耳に入っていないわけもないか。
「実はな、変な奴の噂を聞いた」
「へぇ……。それは興味深いよ、教授。ぜひ聞かせくれ」
「いや俺も会ったことはないんだが、最近春川君について聞いて回っている生徒がいるらしい。知り合いの生徒から聞いた話しでな、今の自治会長について聞かせて欲しいといろいろな生徒に聞いて回っている生徒がいるそうだ。なんで知りたいのか聞き返すと、言わずにそのままさっていくとか」
なんだか都市伝説にでてくる幽霊みたいな子だなというくだらない感想をいだきつつ、私は警戒心を強めていた。この時期、春川について訪ねて回るなんて命知らずすぎる。彼女を知ってる人間なら彼女の事件を知っているんだから。
「教授は見てないんだよね、その子」
「ああ。ただそういう子がいるらしいと聞いてるだけだ」
「誰から聞いたのか教えてもらっていいかな。できればその子たちから話を聞きたいんだけど」
春川の事件が『クロスの会』と無関係である可能性は低いとみているものの、もしもの可能性を無視はできない。もしかしたらその春川を嗅ぎまわっている子が協会の人間なのかもしれない。とにかくなんとしてでも目的を突き止めないといけない。
教授はなぜか質問に答えず、机の引き出しを一つ開けると、そこから手帳を取り出した。そしてそれを広げたまま渡してくる。
受け取って見ると、思わず笑みがこぼれた。
「さすがだね」
「二度手間はとらせん」
手帳のメモの欄に、『春川くんを調べている生徒について』という項目があり、そこに事細かに教授が聞いた話しが記されていた。細くて綺麗な字で、調べていた子の見た目、雰囲気、出会った時間や場所、された質問などが書かれていた。
そして質問された生徒がどう答えたか、彼女に対して他に何を言ったかまで。ご丁寧にその子たちの名前と連絡先まで書かれていた。
「聞けることはだいたいこっちで聞いておいたぞ。まあ、その子たちに直接話しを聞きたいなら止めはせんがな」
「いや、これだけあれば十分だよ。このページいただいていいかな?」
好きにしろというありがたいお言葉をもらったので、そのページだけを切り取ってポケットにいれた。家に帰って吟味する必要があるだろうな。もしかしたら、この質問された子たちから直接尋ねたいことができるかもしれない。
「しかしわからんな。お前と春川君は水と油に見えるんだが、どうもお前とは彼女はかなり仲がいいと色んな生徒から聞く」
「私と春川が水と油?」
確かに似ている部分より似てない部分のほうが多いけど、そこまでかけ離れたものではないと思うんだけどね。
「ああ、お前は真面目じゃないけど不真面目でもない。春川君はなんというか、不真面目じゃないが真面目じゃない」
「おいおい教授正気かい? あれは真面目の権化みたいな子だよ」
「いや違うな。こればかりは学生にはわからんだろう。もうずっとこんな立場に立っているからわかることだからな。真面目ってのは真剣と誠実という意味があるんだ。彼女は真剣だが、誠実ではない。たいしてお前は真剣ではないが、誠実ではある。長い教師生活だが、お前たちみたいな組み合わせは初めて見た」
なんだか小難して、そのくせ全く褒められている気がしない話しだ。教授が何を言いたいのか、さっぱりわからない。春川は真面目なやつだと思うけどね。それは真剣であり、誠実という意味で。それはこの二年の付き合いで間違いないと確信してる。
教授はなにを思って、春川をそう分析してるんだろうか。
「まあ、年寄りの戯言だと思って聞き流せ。これはもう説教でもないから忘れて構わん。いいか、似たもの同士でも何かごく小さな、本当に目に見えない程度でも決定的な違いがあれば、それはもうそれだけで似たもの同士じゃなくなる。決定的な違いっていうのはつまり、ここだけは譲れないって主張する部分だ。そしてそれは感情や論理で決めるんじゃない、理性で決まっているものなんだ。いいか決めるんじゃない、決まっているんだ。それはもうお前の、いやお前だけじゃない春川君や私の、つまるところ人間の根本だ。そこで食い違えば、おそらく人間関係は揺らぐ。ただここを受け入れられたら、強固な関係が築ける」
教授は窓の外を眺めながらそんな長いを話をして、語り終えるとしずかに立ち上がった。そして座ったままの私を見下ろす。
「お前はどっちだろうな?」
まだ聖夜ですよ。
誰かとケーキを食べましたか?
それともこの聖夜を恋人とともにすごしてますか?
どうですか?




